冷めたミルクティーは青春の味がする。
@dorasina
第1話 ホットミルクティーをゆっくり飲むとアイスミルクティーも味わえてとても良い
目の前に100万円を出された。
「君を買いたい。」
「は?」
「君を飼いたい。」
「今ニュアンスが違いましたよね?」
俺が突っ込みを入れると、普段から無表情な彼女の表情が柔らかくなる。
「な、何が目的ですか……。」
「目的なんてない、ただ気になったものは手に入れたいだけ。」
美咲さんはそう言うと、再び小説に目を落とした。
気高く品のある顔立ちは、いつもの凛とした表情へと戻っている。
俺の青春は何かがおかしい。
※※※
昔から貧乏だった。
そんな家が嫌で嫌で仕方がなく、俺は早いうちから一人暮らしをすることを目標に、中学のころからアルバイトをしてコツコツとお金を稼いできた。
そんな努力もあいまって、高校から晴れて一人暮らしをしている。
学費免除を取り消されないようにある程度の勉強をしながら、生きるためにアルバイトもする。漫画喫茶のアルバイトは、拘束時間こそ長いが楽なバイトだった。
とても気に入っていたのだが、先月、くだらないことでアルバイトをクビになってしまった。
新たにバイトをする訳もなく、グダグダと生きていると金は減る。
そうこうしている間に俺のお財布は、この春先の陽気と打って変わって、一足も二足も先に真冬へと突入している。
「次のバイト探さないとなぁ。」
俺はすっかり冷めてしまったミルクティーをすすりながらそう呟いた。
喫茶シルコット。
駅裏の人が少ない通りにあるしがない喫茶店だ。
俺はここをとても気に入っている。コーヒーの豊潤な匂いや、時をゆっくり刻む秒針の音がとてもエモい。何より、1杯300円という破格の値段で5時間は滞在でき、ありとあらゆる雑誌を読むことが出来る。
無論、マスターは何も言ってこない。ただひたすらに、柔らかい笑みを浮かべている。
まるで閉じているかの様に目をすぼませ、まるで聞こえていないかのように常連客の話を聞き、まるで寝ているかの様に口元からいびきが聞こえてくる。
きっと夜更かししてゲームとかしてるんじゃないかな。
前、珍しく起きているときに熱く語ってたし。
そんなことを考えていると、ツカツカと嫌な足音が響き渡り、俺の目の前でピタリと止まった。
「食事のご注文はどうしますか?お客様。」
そこには、決して笑顔としてカテゴライズしてはならない笑顔を浮かべているクラスメイトの姿があった。
三茶七海(さんちゃななみ)。俺と同じ高校2年生だ。
あの寝てい…こほん。微笑んでいるマスターの孫で、この店でアルバイトしている。
「同じ高校のよしみとして、今日も大目に見てくれない?」
肩にかかるぐらいのつややかな黒髪を指先で遊ばせて、彼女はジト目でジーとにらんでくる。挑戦的な瞳は吸い込まれそうな程魅力的で、女性に耐性がない男なら一発で好きになってしまうだろう。流石は学年1,2位を争う程の美少女だ。
休日に彼女と合えただけでも心躍るほど嬉しい。接点がなければ、見た目だけで判断出来れば、立場が違えば……きっとそう感じたと思う。
美人で人当たりの良い彼女も、俺の前では厄介な取り立て屋だ。
「今日という今日はダメ。七瀬のせいでお客さんの回転率が下がるでしょ?売り上げに関わるのよ。」
「回転率って(笑)そんなに客来ないじゃん……ひっ」
速報、鬼は存在する。
「そもそも、お金がないときはお店に来ない!!それが普通でしょ?」
「いや、七海の顔が見たくてさぁ。」
「なっ……ば、馬鹿!!」
本当は家賃を払えと大家がうるさいのであまり家に居たくない。
それをそのままいうのも恥ずかしいので、俺は適当な嘘を吐いて見せた。
七海が耳まで真っ赤にしているので、そろそろ怒りも限界を迎えてしまうかもしれない。
追い出されることは避けたいな。あまり軽口は言わない様にしよう……。
「ナナちゃん。注文。」
不意に遠くの席から鈴の音のような女性の声が聞こえ、はーい、と七海が駆けていった。
俺はまだ、居座り続ける。
冷めたミルクティーは青春の味がする。 @dorasina
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