意志のない配線被告

エリー.ファー

意志のない配線被告

 高尚な気持ちを少しばかりここでおすそわけをしようと思う。

 確かに、私はこの場所で多くの人間を不快な気分にさせた。

 そのことについては謝ろうと思う。

 本当に申し訳ない。

 しかし、しかしなのだ。

 私は決して、誰かを不快にさせるために、この行為をしたのではない。

 誰もが、じっと動かずにい続けることの難しさを解くことを生業としているのだから、致し方ないだろう。

 友には哲学者、教師、牧師、料理人などがいるが、皆、仲間になってくれた。友としての関係を終わらせようと考える者など一人もいなかった。

 誰一人として、である。

 私はそのことを心から嬉しく思い、自分の生き方を、大切にしようと決めた。それが、結果として私がこの計画を実行に移す引き金となったのだ。何度だって言おう、求められていなくとも言葉にさせてもらおう。

 悔いはない。

 一切の悔いはない。

 本当だ。

 何一つとしてない。

 私にとって重要なことは、今日も誰かと共に生き続けることができた、ということなのだ。

 大事にしておくことはできないと言葉にせず、思いにして行動にするということなのだ。

 私は。

 私は確かに。

 私は確かにこの広場で。

 人を愛した。

 人を愛するが余りキスをした。

 そうだ、唇と唇を重ね合わせた。

 誰もが声を上げて、私たちから離れようとした。その近くのベンチで愛し合っていたカップルまでもがだ。

 分かっている。

 分かっているとも。

 今でさえ、この場所で叫び声をあげている人間がいる。その通りだろう。キスをしたことをこのように感じるのは、普通の考えだと思う。常識的という意味に沿わせて考えれば間違いのないことだろう。

 私はそれ以上は語らない。

 それ以上、常識、その場の雰囲気というものについて語る気はない。

 この議論は闇だ。どう話しても結論は出ない。それぞれの結論が表へとあふれ出るばかりである。

 だからこそ、こうも言いたい。

 それが迷惑だと。

 それが間違っていると。

 そう断言することもできない代わりに、私は私の人生を預けようと、そう思っている。

 だから、顔を出したのだ。

 だから、このように私は立ったのだ。

 何をもってして、幸せか。

 何をもってして、不幸せか。

 私はあの時、間違いなく誰よりも幸福だった。何の人の目も気にすることなく自分という人間の意思をそこに貫き立つことができたのである。余りにも皮肉めいた結論を招いたとしても悔いはない。

 私は満足だ。

 本当に、答えが見えなくなるような生き方の中で自分を知ってもらえたことが満足だ。

 私は少なくとも、私の知る私を、私の知らない誰かに向かって発散させたのだ。

 何もなく、何も残ることのない。

 愛する誰かとのキスをそこに生むことができた。

 問題などない。

 私には、もう何一つ残っていなくとも世界を見つめる目を作り出したことが満足だ。これから先のことに、私がいなくとも、誰かの生きていたという証の中に私と相手とのキスが残ることが満足だ。

 もう。

 もう、死刑となるが。

 死ぬことになるが。

 銃殺になるが。

 麻の袋を被せられることになるが。

 このまま死ぬのために生かされることとなるが。

 だとしても。

 男である私が、愛する彼とここでキスをしたことに何の落ち度も感じてはいない。

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