陰陽五行説
延長八年六月二十六日、清涼殿では五月以来、一滴の雨も降ってはおらず、神仏に救いを求めるため雨乞いである請雨の儀式の予定を決める会議を行っていた。
十三時。
空が薄暗くなると閃光と轟音が天に鳴り響き落雷が清涼殿に直撃した。
黒焦げになり判別のできない死体の山には陰陽師たちのものもあった。
朝廷を襲った阿鼻叫喚の大惨事を、人々は菅公の怨霊の仕業だと噂した。
菅公とは菅原道真の事である。
当時の亰には藤原助姫や藤原顕光などの怨霊がいると信じられていた。
その十年後、道真公の怨霊をおさめるには内裏の清涼殿の角の柱の下に埋まっている二匹の虫を掘り出し鴨川に流せば、すべては治まりましょうと言った男は見事、怪異をおさめ、従四位上にとりたてられていた。
陰陽五行説を学ぶため賀茂忠行を師とした青年であり、夜、駕籠で帰る詩に、「お師匠さま、鬼が此方に向かっています」と伝えると、「確かに、道をかえましょう。百鬼夜行に出くわしたようです」といった。
「この者は私を越える力になる」
そう確信した彼は、釜の水をソックリ移したように技術を教えたと言われる。
「何かと逸話の多い男ですね」
「得体がしれぬからこそ憶測がとぶのです。
安倍泰葉と葛の葉の息子です」
「葛の葉は狐だと言われています。
三歳の時に母狐の葛の葉に霊力を授けられたとか」
「噂なんてものはどうでもいい。
必要なのは実力だけです。
天皇の病さえ治せるのなれば」
雨になると頭痛がするのだが、理由がわからず、なにをしても効果がないのだ。
その話をきいて青年は、花山天皇は前世が行者で吉野のある宿で亡くなられましたといった。
「前世の功徳で天子の身で生まれましたが、前世の髑髏が岩の狭間に落ち挟まって、雨の日には岩が膨らみ間が詰まるので、今生では、そのように痛むのです」
と説明した。
そんな彼の言葉を信じる者も、不気味がる者もいる。
その解釈は別に個々のものでよかった。
彼のしていた事は、話を聞いて人の物語をつくって、心の苦しみを取り払うという作業の繰り返しで、人の悩みを解いて、その者の闇を見据えて介抱する。
その彼の言葉は瞞しとは言いきれぬ美しさがあった。
藤原道長は敵の多い男である。
道長は物忌みでウリを献上され食べていいかと彼にきくと、中に一つ毒気のあるものがありますと二つの針を突き刺して二つに割ると中に白蛇が入っていた。
彼は自分の技術を手品のように見世物にする事も得意だった。
そんな彼にも敵は多かった。
蘆屋道満という男。
「この蘆屋道満。天変地異を占い若くして怪異を言い当てる安倍晴明という者。
果たして何者なのか。もし、その者が化け物の類であるならば、即刻、化けの皮を剥がして御覧にいれましょう」
そうして奇術や手品の類を駆使して対決した。
晴明が石をツバメにかえると、道満は指を鳴らして石に返した。
晴明が杖で小さな穴をあけると水が湧き出し溢れ出すが、道満が柏手を打つと何事も無かったよう消えていた。
最後に長持の中身を当てるゲームをする。
大みかんが十五個入っていると道満が言った。
いや、中にはネズミが十五匹いると晴明が言った。
実は道満の八百長で、大みかんは仕込まれていたものだったが、なぜか中からはネズミが十五匹。
道満は吃驚したが、その能力に心を打たれ、そのまま彼の弟子になった。
一〇〇四年、八十四歳の天文博士である晴明は、一条天皇に呼び出される。
「大旱魃が続いている。
怨霊の怨みや神の怒りを晴らして雨を降らせてほしい」
と命じられる。
五竜祭という雨乞いの儀式を行なった。
翌年、九月二十六日に逝去した晴明。
鬼、怨霊、怨念などの怨みを断ち切ることが私の仕事であるが、そんなもの、姿形などあるものではない。だから分析し天体をよむ化学の知識と、人をあっと驚かせて信頼を得る奇術と、人の心に寄り添う診療の技術が、私の陰陽道の正体だった。
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