第三十七話 ライブ会場前

 同時刻【11月29日 21:46  会場前】



 ライブが行われている―――正確に言うならば、無理矢理YAM7やむななが行っているライブハウス『ビビアン』の前で、問答が繰り広げられていた。


 脱出した庄司と、向き合うのは。

 男女の同僚……厳しい目をしている。


「じゃあ、杜上もりがみさんが残っているって? それで! 今はどこにいるんだ、庄司」


「応援を呼ぶのはいい!」


 進もうとする同僚を両手を広げて制し続ける。

 現場を封鎖しなければならない―――、一般人が野次馬が侵入するなど、もってのほかだ。

 そして、封鎖には人手が欠かせない。


「いいが、けど会場に入ることは許さない」


「何を言ってる……それだと、杜上さんを置いてきたってことだな!?」


「そうだ、来るな。 杜上さんだってそう言うに決まっている」


「青二才が勝手なことを……、お前もよぉ、自分で何を言っているかわかってんのか、通せ!」




 混乱のさなかの現場。

 逃げ惑う人々が見える。

 すでに騒ぎは路上でも広まっている。

 中途半端に知らされた外野、物見湯山ものみゆざんが突っ立っているものの、多くは逃げ離れている。



 一人の男は走り逃げ、誰も彼も、信用信頼なんてできないというような動き。

 人と触れそうになるたびに、N極同士の磁石のような飛び退り方をする者がいた。

 それでいい……、と見ていた庄司は思った。



 だが彼は精神的に参っていた。

 警察の面々を説得し、止める権限は俺にない。


 困り果てていたが、庄司は周囲の野次馬がいなくなるのを感じた。

 代わりに、が現れた。


 何十人だ……?

 庄司は、まず消防を連想した。

 消防士、そんな印象を受ける。


 白い服を着こんだ同じような見た目の大勢が、庄司を取り囲んでいる。 

 全員同じ衣服……全員同じ組織、いや軍団?

 やはり消防士か?


 なにしろ集まってきた連中は耐火服に近いものを着ていて、体を袋ですっぽり包んだみたいに、目元まで見えない―――白服軍団は、そんな印象を与えてくる。

 違う世界の住民に囲まれたような気に、なった。


 野次馬は帰ってくれ、と叫ぶには、やや雰囲気が異なる。

 彼と争っていた同僚も、言葉を失い、白い服の集団を気味悪がっている。

 謎の集団に、恐怖は感じない……無言になってしまう……。


「アンタたちは?」


「止まりなさい」


 その時、男が庄司の前に現れる。

 彼は男の顔見ると一瞬息を止め、つんのめった。

 彼の正体はわかった。

 同じ組織、警察だったからだ。


「け……警視!なんでこんなところに」


 庄司は姿勢を正す。

 相手は大柄な壮年の男だった。

 容姿での杜上との大きな違いは、絶やさない笑みだった。


 自分が担当する現場に、通常はいないエリート。

 あまり交番にまで顔を出さない上司、波津はづ警部の、さらに上だ。

 状況が急転した。


「警察は全面的に彼らに任せる」


 庄司の緊張をよそに、柔和な笑みのまま男は告げた。

 口調は柔らかくなかった。


「そ、それは……」


「決定なのだ、庄司クンよ」


 彼らに任せる、とはこの、見るからに正体不明の集団にということか。

 警視の決定……あるいは、もっと上層部うえからの……?


「警視! 彼は、同僚である杜上もりがみを置いてきています。の中にいた一人です……だから、なのに中には入れさせないと言っているんです!」


 言い争っていた同僚も声を上げた。

 庄司を貶めるような言い方になる。

 無理もない、何も知らなければ。

 いや、知ったとしてもライブ会場内で起きているすべてを、信じることは難しいだろう。


「よし……話を聞かせてもらおう、若者たちよ」


 警視は拳銃を抜いた。

 抜いた、というよりも最初から握っていたようだ。

 手を伸ばすような何気なさで、庄司の額に静かに向けられる。

 警視は柔和な笑みで目を細めたままだ。


「なっあ……なに、を……?」


 庄司はいまさら死の恐怖が再燃……、しない。

 柔和な笑みは殺意なし。


「身体検査の後に。だがね……? キミは状況をわかってるか? 私はわかっている……目の前の全て、警戒すべしだ。 暴動者である可能性が、あるのだよ」



 横から現れた警察部下二人に、後ろ手をつかみ固定され、連れてゆかれる庄司。

 白い服の集団。

 

「出入り口から固めさせていただきます」


「警視!」 


 呼びかけても警視は、白い服の者と話し合っていた。

 例によって正体不明の集団はマスクをかぶっているので顔すらもうかがえなかったが、高い声を聞いた。

 マスクの下は、おそらく女。

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