恋犬人 ~こいびと~
まぐのりあ
恋犬人~こいびと~
今日もいる。
図書室で本を読んだ帰り道、夕方と夜の間に土手沿いを自転車で走っていると、土手から川におりる坂にいる。
晴れの日には夕日を浴びながら、雨の日には傘を差しながら、土手にいる。
そこから川を眺めている。
パーカーにハーフパンツでスニーカー。
寒い時は上にコート、暑い時はパーカーがTシャツに。服装は色々だけど、赤いリードのゴールデンと一緒にいつもいる。
私はその人の後ろ姿を見ながら、自転車を走らせる。
こっちを振り向くことはない。だから、私に気づくことはないし、気づいてほしいとは思っていない。
ただ、夕日を浴びてオレンジの太陽と同じ色に染まる犬と彼の風景が、土手にいる一人と一匹がすごく素敵で、その風景を見ながらただ通り過ぎるだけ。
私は高校3年で、明日は卒業式。
もう、この風景ともお別れ。
私と同じように、この風景を好きになる女の子がきっと、現れる。
その子は彼に声をかけるかしら。
彼もその子を好きになって。
太陽に染まるのが、二人と一匹になるのかもしれない。
そうだ。
最後に写真を撮ろう。大人になった時に、この景色を鮮明に思い出せるように。
ああ、このオレンジの風景が好きで、顔も見たことのないこの人が好きで、この犬が好きで、私はこの瞬間に恋をしていた。と思い出せるように。
それが大切な高校生活の一ページだったと大好きな人たちに言えるように。
写真部の友達から、一眼レフを借りた。
卒業式が終わった後、一旦家に帰り、いつもの時間に自転車で土手に行く。
大好きな一瞬を切り取るという大仕事への興奮を抑えながら。
自転車のペダルを漕ぐ足にも力が入って息が少しあがった。
いない。
この一年、私がここを通る時には必ずいた。
一人と一匹がいない。
時間だって間違っていないはず。
最高の瞬間を残せるはずだったのに。
半ば茫然とカメラを持った腕をおろす。
「こんにちは。」
振り向くと、そこにいるのはまぎれもなくあの一人と赤いリードの一匹。風景から出てきてしまった。
「いつもここ通ってたね。今日卒業式でしょ。おめでとう。」
「どうして…」
「制服。同じ学校だよ。先輩。」
「え!」
「俺は2年生なんだ。」
帰宅部の2年生の彼は、家に帰り夕方に犬を散歩に連れて行く。
そこに図書室で本を読んで帰る私が通りかかっていたのだった。
「写真?すごく本格的なカメラだね。」
「あ、ああ」
「いい場所があるよ。いいっていうか、俺が好きなだけだけど。散歩に出たら必ずそこでぼーっとするんだ。こいつと一緒に。」
犬の頭を撫でる彼。
知ってる。
ずっと見てたから。
「ここなんだ。」
知ってる。
大好きだったから。
「座らない?」
「うん」
犬は私を見てよかったね。って冷やかすように尻尾を3,4回ふった。
私は今大好きな風景の一部になっている。
恋犬人 ~こいびと~ まぐのりあ @magnolia81
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます