「赤い紙欲しいかぁ、青い紙欲しいかぁ」

 荒廃した校内は朝昼問わずどこも薄暗い。

 ここ、校舎2階の男子トイレは特にそうである。電球を付け替えてもすぐ切れるという理由で、電気を付けても洗面台3つの内入り口手前の1つしか照らされなくなってもうずいぶんと経つ。その放たれた光の周辺は明るいが、光の届かぬ場所の闇はさらに濃さを増している。

 そんな寂しいトイレはいつも密かに来客を待っている。

 「おい、赤よ。発声練習するんはええけど、青い紙欲しいかぁ、の部分はわしが言うべきちゃうか?」

 青がいつも全てを一文にまとめて言ってしまう赤に非難の目と適切な提案を送る。

 「そんなこと言うたって、分けて言うたら変な間空くやんけ。それに今まで青言うた奴おらんやろ?だーれも血なんか抜かれたくないんや。あぁ〜早く血しぶきブッシャァーしたいなぁ!」

 赤は何度指摘されてもお構いなくの様。

 あくまで出番は自分にしかないと自信満々で、青はただそこにただ立っていろと赤の態度が示す。

 この学校に広まる怪談の一つ、赤い紙・青い紙は生まれてから適当な頃合いを伺いつつ、噂が消えない程度に行動している。

 「おっと、ほれ見ろ、青!久しぶりに生徒さんがおいでや!ええ機会や、今日はいったろか!」

 赤の活きの良い提案に青は渋々頷く。

 2人の掛け合いの最中、せっせと駆け足気味の少年が1番奥の個室に入った。

「ふぅー、間に合ったー!もう少しで漏らすとこやったわ」

 少年は安堵の吐息を漏らす。

 1度何も考えずに頻繁に使われるトイレの個室を使用したことにより、”うんこマン"とあだ名をつけられた少年は自然とこの2階トイレを愛用している。

 「おい、青。またあのうんこマンが来たぞ!ほんま最近こいつしか来うへんやんけ」

 赤が呆れた顔で用を足す少年を見下ろす。

 「まぁまぁ落ち着け。人間達も色々大変なんやろ。特に小学生にとって学校で用を足す事は大変リスクを背負うもんらしいしな」

 いつだっただろうか。この少年が初めてこのトイレを訪れ、あまりの人気の無さに感動したのか、泣きながらうんこをする姿を2人は思い返す。あれから少年は便意がある時はいつもこのトイレを使用するようになった。

 用を足してすっきりした少年はふとある事に気付く。

 「あれ、やっば。紙ないやん」

 あたふたする少年をよそに、赤が背後に忍び寄る。

 「赤い紙欲しいかぁ、青い紙欲しいかぁ」

 「………………………青い紙欲しいかぁ」

 耳元で囁かれる不気味な声。少年の背筋が凍り付く。

 「おい、こら、青。何かぶせてきてんねん」

 赤が少し下がり青に迫る。

 「絶対に全部言う思たわ。あれだけわしが言うべきや言うたのに。お前が空気読んでわしの部分言わんかったらあんなアホみたいなハモりにならんかったのにな。あーあ残念やなぁ、久しぶりのわしらの活躍の場やのに最後ハモるて」

 自分の主張を譲らない青は更に挑発したような顔を赤にぶつける。

 そんな青に睨みをきかす赤だが、何も知らない少年は恐怖に囚われる。鍵を開けてドアを押すがビクともしない。時間が止まったような静寂の中、ドアを力いっぱいに叩く音だけがガンガンと狭い個室に響き渡る。

 数分後、急に静かになった少年は何かを思い出したかのように目を開き、空中を見ながら小声で答える。

 「…え、とじゃあ…赤い紙…で」

 少年は否応なしに答える。

 この怪談の噂を思い出した少年に選択肢は1つしかなかった。

 「ほらみてみぃ、青。今回もわしですんまへんなぁー。血しぶきブッシャァーじゃい!」

 赤の号令に合わせたかのように、天井から血の雨が降り注ぐ。

 赤い雨がトイレ内を襲う中、突然ドアが開け放たれ、少年は転げるように個室を飛び出した。声に出ない悲鳴を上げながら、真っ赤に染まった少年は慌ててズボンを履き直しその場を駆け去る。

