時が経ち、噂が噂を呼び、新たな怪談が生まれては変化し続ける。赤い紙、青い紙は時代の移り変わりに伴い、いつしか紙からチャンチャンコとなっていた。

 時代は変われど、いつもの校舎2階の男子トイレにていつもの会話が始まる。怪談の昇格により、校舎内のトイレならどこでも住めるようになったのにも関わらず、思い出深いこのトイレを万年床に決めたのは2人の暗黙の了解であった。

 「チャンチャンコに昇格してからずいぶん経つけど、あんま人来うへんようになったなぁ」

 赤が毎度のように愚痴を溢す。

 「まぁまぁ慌てずとも大丈夫やって。このトイレは基本的に忘れられてる存在やろ?時代が一周二周して大方忘れられた頃にふっと思い出されるんや」

 青が不機嫌な赤を優しく諭す。

 「このトイレに留まったのが間違いやったかなぁ。トイレと一緒にわしらの存在も忘れられたら本末転倒やがな。そりゃ焦るやろ」

 赤がいつにも増して愚痴を続ける。

 それもそのはず。怪談や噂の存在がそれに関係する妖怪達の生命線となる。何かしらの理由で物語が絶え、皆に忘れられることが妖怪としての存在の消滅に直結する。

 「忘れられたら終わりちゃうよ。ただ闇の中に還るだけや」

 青は何でも知っているし、いつも安心させてくれる。赤は青と長年共にすることで、揺るがない心の支えを得たのである。

 「ほらほら、赤。沈んでたらあかんで!誰かさんのお出ましや」

 青が指を指した先に1人の少年が重なる。

 辺りを見回しながらソワソワしている少年はゆっくりと1番奥の個室に入った。

 「おじいちゃんが、ここには絶対入るな言うとったけどそんな悪ないやん。何より知ってる奴おらんからゆっくりできるし」

 少年は怪談を逆手に取り、誰もいないトイレで用を足すためにここを訪れたようである。

 「こいつなんか、うんこマンに似てない?懐かしいなぁ、あいつ元気にしてるんやろか」

 赤と青の中でいつかの思い出が蘇る。

 「ほらほら、待っとらんと早せいや。今は紙とるまで待たんでええやろ」

 青が赤に早く実行するよう急かす。

 「せやった、せやった。ほな行きまっか!うんこマンに関係する奴やったら反応が楽しみや」

 ゆっくりと背後に忍び寄る赤は、少年の耳元で止まる。

 「赤いチャンチャンコ着せましょかあー?」

 キマった。

 絶妙なトーンと響き加減である。振り返ると青が親指を立てて笑っている。

 「あれ、お前なんか言わんでええの?」

 赤が青にそう尋ねようとした時、少年が落ち着いた声で赤に答える。

 「え、なんて?チャンチャンコ?何それ?」

 赤が少年を二度見する。  こいつわしに話し返しとるん?

 「ちょい待ちや、今ググるから。おかんに買ってもらった新しいスマホめっちゃ早いねんで。てか隣におるんやったら先に言えや。ちょっとビビってもうたわ」

 少年は光る機械を片手に次々と文字を並べていく。赤はそれをただ見つめることしかできなかった。

 光る画面がチャンチャンコを見つけ浮かび上げる。

 「うわ、何これ。だっさ!これあれやん。前におじいちゃんが着てた奴やん。絶対着たない。お前どんな趣味してんねん」

 少年は言い終わると隣の個室の壁をガンガン叩く。

 「こんな古臭いもん誰も着いひんやろうから、なんか別のもん準備した方がええ思うで、ほな、お先に」

 唐突に始まった商売道具に対する批評に呆気にとられてしまった赤は重大な過ちを犯していることに気付いていなかった。  トイレの鍵を封鎖し忘れたのである。

 用を足した少年は普通に扉を開け、入り口手前の洗面所で手を洗い、そして出入り口付近にある電源スイッチを2回パチパチと消しては付けてを繰り返した。

 「びっくりしたやろー、ははは。俺達これからウン友やな。ほなまたどっかでどこぞの誰かさん!」

 少年の駆け足で去る音が遠退いていく。

 残された赤は口をあんぐり開けて途方に暮れている。

 「…まぁ、こんなこともあるやろ。掴みは良かったよ。わしの背すじピッキーンなったもん。相手がただ手強かったわ。うん、あんま気にすんなや」

 青の優しさ溢れる言葉を聞きながらも赤は動揺を隠せない。

 「ださいやて。誰も着いひんて。わしはこれからどないしたらええんや」

 珍しく気が沈む赤の肩に青の腕が絡む。

 「一旦リセットや。明日には明日の風が吹く言うてな。これからの事はこれからゆっくり考えたらええ」

 その言葉に頷きながらも、さらに愚痴を溢そうとする赤を青が制する。

 「もうええわ」

 そのセリフを聞いた赤は自然に笑みを浮かべる。

「そやな」

 赤は完全に落ち着きを取り戻した。

 ただ、この事件以来大スランプに陥った赤は、挽回の機会を狙ってはいるが、今現在も不調は続いている。

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