その7 勇者と剣聖の〇〇っぷりをどうぞ


 「はあ……」


 「どうしたんですかレオス君?」


 一夜明けての朝食中、『アレ』を思い出して僕はため息を吐きいていると、エリィがベーコンエッグを口に入れながら聞いてくる。まさか本当のことを言う訳にもいかないので適当にはぐらかしておこうか。


 「いや、寝つきが悪くってさ。多分国王様と宝物庫に行ったから恐れ多くて疲れたんだと思うよ……はは」


 「まあ……それだったら私を連れて行ってくれれば良かったのに」


 エリィならそう言うと思った。だけど、昨日はそれが出来ない理由があった。


 「そこは、ほら、エリィはルビアについて行ったからさ」


 「あ……」


 「あははははー」


 僕とエリィは昨日よりさらに暗い顔のルビアを見てもう一回ため息を吐く。目に輝きは無く、拳聖とはとても思えない喪失っぷりである


 「ルビア、口に今入れたやつはベーコンじゃなくて赤いハンカチだからね?」


 「……そっとしておいてやれ」


 「そうだね……」


 レオバールが珍しく困惑顔で、どうしていいかわからないといった風に言うので、僕は適当に相槌を打ち食事を再開する。ちなみにアレンはここにおらず国王や姫たちと食事を取っている。

 エリィが一晩一緒に着いていたみたいだけど、裏切られた気持ちを延々と聞く羽目になったのは気の毒としか言いようがない……もちろん裏切られたルビアもだ。


 しかし、こんなお通夜みたいな朝は勘弁してほしいので話題を変えるため僕は三人に今後のことを聞いてみることにした。


 「みんなは今日のパレードが終わったらどうするの? しばらくお城で休んでていいって言われてたけど、両親が心配しているだろうから僕は明日には出発しようかと思ってるんだ。アレンが連れて来たとはいっても、何の力もない僕と旅をするのは大変だったよね。今までありがとう」


 前世を取り戻す前の記憶もあるので、みんなの苦労はよくわかる。魔法も剣も使えない僕は足手まといでしかなかったしね。全部アレンのアホのせいだけど、ちゃんとお礼を言っておきたかったのでぺこりとおじぎをすると、


 「そんなことはありません! レオス君のカバンが無ければホワイトドラゴンのいる雪山は越えられなかったですし、魔力回復アイテムも大量に持ち歩けたから大魔王の城も攻略できたんですよ? こちらこそ無理矢理連れて来てすみませんでした。あいた!?」


 エリィが僕の言葉に驚き、捲し立てるように言い放った後テーブルに頭をぶつけた。ホワイトドラゴンの山は確かにきつかったなぁ。食料と燃料があったから何とかなったのは事実だしね……


 そしてその後すぐにレオバールが口を開く。


 「俺は一度師匠の元へ戻るつもりだ。その、悪かったなレオス。辛く当たることがあった。すまない」


 「あ、別にいいよ。エリィのことがす――」


 「それ以上言うなぁぁ!」


 「ふげ!?」


 顔を真っ赤にしたレオバールに頭をねじ伏せられスープに顔から突っ込む僕。まあ、こういうのが日常だったから今更だけどさ。


 「あちち……ルビアはどうするの?」


 僕の向かいでスープをぐるぐるかき混ぜているルビアに尋ねると、何とか蘇ってくれたようで僕の声に反応する。


 「うふふふふ……ハッ! ……あたしも実家に帰るよ。実はエリィが寝た後、あのアホと話せたんだ。でも考えは変わらないってさ。はあ、あたしもまだまだだね。『君に着いて来て欲しい!』なんて言われて舞い上がったんだよ」


 それはアレンが戦力欲しさに言った確信犯な気がするな……まあ、これも今更だから言及はしないでおこう。そういえばエリィがどうするか聞いていないことに気付いた。


 「エリィはどうするの?」


 「私ですか? 決まっています!」


 レオバールと結婚するのかな? あ、でも修行中の身とか言ってたし、レオバールの故郷に一緒に行くのかもしれないな。横にいるレオバールもドヤ顔だ。


 しかし――


 「私はレオス君を実家に送り届けるため一緒に行きますよ! 旅立つのは明日ですね! またよろしくお願いします!」


 「「なにぃぃぃ!?」」


 叫んだのは僕とレオバールだ! レオバールにいたっては叫んだ拍子に僕を睨む。だけど、コーヒーを鼻から出していてみっともないから迫力もくそも無い。それよりエリィだ!


