その3 アレンはアホである

 

 「えーっと……?」


 ざわつく謁見の間に違和感を覚えつつ、僕は頬を掻きながら周囲を見渡す。アレン達も怪訝な顔でことの成り行きを見守る形だ。しばらく黙って見ていると国王がようやく咳払いを一つした後、喋り始める。


 「えーっとレオスだったか?」


 「は、はい! な、何か粗相がありましたでしょうか……?」


 すると国王は困った顔で僕に告げる。


 「大魔王討伐、ご苦労であった。だが、勇者や聖職の称号を持つ者ならいざ知らず、商人が大魔王退治とは……ちなみにお主は冒険者なのか?」


 「え? ええ、まあみんなに比べたら僕なんてスライムみたいなものですからね。あ、ただの荷物持ちです」


 「ぷっ……! あいつ分かってんな……」


 「荷物持ち……マジか……登録してねぇの……?」


 どこかで笑う声が聞こえてきたが、国王は大きな咳払いをして周りを黙らせ話を続ける。


 「まあ、そういうことだ。大魔王退治に商人は似つかわしくない。討伐者に名を連ねるのもそうだが、そもそも商人を大魔王に差し向けたと分かれば我が国はいい笑いものになってしまう。だから、すまないがレオスよ、お前は大魔王退治の時には居なかった、ということにしてもらえないだろうか」


 ……なるほど、国王の言いたいことは分かる。

 

 勇者は国が光の剣を抜く者を募って選別されるから、アレンが選んだ「僕」という仲間は国が選んだメンバーと同義。

 そこに商人という非戦闘員を凶悪な大魔王と戦わせたと民に知られれば非難は避けられないと思う。アレンが馬鹿だからそこまで考えていなかったし、僕を仲間に加えた後はノンストップで大魔王の城まで旅したから国王も知らなかったんだよね。

 ちなみに聖騎士とか聖魔導師みたいに他にも聖職っているから、もうちょっと集めても良かったというのは内緒だ。


 「お話は分かりました。カバン以外は役に立っていませんでしたし。それは構いません。だけど、危険にさらされた事実はありますから報酬はいただきたいです。拒否されてもいいですけど、僕は他の国の人間ですからそのことをお忘れなく」


 「レ、レオス君? 何かいつもと違う……」


 ペラペラと、しかも半ば脅迫じみたセリフを吐いた僕に驚愕するエリィ。


 まあ記憶を取り戻す前の僕ならここまでは出来なかったと思う。

 

 さて、さっきも言ったけど僕は別の国の人間。そして両親は僕がアレンに連れて行かれたことを知っている。行方不明になれば糾弾されるのは国だ。もっとも、戦闘中に死んだということにもできるけど、今度は僕が商人だということが公になればやはり非戦闘員を連れまわしたと非難されるだろう。

 

 まあ、実は商人でも冒険者登録をしていればこんなことにはならないんだけどね。アレンがアホだから仕方ない。


 それはともかく国王の返答を待つ。


 そういえば母さん達元気かなぁ……






 ◆ ◇ ◆






 はるか遠いレオスの故郷――




 「だ、大魔王討伐成功……倒したのは勇者アレンのパーティ……! アレンってレオスを連れて行ったあの勇者じゃないか! 倒したんだね……これでレオスが帰ってくる……」


 「どうしたんだいグロリア? 悲しいことでもあったのかな?」


 「違う! 見てくれよ、四年前レオスを連れて行った勇者が大魔王を討伐したんだって! これでレオスも帰ってくるぞ!」


 「お、本当だね! 大魔王を倒したパーティならさぞやお金を持って帰ってくるに違いない。うちの店も安泰だね!」


 ブチッ!


