魔人と白狼

エスカ歴1903年の夏は例年には無いほどの猛暑を記録し、蓄えの少ない小国の兵である私たちは、今にも干からびてしまいそうだった。


「しょ、少将どの! 今しがた本国より伝令が参り、首都より兵糧を運んでいた補給部隊が、敵兵小隊の妨害にあい身動きが取れないとの事! いかがなさいますか?」


「・・・それは非常にまずいな、ただでさえこの暑さでみんな心が折れかけているのに、これ以上待たせたらそれこそ皆、近隣の村を襲い始めるぞ、それだけは避けねばならん!」


「・・・お、お言葉ですが少将どの! ここは敵地でありますゆえ、その、近隣の村というのも全て敵領地内の」


「貴様それ以上続けてみろ、今すぐ本国へ移送し軍門裁判へかけるぞ」


「ひっ! も、申し訳ございません!」


 ・・・はぁ、戦時中には【よくある事】なのだが、集団心理というのかなんというか、悲しい事に戦場における敵国の集落程、保護や保全のプライオリティは低くなりがちで


 こないだまで本国で幸せそうに結婚や出産の報告をしてきた部下たちが、やれ食糧を奪っただの女を犯しただのの耳が腐りそうな報告を嬉々として挙げてくるのだから、本来人間という者はいかに醜く、いかに愚かしいかが目に見えて分かってしまう。


「はぁ、だがそれだけ状況はひっ迫しているか・・・よし! すぐさま補給部隊の救助に向かうぞ! 大隊諸君! 準備を怠るな!」


「はっ!」


 伝令からの情報では、補給部隊はラルス達大隊の拠点がある山の中腹で足止めを食らっているらしく、中隊規模の編成であるにも関わらず、敵の「白狼」率いる小隊に歯が立たず、現在は森の中で散りじりになっているという事だった。


「はぁ、また白狼か・・・」


『白狼』とは、敵国ドリアードにおける中隊を率いる大尉クラスの兵で、巧みな戦術と類稀なる戦闘センスで我が国の進行に歯止めをかけている張本人、様はラルスにとっては目の上のタンコブの様な存在だった。


 本来あまり戦闘を好まない性分のラルスではあるが、各地で聞き及ぶ「白狼」の武勇には驚かされていて、いつかは戦場で対峙してみたいと密に野望を抱いている相手だった。


 だが『白狼』はラルスがあと一歩の所まで追い詰めると、いつもすんでの所で逃げられてしまい、ラルスは今だに対峙する事が出来ていなかった。

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