 「い、いや、僕はもう16歳だし一人で帰れるよ」


 「いえ、まだ魔物は消えていませんし、レオス君の故郷はここからかなり遠いですよね? 無理矢理仲間に引き入れたお詫びとして無事に帰ってもらわないと困りますから」


 そこへレオバールが焦って立ち上がり、エリィへ話しかける。


 「ほ、ほら、レオスもこう言っているし、もう少しゆっくりしようじゃないか。俺達は大魔王討伐をした英雄だ。レオスももう大人だし、英雄が引率する必要はないだろ?」


 そうだね。僕もレオバールに恨まれたくないから、その意見には賛成だ。今なら戦いを挑まれても返り討ちにできるけど、それは僕の望むところじゃない。だけど、エリィはぴしゃりと言い放つ。


 「いいえ! 困っている人を助けるのは師の教えでもあります! だからレオス君を送ります」


 「困ってないんだけど……」


 レオバールが何とか説得しようと話しかけるが、地球のことわざで言う”のれんに腕押し”ってやつで聞いてくれていない。するとルビアが紅茶を飲み干してから僕に言う。


 「あたしの実家はレオスと逆だから、着いて行けないわ、ごめんね」


 「あ、うん。いいよ、気持ちだけでも嬉しいよ? ルビアもアレンよりいい男が見つかるように祈っているよ!」


 「ありがと♪」


 こんな感じでクソ騒がしかった朝食が終わり、パレードまでゆっくりしようと思っていたのだけど――





 ◆ ◇ ◆



 ――夕方



 「これだけあれば余裕だね。馬車を使ってのんびり帰るかなあ。空を飛んでもいいけど人に見られたら厄介だし――」


 ガチャリバタン!


 「入るぞ」


 「もう入ってるじゃないか!? なんだよアレン、僕に何か用?」


 ベッドの上でで残金とカバンの中身をチェックしていると、何故か装備を整えたアレンがいきなり入ってきた。僕の手元にあるお金を見ていたので、さっと隠しアレンに問う。


 「お前は俺のパーティの一員、そうだな?」


 「え? うん。無理矢理連れてこられたけど一応そうだね」


 「オッケーだ。で、今度俺は姫と結婚する」


 「そうだね、おめでとう。ルビアにはちゃんと謝っておいた方がいいと思うけど」


 「問題ない。俺が王族。それはいい。だけど、国王は王子が継ぐから俺は宰相とか将軍みたいな役職が与えられるんだとさ」


 まあ実子に継がせるのは当然だと思うしそれはそうなんじゃ?


 「王子が実子だからそうなると思うけど……でも美人な姫と約束された生活があるし、いいんじゃない?」


 「……そうなんだけどな」


 アレンがため息を吐いて僕に語り出す。


 「率直に言うと俺は金が欲しい。姫と結婚した後も遊びたい! しかし国の金を使う訳には行かないだろ?」


 「まあ、そうだね。でも報酬は貰ったからアレンもお金はあるでしょ?」


 嫌な予感がする……そう思いながらも聞き返すと、アレンは鎧を脱ぎながらとんでもないことを言い出した。


 「頼む。お前の貰った報酬を俺にくれ! もちろんタダでとは言わない。お前は商人だ、俺の装備していたこの防具をやろう。これを店に飾れば箔がつくってもんだろ!」


 「どうやって手に入れたか聞かれたら困るじゃないか!? う、臭っ!? 要らないよ、僕だって帰るための路銀は必要なんだし」


 「頼むっ!」


 「近づけないで!? 汗臭いよその鎧!?」


 「俺と共に戦い抜いた証だ。素材はオリハルコンにミスリルだからそれなりに高価だぞ?」


 「……分かったよ。って、光の剣はダメでしょ!?」


 「いやあ、もう使わないだろ? 大魔王は倒したし! 一式全部買い取ってくれ!」


 マジかこいつ。


 「う、うーん……値がつけられないよこんなの……」


 「なら報酬全部よこせ」


 「帰れなくなるよ!」


 「チッ、仕方ない。金貨十枚残して全部出せ」


 はあ……最悪だ。それでもお金だけ奪おうとしないだけマシだと思おうか……僕は渋々金貨十枚だけ残し、報酬の白金貨などの手持ちを全部渡す。


 「うほほー! これで結婚後も安泰だぜ!」


 「それじゃ装備はもらっていくよ? ……カバン臭くならないかな……」


 「おうおう! ありがとよ、持つべきものはパーティメンバーだな!」


 調子のいいことを言うアレン。


 「もういいよ、何とかして宣伝にでも使うからさ」


 これで終わりだと思っていたけど、さらに面倒なことが僕を襲う。


 ガチャリバタン!


