第三十九話 沈黙

 驚いたな。

 白いマスクの下で、ひとりの男は思った。

 ステージの上にいる四人の女……YAM7やむななを見ている。

 事件発生からずいぶん経っているのに、まだ観戦していない様子だ。

 そして―――。



「予想通り……ではあるな」


 もう一人が話しかける―――こちらも、庄司からは消防服と表現された、全身保護のフル装備である。

 予想通り、当初の指示通り―――暴動者は視界を奪われている様子だ。

 すこし異なるが、瞳孔の収縮ならば、毒物や神経ガスの症状として、ありがちだ。

 は、この事件において、複数のパターンを想定していた。

 

 複数の症状、だろうか。

 全知全能ではないにせよ、考えられる厄災を知っていた。


 二人の会話は、大きな声ではない―――そうしたら周りの暴動者に振り向かれる。

 この声量ならばまだスピーカーに夢中になるもののはずだ。

 マスクの二人は配置場所を目指し、姿勢を低く走る。

 そのなかで、声をかけあう。

 頭上からは、音楽が降ってきている。

 主として、それを受けているのは、立ち尽くす暴動者たち。


「お前、むかしギターやってたって言ってなかったっけ」


「……言わないでくれ」

しかし、予想通りなもんかよ

ギターで……まさかギターで、とはな。

現状を信じられない。

あと、歌っていたボーカルの件も、この部隊の耳に入っていた。

会場内で何が起こっていたかの時系列は、あらかじめ頭に叩き込んである。

音で奴らの動きを制限できると、知識では知っていても。


「―――仕事が早く済む、と思うがな」


「どうだか」


「おい」


「ん?」


 音楽に違和感を覚えた。




 ――――



 YAM7やむななも、異変を感じていた。

 スピーカーから降り注ぐ大音量が、空白を刻みつつあった。

 完全に無音になる、瞬間がある。


「は……?」


 聞き間違いかと思ったが、いや祈ったが、七海は音響の不調をはっきりと感じていた。

 音がぶつ切りに。

 音楽に携わる者として、演奏する者として、練習の過程で前例など、いくらでもあった。

 真弓のギターが、ついに聞こえなくなった。

 スピーカーが……私たちの生命線が。


「ああ……これは意外と早かったねぇ」


 ボーカルがぼやいたので真弓が振り返る。

 なんて言った?



「な、何か知っているのか? ……こうなることがわかってたのか」


 夢呼は、頭上を―――見て、唇の隙間から噛み合わせた歯を見せていた。

 真弓をにらんではいない、ただ不機嫌そうではある。

 会場にぶら下がるスピーカー異常を見上げたままの固まっていた。


「夢呼、おい!」


「うるさいねえ……あたしだって困ってるよ、しっかりと……こんだけの騒ぎだから、どこかで機材がイカれてもおかしくないって思ってただけだよ」


 七海ははっとして、裏口のある方向を見る。

 いわゆるスタッフルームどころかその周辺通路にも暴動者は、いたのだった。

 あの通路、中の誰か一人、というか一体……重要な配線にぶつかったか。


「ケーブルに足でもひっかけたかな?……あたしもやったことあるけどさ」


 その可能性は高い。



「く……どうする」


 夢呼が……あのボーカルが、唇の前に人差し指を立てた。

 黙っていたほうがいい、とのジェスチャー。

 よりにもよって、お前から、「静かに」だと?

 三人とも内心だが、引きる表情筋。

 こんな夢呼を前にするのは、流石に初めてだった真弓、七海、愛花……。

 呆気にとられる。


 避難民たちの表情も陰っている。

 おい、これはどうなっているんだ、はやくなんとかしないと、と小声で刺してくる避難民がいた。

 命令をしてくる、その彼ら彼女らの目は潤んでいる。

 これで自らの命が脅かされるのだ、仕方あるまい。

 ステージに降り注ぐ照明のせいで、青ざめた印象があまりないが。

 ……何とかするには、暴動者がいる狭い通路に入らなければならない。


「いよいよ腹を決めなければならないねェ……出口まで走る用意はしておいてよ?」


 夢呼はしかし、笑っているようにも見える表情だった。


 ―――――



「隊長。C班、配置につきました」


『了解……合図を待て』


 連絡を取りながらも、待てる状況かどうか、疑問だった。

 拡声器から解放され、暴動者たちに動きが発生した。

 トランシーバーをつなぎながらも、男は不安を覚えた。

 

 今、状況が動き出した。

 ステージを睨む暴動者が増えている気がした。

 と、表現しても当たり前のことだが……いまだ正常に生き残っている者が、そこにしかいないのならば。


「隊長……時間がないですよ、こりゃあ」


 出来るだけ音を立てたくなかったが、たまらず報告する。

 助勢のタイミングは、いつまでもありはしない。

 女の声が通信で聞こえた。


『早いに越したことはないわ。やっちゃいましょう―――でもイラつく必要はないワケ。 ―――するのは自分こっちだってことを忘れないでね』



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