宵闇の揺りかご

城屋結城

第1話 宵の刻

 よい……それは、が沈んだ後に訪れるひと時……

 宵闇に紛れて、人ならざる者も動き出す……そんな時間だ。


「さぁ~て、今日も遊ぶか」


 闇の中を、屈強とは言い難い細身の男性が呟く。

 黒一色の着物に身を包んだ男性は、身長は170 cmと特段高いことはなく、それでいて声は透き通るほど奇麗だ。

 しかし、闇に紛れるには不向きな白髪が、町の輝きに照らされ目立っていた。


「お頭……また、行くんですかい?」


 白髪の男性の背後から別の男の声が聞こえる。

 その男は、服の上からでもその隆々とした筋肉が浮かび上がるほど、屈強な体つきをしていた。

 にもかかわらず、身長は低く150 cm程度であろうか?

 小さな巨人という表現が的を得ているように思う。

 そのギャップは、お頭と呼ばれた男性の白髪にも負けてはいない。


「ん? 夜は遊ぶためにあるんだぜ。 どうして遊ばずにいられる?」


 白髪の男性は、"にぃ"と口角を少し上げ、町の方へと歩みを進める。

 その足取りは軽く、まるで近くの駄菓子屋に買い物に行く子供のようにも思える。


「何度も言っておりやすが、あっしはお勧めしねぇですぜ」


 小さな巨人は言葉を空中へと投げかけるが、白髪の男には届かなかったようだ。

 こうして2人は別れ、白髪の男は光が支配する人間の街並みへ、小さな巨人は森の奥深い闇の中へと姿を消した。


***


 その昔、妖怪は人間社会に当たり前のように溶け込んでいた。

 人間は妖怪について認識し、共存関係にあった。

 そんな両者の関係が終わりを迎えたのは、今や昔の話。

 当時の状況などを知る術もなく、その過去は遥か彼方へと葬り去られた。


「よぉ、来てやったぜ」


 人の世に上手く溶け込むことが出来るかどうかは、妖怪の技術とも言える。

 溶け込み方は十人十色……人間に上手く擬態する者もいれば、姿を隠す者もいる。

 そんな中、白髪を目立たせて町をあるく男は、溶け込めていると言っていいかどうか微妙なところだろう。

 人間の注目の的になっていないだけ、マシなのだろうか?

 くだんの白髪の男は、どこにでもあるような古びた公園に入ったかと思うと、ベンチに座っていた女の子に話しかける。


「もぅ、遅いですよ! 銀司様を待っていたんだから!」


 女の子は頬を膨らませ、可愛い顔で銀司と呼ばれた白髪の男を睨む。

 その可愛い威嚇に、銀司は目元を押さえ、軽くため息をつく。


「勘弁してくれよ。こちとら、人間の町まで来てんだ。それに、約束の時間より2分遅いだけだろ?」

「それでも、唯は待ってたの!」

「はいはい、唯お嬢様……お待たせしました」


 2人の間の雰囲気は、恋人の其れを彷彿とさせる。

 勢いをつけて思いっきり立ち上がった唯と呼ばれる女の子は、身長が140 cmと小柄であり、肩まで伸びた髪は毛先がバラバラになっている。


「やれやれ……相変わらず、お転婆だな」

「えっへっへ~、今日はどこに行くの?」


 唯は瞳を輝かせながら、銀司の袖を掴む。

 そんな眩い顔をした唯の顔を見つめ、銀司は少し微笑みながら口を開く。


「そうだなぁ……じゃあ、前から行きたがってたカフェに行くか?」

「えっ、いいの!? 人がいっぱいいるよ?」

「これは、可愛らしいお嬢様へのサービスだ」

 

 そう言うと、銀司は唯の手を握って、公園から出る。

 人が多ければ多いほど、その場所は妖怪にとって、恐怖そのものだ。

 妖怪について、過去の文献には人間を食べる絵が描かれたりする。

 しかし、それは正確でなない。


「やったぁ~! カフェ~カフェ~♪」

「はしゃぐなよ。目立つだろ?」

「はぁ~い!」


 そう、正確には……妖怪は人間を恐れている。

 人間が1人の時に、闇の中に引き込むことで、ようやく襲うことが出来る。

 闇の中でこそ、妖怪は強気になれる。

 しかし、現代では夜でも光が絶えない。


「なぁ……あれから家族とは上手くいってるのか?」

「……変わらないよ。何も変わらない……」

「そうか……人間関係というのは面倒な物だな」


 唯からは、家族と上手くいっていないことが感じられる。

 その表情は暗く、町の輝かしい光が、濃い影を作り出しているように感じられる。

 2人の足取りは軽いが、日が沈み暗くなりかけた町は、自ら輝こうと準備を始めていた。

 


  

 

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