第四十一話 選択肢
ステージに上がった暴動者は、それから増えることはなく、何とか避難民たちが腹ばいの姿勢にさせて、押さえていた。
なんとかステージの下に引き摺って落とした避難民たちだったけれど、こんなこと、いつまでもやっていられない。
音楽による、いわば会場の鎮静化は解除されている。
だがコントロールは、存在する。
全体として、会場の外側に暴動者が集中している。
突如現れた謎の集団は軍隊じみた迷いのなさで行動し、確実に数は減らされている。
はっきりとした規律ある連中が入ってきたことで、コントラストがより強まった。
群がった虫の蠢動のような動作の暴動者。
白い集団は彼らを殺したわけではないにしても、完全に行動不可能となった。
倒れるものよりも、何もせず立ち尽くす者が増えたのは、真弓にとって意外だった。
つまり
「ドラムは、後でだな……愛花」
「え……う、うん」
いよいよこの場を動くにあたり、動く可能性が出てきたにあたり、置いていくものの念押しをする。
状況に光は見えたとしても、どちらにせよ、移動しなければ出口にはたどり着けない。
「真弓……道が開いている」
夢呼が言う通り、はるか遠くに見えていた印象の、ホール出口まで、渋滞は目に見えて改善されていた。
休み時間の廊下程度の隙間はある。
突っ切れないことはない、か……?
バンドファン、避難民も、夢呼からの呼びかけに納得してくれたようだ。
いや……納得などというものではないが。
状況が、来るところまで来ている。
いよいよステージ上が安全ではなくなった。
この後はジリ貧か。
徐々に全方位から詰められる危険性の中、白い集団がステージにたどり着くまで待つ。
ここで座って助けが来るのを待つもよし、しかし降りて走ったほうがいいかもしれない。
何十人か、上がってくる可能性はある。
また、ホールの各地というか、数か所で、白い集団が暴れている以上、ターゲットが完全に私たちにあるわけではない。
状況が改善したのやら悪化したのやら、わからん、と夢呼。
「―――音楽の魔法は解けたようだよ」
流石の夢呼も弱気か、と顔色を脇からうかがったが、まだにやけていた。
生まれつきこんな顔をしているんだろう、と思うことにした真弓だった。
避難民は血相を変える可能性があった。
だが、彼らも大きな声で怒れるわけなどなく、罵倒できるわけなく。
渋々、というような口元の表情。
泣きそうな顔をしている女がいた―――正しい表情だ、と真弓は思った。
逃げ場というか待機場所があった今までが奇跡……であり。
もとはと言えばこの状況で、それぞれが会場内で死ぬはずだった。
もっと早いうちに。
「こうするしか……ないの……?」
「こうするしかないわけじゃあ、ないがな……」
まあ、走ったほうが助かる……かもだよ。
夢呼がぽつりと、言った。
―――
四人が並んで、ステージの下を見下ろす。
皆が注目している、記者会見でも行っている気分だろうか?
心臓の音が早まる。
七海は、足が動かない。
膝を固められているように、立ちすくしてしまう。
やっと(どこから来た何者なのかは不明だが)助けが来た、救助が来た。
脱出しやすい……つまり今の状況はそういうことでもある。
事態が起こった初期には不可能だったことだ。
降りても、一気に降りても一気に数で押しつぶされることはなくなった―――そう見える程度には、移動のためのスペースが開いている。
頭では、可能性を、わかっている。
七海はギリギリまでステージに留まるつもりだった。
だが、同時に知っていた。
理解しているといったほうがいい、か。
夢呼なら……この場で次の瞬間に、走り出す可能性がある。
そういう人間だということも理解していた。
夢呼の横顔を見つめていた後、ちらりと真弓、愛花のやり取りを見る。
「愛花、お前でもできるからな今から言うことをちゃんと聞け」
「え、な、なに?」
「ストッピングっていうんだが、まあ難しくはない、脚でこうやって―――」
「ちょ、え!? やったことないよ」
「いいから」
言って真弓は身振り手振りを交える……。
土壇場で空手講座だか格闘講座をやってる……不謹慎だが、変な笑いが出そうだ。
いい神経しているというか。
会場内では白い集団が奮闘している。
けれど、人数の差もあり、この戦い、時間がかかりそうだ。
救助のための、プロフェッショナルだろうか。
まだ一度も彼らの声を聞けていないので、正体は不明……不安はある。
白い集団のうちの、一人がそれを引き起こした。
暴力の対処の中で、それこそ楽器のような、床を叩くような音が会場に響いた。
暴動者が一斉に、姿勢を変える。
それを合図とした。
四人は、夜の海に飛び込んでいくような気持ちで、ステージを降りる。
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