第四十九話 懐かしい声に背を向けて

「はッ……はは……!」


 夢呼は先頭を走り続けていた。


 眼前には、光の漏れる扉……開いている扉。

 その先に火山岩のように煌めいた床が見える。


 ただ光の加減か、赤い水溜まりが点滅している―――血痕だ。

 やはり光源がどこからかあるのだろう。

 光源は無事なようだけれど、まだすべては見えない。

 道行く先は。


「は、はあ……」


 笑みが漏れる七海と愛花。

 引き攣った表情ではあるけれど。

 純粋な全力疾走は高校生の時ぶりだというのも、緊張を引き起こす一因か。

 肺活量、余裕かよボーカル。

 足速ぇ。

 

 気は抜けない。

 この先はホールではなく、入口……受付。

 エントランスのエリア。



 エントランスの通路となったのでカウンターのコーナーがある。

 狭い室内であることに変わりはないのだ。

 逃げ道という観点から言うと、ゴールは近いが難易度が上がる。

 スペースは狭い。


 一方という観点から考えていくと、音を追う性質が、もはや確定している。

 常人は外に逃げのびて、暴動者はほぼホールの中に納まっている見込みだ。

 天を見上げたまま腕を振り上げている。


『リペア 錆びついたままでいられない アタシの 』


 歌声の連鎖、反響が降り注ぐ中を、夢呼は駆け抜ける。

 熱狂した暴動者たちを通り過ぎ、視界の端で、彼らが転倒して。

 その肉同士の衝突音を耳障りだと思いつつも、走り。

 くすぐったい想いのまま、駆け抜ける。


 ついに、扉を真横に捕えた。

 ゴールテープを切るような気にはなるが、まだ急ブレーキというわけではない、右に曲がり、

 さらに走る。

 明度が上がる。

 景色が変わった。


「ここには……」


 白い照明が降り注いでいる。

 窓は大きくないから自信確信、持てないがこれはパトカーのサイレンだろう。

 もしくは救急車か。

 警察も入ってきたし。

 総じて、視界は良好だった。



 窓の紅い光は一つではない。

 やはり外でも、この騒ぎに気付き、大勢が動いているはずだ。

 屋内に居た今の今まで、さっぱり窺えなかった様子だったけれど、外の状況……というか環境もそうなんだね、と大体のあたりをつけた夢呼だった。

 パニックになっている―――そして警戒態勢。



 数人の身体が見えた。

 こちらを向いてはいない。

 油断はできない、油断は……していない!

 目の前に、暴動者か……それとも?


「夢呼……」


 夢呼に呼びかける、これは七海か。

 大声を出さないように、背後に集まった。

 真弓、七海、愛花。

 あの、いまだ幼き日のファーストシングル(?)が流れ続けているホール内を無事に脱出。

 懐かしい歌声が、遠く聞こえる。

 

 窓の際や、構造に危険性はある。

 ここは別室につながる物陰が多い。

 それでも、暴動者たちの支配するホールに背を向けた。

 完全に抜け出した。


「……出よう」


 外に出よう、止まる理由はない。

 前に出よう、入口はガラス張りではない。



 ライブハウスや、クラブなどにありがちな頑丈さ。

 ドアは、透明の自動ドアなどではなく、ダンジョンの扉めいて無骨だった。

 防音性を最重要としているのか、やはりライブハウス。

 実家はこの地域にはないので、慣れと言えるほどの視観を覚えない、面々だった。

 これまではそれを気にせずに、いたものの。

 この扉が命にダイレクトでつながるものとなると……息を呑む。


 白い蛍光灯の光は降り注いでいる。

 視界に不自由はない―――電気系統が障害を受けている可能性も、あったが、可能性だけだった。

 パトカーのランプ赤が、小さな窓の外―――その闇から射し込んで込んでくる。


 ……いい?

 今から扉を開ける。

 その向こうが、どうなっていても開けなければいけない……はずだよね?


 夢呼が振り返る。

 一刻も早く脱出したいが、それは気持ちで。

 しかしまさか、この地点だけを考えるなら、止まっているべきか?

 安全かもしれない―――、と可能性を巡らせた時だった。


 ゆらり、と愛花の背後を影が動いた。

 愛花は疲弊はしていないが、息を切らしていて、それを整えていた。

 暴動者……動作にスピードはなかった。

 やはり―――通路ここにも来ていたか。


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