絶対無敗の現代魔術師

佐々木悠

第1話

21世紀の現代。かつて栄華を誇った魔術師達は消えた。魔術に可能な事は科学で代用できる。それもそうだろう、本来発達していないこの世界を過去現在未来全てが載るアカシックレコードを読み取りその再現の補助が魔術の本分なのだから。

例えば星読みの術式がある。どの方向にどの位置に何の星が存在するかを知れる魔術だが、それだけでは価値がない。占星術をしった上ならそこから時刻と方角や座標を知れる。それだけの事だ。

所詮は未来の事象を再現するだけが魔術だ。


ここは東京湾に幾つもある港湾の倉庫の1つ。表向きは貿易商社、日華船舶の持ち物だが日中両国が共同出資で保有するセーフハウスの1つである。


「標的は殺した。依頼は以上だな?」


相対するのは十代後半、高校生にしては少し大人びて見える黒髪の日本人青年と金髪に法衣に身を包んだキリスト教の若い聖職者。

2人はイタリア語で会話している。


「ええ、結構です。残りはいつもの口座に落として起きますよ。」


聖職者の男は物腰柔らかく、世間話でもするかのように答える。それなりの仲らしく、友人の様な言葉の掛け合いが聞こえてくるが、その会話が死体、それも全て剣で斬り捨てられた様なそれがゴロゴロと転がっていなければ美形の2人の会話は映えた筈だ。


「じゃあ、これで。」


「ええ、さようなら。」


日本人の青年は闇に溶けるように消え、聖職者の方には幾人かの騎士服に身を包んだ十字架を背負う騎士が現れ死体を回収していく。

やがてそれも終わるとこれも溶けるように消え、倉庫には何事も無かったかのように血の跡する残っていなかった。


翌朝、東京都後かを走る地下鉄のホームで電車を待つ昨夜の青年。高校のブレザー姿で本を読んでいる。


「章斗君、おはよ!」


いきなり後ろから同じ高校の制服を着た少女に肩を叩かれる。章斗と呼ばれた青年は軽く顔を顰めるが溜息をつくと本に栞を挟み少女に向き直った。


「沙織かおはよう。んで、何?」


「…何って別に何かあった訳じゃないけど。」


章斗は苦笑しつつ冗談と言う。それで肩を叩かれながらも到着した電車に乗り込んだ。


問題がある。眠いのだ。俺が早めの電車に乗ったのも早めに着き寝る為だ。メゼルさえ呼び出され無ければ寝れたのにな。終わったのは午前3時半だぞ。何故か家が隣の幼馴染の沙織に声をかけられたから邪険にする訳にもいかない。

何がどうだ、誰がこうだと話し続けて居るのを聞くだけというのは存外つまらないらしい。


「章斗?」


「ん?」


今、嫌か予感がした。面倒事の予感だ。そう思うと同時に高校の最寄り駅へと到着する。


「行こうか。」


昇降口で靴を履き替える。そこで後ろから安斎絢斗あんざいあやとに声を掛けられる。


「聞いたか?ヴァチカンからアリスとアメリカから戦姫クリス・マクスウェルが来るって。」


俺は結社黄金夜明団の団員であり位階は境界の主ドミナス・リミニスのまあ中堅の魔術師だ。彼は同じ黄金夜明団員であり位階は熱心者ジーレイターである。彼の言うアリスはヴァチカン対魔術師専門教会イスカリオテのシスターであり我々の位階に当てはめるなら俺の一つ下である哲学者フィロソフィアスクラスの魔術師である。

クリス・マクスウェルは詳細不明の女魔術師。結社所属なのは分かっているが我々黄金夜明やその上部組織の薔薇十字団や銀の星も掴めていない。

魔術師協会の記録によれば化物を3408が戦果らしい。


「どういう事だ?ヴァチカンからは聞いてないな。」


「エンリコ・フェルミ司教も知らなかったか。いや、言わなかったんだろうなアイツなら。」


頷く。エンリコならあの程度余裕で隠す。


「うちのクラスなんだろ?」


「勿論。誤魔化すにしても隠すにしても纏めた方が何かと楽だろ?」


「違いない。兎に角、理事長室だな。」


沙織に別れを告げ、俺とふたりは目立たない程度に早足で急ぐ。


「入りなさい。」


理事長室のドアの前、声を掛ける前に入室の許可が出た。

位階哲学者の魔術師、榊幽玄。幽玄翁と呼ばれる彼は極東の黄金夜明のトップでもある。この私立高校は黄金夜明の極東最大の拠点かつ資金源になっている。


「幽玄翁殿。」


「座りなさい。珈琲を出しましょう。」


既にそこにはアリスが座っているが、口を開く事は無い。何故かは分からないが口に護符を貼られているし、魔術師の位階が1番高い俺と結社内の位が1番高い幽玄翁以外は口を開かないのがマナーだからだ。


「ヴァチカンからの要請はクリスのこの世からの永久討滅。アメリカの軍事魔術結社ネオ・クランがクリスの所属する結社の様で。」


俺が珈琲に手をつけたのを見て幽玄翁は口を開く。

ネオ・クランとは近年急速拡大中の現在アメリカ最大の魔術結社だ。銃社会のアメリカらしく、銃火器で装備し、魔術との併用で戦闘する特殊な集団で対応法が確立されておらず歴戦の魔術師でも死者が多い。