 「入るぞ!」


 「だからもう入ってるじゃないか! 何度言わせれば気が済む……ってレオバール?」


 そこには怒りを露わにしたレオバールが立っていた。


 「どうしたの、トイレはこの部屋にはついていないよ?」


 「誰が大きいのを我慢しているか! エリィのことだ! 何度言ってもお前を家に送ると言って聞かない! どうしてくれる!」


 「いや、どうしてくれるって言われても……僕が断ったけど聞かなかったでしょ」


 レオバールは鼻息を荒くしながら続ける。


 「……ならレオス、お前今日中にこの街を出ろ。どうせ役立たずで大魔王退治に居なかったことにされたお前はパレードには参加しないんだ、今から出て行っても問題あるまい?」


 こいつもマジか。アレンといいレオバールといい、こう面倒事が続くとは。僕は少しイラっとしながら返す。


 「……いいよ。四年も引っ張りまわされて、そこまで言われちゃ僕もたまらない。すぐに出て行くよ。でも、レオバールがエリィを彼女にできるとは思えないけどね。告白も満足にできない童貞にはさ」


 僕の煽りに一気に形相が変わるレオバール。


 「レオスのくせに生意気だぞ!」


 「あ! そのフレーズは良くない! 僕がダメ人間みたいな差別だ……ぐは!? こいつ!」


 もみあいの喧嘩になり、お互い殴り合う。だが、体格的に劣る僕はすぐに動けなくなった。アレンはオロオロするばかりで役に立たない。というかレオバールがこれだけ怒っているのも珍しいしね。


 「はあ……はあ……さっさと出て行け。治療費は置いていってやる」


 「……そりゃ……どうも」


 「……元気でなレオス」


 アレンとレオバールが部屋から出て行くと、ベッドにあった金貨を回収し、僕は魔法を使う。


 「<ダークヒール>」


 体力は回復しないけど、傷は塞がる。痛みが無くなった僕は旅支度を始めた。





 ◆ ◇ ◆



 <パレード直前>



 「レオス君をみませんでしたか?」


 「あ、ああ、あいつは部屋で休んでるよ。エリィ、綺麗だよ」


 エリィの言葉に、街から追い出しを命じたレオバールが焦りながら応じる。キレイだといったのは本心で、どこかのお姫様かと言われてもおかしくない青いドレスを身に纏っていたからだ。


 「あたしは?」


 「お前も似合うじゃないか」


 「ちぇ、レオバールじゃ張り合いが無いね。レオスあたりにこうしたら顔を真っ赤にしそうじゃない?」


 赤いドレスを着たルビア胸の谷間を強調するように前かがみになると、レオバールも前かがみになった。


 「何であんたまで?」


 「……色々あるんだよ。アレンは……あそこか」


 パレード用に作った馬車は、ルビア達が座って手を振る台座と、もう一つ高い位置の台座があり、高い方にアレンと姫が座るという作りだった。


 「ふん、いい男見つけてぎゃふんと言わせてやるよ」


 「ふふ、その意気ですよルビアさん!」


 「そろそろお時間です」


 エリィがルビアと笑いあっていると、宰相が声をかけてきて三人は馬車の台座へ乗り込んだ。




 ◆ ◇ ◆



 <大通り>



 「遅くなっちゃったな……」


 準備に手間取っていたところへ国王がパレードに参加できないことを謝りに部屋を訪ねてきたので、先程城をやっと出ることが出来た。どこに行くのかと尋ねられたので、パレードを見に行きますと返事をしたのは正直ファインプレーだと思う。


 チャカチャカ……プアー……♪


 音楽が鳴り始めパレードが開始される。一目世界を救った勇者を見ようと大勢の人が集まって行った。僕はその流れとは逆に歩き出す。


 ワァァァァァ


 もうすぐ外へ繋がる門だ。恐らくアレン達が姿を現したのだろう、人々の歓声が大きくなる。一瞬、ほんの一瞬だけ僕が振り返ると、飾られた馬車の台座に立って手を振りながら微笑むエリィを見た。


 「……うん、綺麗だね」


 そう呟いた僕はすぐにギクリとし、門へ駆け出す。


 「目が合った……?!」


 一瞬焦ったけど、街を出たら関係無いかと、僕は肩を竦めて、門を出た。




 ◆ ◇ ◆




 「みなさん笑顔ですね。大魔王を倒して良かったです!」


 「ああ、俺達の頑張りは無駄じゃなかったってわけだ。それでエリィ……」


 「? なんですか?」


 「その、旅に出るなら俺と一緒に――」


 レオバールが告白をしようとしたその時、エリィが目を丸くして声を上げた。


 「!? レオス君! どうしてあんなところに? 城でゆっくりしているはずじゃ……」


 「(チッ、まだ出ていなかったのか!)ああ、もしかしたら出店で買い食いでもしているのかもな!」


 「そう、でしょうか……? それで何か言いかけませんでしたか?」


 「あ、いや、な、なんでもない」


 険しい顔をしたエリィに、レオバールはへたれて言い出せなかった――

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