 慌てながらも光を求め出口を目指す少年の顔には、恐怖に染まる顔ともう絶対に学校ではうんこをしないと決断した男の顔が同居していた。

 再び静まり返ったトイレの中で、先程の出来事を振り返りながら赤と青が対峙する

 「ほらな、言うたやろ。やっぱ赤やねんて。今までもこれからも血しぶきブッシャァーやねんて」

 気持ち胸を張りながら赤は青に余裕のある声で語りかける。

 「不公平やわぁー。なんやねんこれ。血まみれなって家帰ったら大事になるやろうになんで皆赤選ぶねん」

 青を選ぶと血を抜かれて死ぬ。という自分に課せられた残酷な噂を知ってか知らずか赤に食って掛かる。

 「あ、大丈夫大丈夫。あの血は時間経ったら勝手に消えるさかい。あの子が人見つけてワーキャー言うてる頃にはもう何もなしや。ただあの子がわしらの噂を流してくれる。そんで噂が広がってわしらは逝き永らえるっちゅうわけや」

 青はそれを聞いてアホな顔をしながらしっかり考えている赤の真面目な部分を垣間見て不本意にも笑みが溢れる。

 「ちょっと色々言い過ぎてもうたな。お前のおかげでわしらの噂が絶えんのは事実や。せっかくの活躍の場やのに大事なとこでハモらせてもうてすまんかったな」

 青が神妙な顔を赤に向ける。

 「いやいや、真面目になんなや。謝るんはお互い様や。わしも自惚れた態度とってすまなんだ。ちょい待てや、かしこまるのは性に合ってない。いつものやつで締めてくれや」 赤が目で合図を送る。

 青がそれに応える。

 「もうええわ」

 色々言い争った後、いつもの様にこれ以上はもう充分だという意味を込めて青が決まったこのセリフを放ち終止符を打つ。

 2人は緊張の糸が解けたように和み、久しぶりの噂流行への成功に声を上げて歓喜する。外はいつの間にか夜を迎えており、月明かりが今宵の成功を祝福する。

 すると突如、お祭りムードに溢れる男子トイレに突風が吹き荒れる。

 「お前らええ加減にせえや、ワイワイうるさいねん!一体何時や思とんねん」

 花子が性別の垣根を超えて男子トイレに殴り込んできた。

 「この校舎古いやろ。響くねん。ちょっとは他人の事も考えろや。ここに住んでるのお前らだけちゃうんやぞ」

 就寝を妨げられた不機嫌絶頂の花子がボサボサのおかっぱをなびかせながら詰め寄ってくる。

 「す、すんまへんなぁ、花子はん。これから気付けますさかいに、今回は堪忍して下さい」

 青が冷静に対処する。

 花子は無言で2度頷くと、手であくびを隠しながら出口へと向かう。

 そんな花子の背に向けて、赤がおもむろに口を開ける。

 「そない言うたかて花子はん、お前さんも昼夜関係なく中々大きい声で叫びはるやん?おんなじ事やから今後お互い様で気を付けていきましょや」

 放たれた言葉が消えると同時に、花子がピタリとその場で止まった。

 青が目を見開きながら赤を見る。

  よく言ってくれたと思う気持ちと、なんてことをしてくれたんだと思う気持ち。相反する2つの感情に挟まれた青は混乱する。

 ゆっくりと振り返った花子は一言発する。

 「今何て言うた?」

 慌てふためく青をよそに、赤が素早く花子に答える。

 「青が、花子はんもうるさいんやからお互いに静かにするよう心掛けよう提案しました」

 澄ました表情を浮かべ、気持ち声色を高くして放たれた赤の言葉は花子の耳に着地し、青の耳に突き刺さる。

 「ちょっと待てや、赤。いや、ちゃうねん花子はん」

 混乱する青は言葉を正しく生産する機能を失う。あたふたしながらフガフガする青に向けて、花子はゆっくり近付いていく。青は考える事を放棄し、これから起こる事をありのまま受け入れる覚悟を決めた。

 全てを諦めた青の顔を見ながら、花子は落ち着いた声で呟く。

 「それもそうやな。私もこれから気つけるわ」

 突然放たれた予想外の言葉に困惑を隠せない青。

 赤は何が起こったか理解出来ず花子に歩み寄る。

 「それより何澄ました顔して気持ち悪い声出してんねん」

 歩みを止める赤、だがもう遅い。赤は寝起き不機嫌の花子に捕まる。

 相棒を売るような行為をした自身を恨みながら、赤は恐怖の形相を作る。

「ギャーーーーーー!!!」

 満月の夜、雷鳴のように放たれた悲痛の叫び声は街全体に響き渡った。

 これをきっかけに3人が奇妙な友情を育んだ事を知る者は少ない……




 「ちょい待ちいな、なんで私らの出会いの話してんの?」

 花子が気持ちよく話す赤を静止する。

 「物事には順序っちゅうのがありますんや。この事は後々重要になってきますさかい」   赤は淡々と花子を諭し、話を続ける。花子は渋々納得し、耳を傾ける。

 赤の背後に視線を向けると、未だに口をパクパク開閉し続けている青があいかわらず寝転がっていた。

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