「それ所属の化物と殺り合えと?」


「一応は、薔薇十字団の小達人アデプタス・マイナーマドウェル卿をお呼びしています。」


マドウェル卿か。強いが俺とは合わんのだが。俺は基本、近接戦闘向き。彼はガチガチの格闘屋で身体強化のみで上り詰めた傑物である。


「後、ライプニッツ卿がいらっしゃいますよ。貴方を気に入った様ですからね。」


「…それでそこの彼女は何故拘束を?」


「ヴァチカンの内紛ですよ。いつもの事です。トマス・アクィナス枢機卿派と教皇派の対立の様でね、依頼はアクィナス枢機卿から。教皇派の彼女はそれを止める為来たと。」


ヴァチカンに絡むとロクな事がない。


「了解、こちらも情報収集につとめます」


エンリコは枢機卿派。どちらとも繋がりを保持したい結社としてはうってつけとも言える。


「ええ、お願いしますよ。」


「今日は転校生が来たぞ。イタリアからアリス・マザランさんとアメリカから来たクリスマクスウェルさんだ。自己紹介してくれ。」


担任の男性教諭の言葉と共に入ってきた2人の美少女に男子生徒は歓喜の声を上げる。その盛り上がりを無視しつつそれぞれが口を開く。


「イタリアのローマから来ました。アリス・マザランです。アリスと呼んでください。」


金髪白人、日本人が喜ぶ要素は持っているしそれが美少女ならなお喜ぶだろう。


「アメリカのカリフォルニアから来た。クリス・マクスウェルよ。よろしくね。」


黒髪の白人のマクスウェル。彼女の方は日本語が下手と言うほどでは無いが、少しイントネーションに違和感がある。同時に強力な違和感を察知する。干渉系の精神操作か、評価を上昇させる程度だが術式としては規模が大きい部類になる。それを軽くレジストしついでに沙織のもレジストする。


あからさまにレジストした為に気付き俺が魔術師である事を認識する。威圧感を放ち互いに牽制するも無神経な担任が口を開き弛緩する。


「席はマクスウェル二条の横、クリスは二条の後ろな。」


俺の周り?嫌な予感が的中しやがった。


何者よアレ。私の精神干渉をレジストしたアレは見た感じは高位の魔術師に見えない。て言うか魔術師にすら見えない。黒髪黒瞳で事前に聞いていた通り日本人とドイツ人のクウォーターで日本人離れした美男子だが、拭えない違和感を感じる。全く魔力を感知できないし、なのにそっちを見ずには居られないような存在感を持つアレ。

そんな二条章斗が私の標的ターゲットだった。


「よろしくね。二条君。」


「ああ、よろしく。」


しれっと返された。極東の魔術師か。日本人だし神社本庁の魔術師だろうか?私の所属する結社は諜報が弱いために魔術師の情報がほぼ入ってきていないのが玉に瑕だ。


「よろしくお願いします。マクスウェルさん。お久しぶりです、二条さん。」


ん?流石に貧弱な情報網でもアリス・マザランがヴァチカンの人間であることは知っている。旧教カトリックは彼らにとって辺境の極東の島国独自の神道なんて認めていないはず。


じゃあ、あれは何者なの?


「何だ?二条知り合いか?」


「まぁ、イタリアに留学した時にホームステイ先がアリスの家で。」


旧教と関係があり、人種や出身を気にしない組織という時点で極東の国家組織や結社では無いという事ね。つまりは大陸系の術士?陰陽道は大陸からの伝播だから可能性は無いことも無いけど日中両国は現在表立って友好関係は無い。ならば欧州の結社?ヴァチカンに留学したと言う言葉が本当だとすれば銀の星の下部組織かフランスのフルードリリス系かな?


「そうか!なら2人の案内をお前に任せたぞ。」


担任の言葉に3人が固まる。それを見てクスクスと笑う1人の男子生徒に二条は拳骨を落として黙らせた。

勿論ヴァチカンの少女は私たちの事を知っているし私たちの結社を潰す命令が教皇から出ている筈だからそれにヴァチカン寄りと思われる魔術師。

…中々楽しそうなメンバーになりそうね。


絢斗を黙らせた。何故俺がこんな目にあっているのだろうか。


「…まずは、特殊教室棟に行くか。」


今は昼休み俺と絢斗のいつものペアとクリス、アリスの4人。

……1部薔薇が好きな女子からは視線を感じるが気にしない


理科室や技術室、音楽室などの科目教室の他に生徒会室、理事長室や、高等部の学長室がある。その4階の廊下の奥。そこでふと立ち止まり後ろへと振り返る。


「クリス・マクスウェル。この学園の中ではお互い中立不可侵でなければならない。内部の争いに関わるなよ。そして外部からの圧迫には如何なる所属事情があろうと抵抗する。これが守られない場合は現在ここにいる銀の星系、ヴァチカン、大英帝国の国教騎士団、ロシアのチェルノボグから貴様が攻撃を受けることとなるが良いな?」


頷く。良し、だからと言って警戒しない訳じゃない。そんなのは幾らでもあった。

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