 レオスの母親であるグロリアが夫、アシミレートの言動に切れた。


 「お前がそんなんだからレオスが勇者に連れて行かれたんだろうが! 借金の肩代わりに無限収納カバンを持ったレオスを連れて行くって言われて即答しやがってぇぇ!」


 「ぐあああああ!? だ、だって仕方ないじゃないか! ウチの店はあの時火の車だったんだから! 借金が無くなって立て直しができたんだよ? レオスも分かって行ってくれたんじゃないか」


 「……あたしが居ない時に差し出したのはどうしてだい……?」


 「ひゅ、ひゅーひゅー……」


 できもしない口笛を吹いて目を逸らすアシミレート。グロリアは一度目を瞑った後、カッと見開き腕に力を込めた。


 「確信犯か! あんたがしっかりしていれば家計が火の車にならずに済んだんだろぅがぁぁぁ!」


 「ぎゃああああ!」


 ごとり……


 「ふう……気は晴れないけど、無事大魔王を倒したのが知れたのは良かったね。早く無事な顔を見せておくれ、レオス……うっうっ……」


 グロリアはエプロンで涙を拭きながら呟く。母親の心配していた胸中ははかりしれない……


 「すみませーん」


 「あ、はーい」


 ……と、思ったらすぐに接客スタイルになって店へと出て行くグロリアであった――




 ◆ ◇ ◆



 ――とかそんな騒ぎをしているような気がする。


 

 それはさておき、シン……と、静まり返る謁見の間。


 僕がさっきここで分かりやすく進言したのは証人が多いからだ。


 ここにはざっと三十人ほどの人間が居て、王妃に王子、それに姫も居る。後で難癖をつけられないための措置というわけだね。


 国王はどういう決断を下すかな? 僕としては報酬が無かったらそれはそれだと思っていて、国に帰ってからこのことを報告するつもりである。

 大魔王に冒険者でも無い商人を戦わせて報酬も無し……そんな国が今後栄えないよう釘を刺してもらうためだ。


 とか思っていると、国王が静かに口を開いた。


 「ではレオスには白金貨百枚。それと、商人ということであるということを考慮し、宝物庫にある宝を持っていくことを許そう」


 「マジか……」


 「こ、国王、それは流石に多すぎでは……?」


 家臣が焦って口を開くが、国王は首を振ってから言い聞かせるように答える。


 「ヘタに追い出して大魔王との戦いに狩りだしたと言いふらされてはこの国の名折れだ。信じない者もいるだろうが、いらぬ誤解は避けておいて損はなかろう。レオスよ、そういうわけで報酬に色をつけた内密に頼むぞ」


 おお!? この国王話が分かるね! ちなみに白金貨は一枚で金貨百枚相当の価値がある。それを百枚とは大盤振る舞いだ。それと宝物庫は興味深いね。曰くつきやレア物を店に飾っておけばハクがつくから商人の報酬としては破格だと思う。綻びそうになる顔をシャキッとして僕は国王へ聞く。


 「……よろしいのですか?」


 「うむ。お主の言うことはもっともだからな。ではまず金貨だ。レオスの枚数を提示していて悪いが、アレン達はもう少し多い」


 国王がパチンと指を鳴らすと、宰相服に身を包んだ男がお盆に乗せた革袋を持って僕達の前に歩いてくる。僕達は一人ずつ手渡されるとお礼を言う。


 「「「「「ありがたくお受けいたします」」」」」」


 「うむ。大魔王を倒した報酬としてはいささか少ないと思うがな。宝物庫へは私自ら後で案内するから待っておれ」


 「はい!」


 「ふふふ、レオス君嬉しそうですね」


 「城の宝物庫だよ? 興奮しちゃうよ!」


 「おい、国王の御前だぞ」


 「あ、うん……」


 レオバールに睨まれて口を紡ぐと、国王はさらに話を続ける。心なしかそわそわしているような……?


 「ごほん! では、次じゃ。大魔王を倒した勇者達……ぜひその血を我が王家に欲しい。どうじゃなアレン、我が姫と結婚をせぬか? 幸い」


 おっと、僕の件が片付いたと思ったらよくあるイベント勃発! さっきから顔を赤らめているお姫様はアレンをちらちら見ていたからそう言うことなんだろうな、と思っていた。

 

 だけど残念。


 アレンは拳聖ルビアと恋仲なのだ。この報酬は無かったことに――


 「喜んでお受けします!」


 ルビアのふふんとしたドヤ顔を横目で見ながら苦笑していると、アレンがとんでもないことを口走り、僕達四人は一斉にアレンを見て叫ばざるを得なかった!

 

 「な……!?」


 「「「なにぃぃぃ!?」」」

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