二人だけの夜
「・・・教えて欲しいと言うが、具体的には?」
「元に戻れるのかとか、なんでこうなったかとか」
「ちなみに、そうなって何日だ?」
「気づいたのは、三日前の夕方。実際にそうなったのは、多分その日の午後から。スマホの電波が立たなくなってたから、最初は故障かと思ったんだけどさ」
「なるほど。俺達が持ってるものは、この世界から存在しなくなる。電波が入るわけはないな」
「で、コンビニに入ろうとしたら自動ドアが反応しなくて」
「試しにドアに触ってみたら、手が透過したと」
「最初は幽霊にでもなったのかなって思ったんだけど、足はあるし、死んだ記憶もないし・・・」
「幽霊に本当に足があるのかとか、死んだ瞬間を記憶できるのかとか、色々と突っ込みたいところはあるが保留しておこう。それで?」
「ドアを通過した後、店員に話しかけても反応しないし、おっさんにぶつかったと思ったらすり抜けるし。もう、あたし何が何だかわからなくて・・・」
「泣くなよ?子供をあやすのは、昔から得意じゃないんだ」
「ばかっ、泣かねーし」
「事情は分かった。ちなみに、前日に変な夢は見なかったか?」
「夢って、あたしあんまり記憶に残らないんだよね。見てないとは思うけど、確証はないかな」
「スマホの電波が立たなくなる前、何か感情的にならなかったか?」
「感情的・・・」
「この世から消えたいとか、自分はこの世界には必要ないとか」
「・・・」
「あるみたいだな。さしつかえなければ話せ」
「・・・」
「黙秘ならそれでもいいが---」
「あ、いや、ちがくって。そういうところは気を遣ってくれるんだなって」
「口も態度も悪いのは認めるが、心まで人でなしではないつもりだ。それで?話すか?やめとくか?」
「んー。気遣いに甘えて、話さない方向で。愉快な話でもないし、どうしようもないことだしね」
「了解した」
「でも、そういう事を考えたのは事実かな」
「なら、俺と同じパターンだな。根拠なんてない推測だが、それをトリガーにして、この世界から俺達の存在自体が消えた・・・いや、弾かれた状態になってるんじゃないかと考えている」
「・・・あんたも、あたしと似たような事、考えた事あるんだ」
あれ?そこに食いつくのか。
「・・・悪いか?」
「悪くないけど。・・・なんていうか、この部屋に来るまではさ、いかにも傍若無人で唯我独尊って感じだったから、ちょっと驚いた。それこそ、世間とか周りの目とか気にせずに、我が道を行くってタイプに見えたから」
「間違ってるのは俺じゃない、世界の方だ!・・・てな感じか?」
「そうそう、まさにそんな感じ」
「どこのダークヒーローだよ」
「よし、ついにツッコませることに成功した」
「何で喜んでるのかわからんが水を差しておくと、飲み屋街で散々ツッコまなかったっけか」
「それは、不純物が混ざってたからノーカン。今のは純粋だったからカウント」
「不純でないかどうかの基準は?」
「あたしの主観?」
「説得力皆無だな。不純異性交遊とかもそうだが、定義や線引きをしっかりしてほしいもんだ」
「ツッコミ二つ目頂きました~」
「ドンペリ入りましたみたいなノリで言うなよ」
「いや、なんか久々に会話してるなぁって。なんか嬉しくて」
「たかだか三日だろ?」
「三日”も”だと思うよ。あんたの考えた方は、世間から著しくずれてると思う」
「それについては、否定しきれんな」
「あら、意外に素直」
「別に、ずれてることを否定はしないさ。世間からずれるってのがそんなに悪い事だとは、俺には思えないんだ。集団心理とか言われてもピンとこないし。それに、そういうのってみんな心のどこかでこっそり思ってるんじゃないか?」
「そうかもね。たまに、友達皆が言ってる事に表面上は同意してても、心では疑問に思ったりすることあるし」
「俺は、それを隠さずに生きてきただけだ」
「・・・友達いなかったでしょ?」
「変な意味で一目置かれてたからな」
「一匹狼とか気取ってるなら、やめたほうがいいと思うよ?」
「世間に無条件に迎合したくないだけだ」
「うわ、まさかの中二病だ!」
「それならそれでいいさ。ただ、これはキャラじゃなくて俺の本心だ」
「なおさらイタイじゃない」
「・・・帰っていいかな?」
「え?もしかして傷ついた?」
「閑話休題。お前が今の状況になったのは、多分そういう気持ちを抱いたのが原因だ。俺もそうだからな」
「やっぱりそうなんだ。・・・ちなみに、あんたはそうなってから何日なの?」
「二か月だ」
「・・・すごいね」
「何がだ?」
「あたしだったら、絶対に耐えられない。二か月も誰とも関わる事なく、孤独を抱えて生きていくなんて、あたしにはできないし耐えられない。きっと、死ぬことを選ぶと思う」
「誉められてるのか微妙なところだが、一つ教えておいてやる。俺達は・・・死ねない」
「え?死ねないって、どういう事?いや、そうじゃなくて、何で知ってるの?どうやって確かめたの?」
「通っていた高校の屋上から飛び降りてみた」
「え!?マジで死にたいと思ったことがあるって事?だとしたら・・・」
「いや、無神経だったと謝る必要はない。ただ、今の自分の状態について調べていた時に、ふと死ぬ事ってできるのかなって思っただけだ」
「充分に病んでると思うんですけど」
「別に。ただ確かめたかっただけだ、追い詰められたわけじゃない。死んでもいいやくらいの気持ちはあったが」
「・・・それで、結果は?」
「地面が目の前一杯に広がって、死ぬと思った次の瞬間には、自室のベッドの上で寝てた」
「何それ」
「試しにもう一回、今度は電車に飛び込んでみた」
「もうそこまでいくと、重傷なんじゃないかな・・・それで、結果はやっぱり?」
「次に目を開けたら、自室の天井が見えた。ご丁寧に、シーツまで被ってた」
「その、夢、とかだったりは・・・」
「その時すぐに時計を見たんだ。飛び込んでから一分と経ってなかった。夢だとして、時間までぴったりと符合すると思うか?」
「それは確かに・・・」
「なんなら、自分で確かめてみたらどうだ?」
「冗談でもやめてよね!絶対あたしはやらないから」
「それが正常だ。多分な」
「・・・話を戻すけど、私以外に同じ・・・えっと、体質?の人に出会った事は?」
「いや。お前以外に似たような存在と出会ったことはない」
「見分け方とかあるの?声が聞こえるとか、互いに触り合えるとか意外に」
「必ず見分けられるとは言えないし、被験体が二人だから確定とも言えないんだが・・・俺達のような存在には影ができない」
「へぇ。あたしは今まで気づかなかったな。自分の影がないなんて」
「そりゃそうだろうな」
「どういう意味よ?」
「観察力も、洞察力もなさそうって意味だ」
「うっさいわね。・・・それで?影がないのはいいとして、他に気付いたことは?」
「そうだな。適当に挙げていくとしたら・・・まず、睡眠をとる必要がない」
「・・・一応聞くけど、どうやって確かめたの?」
「一週間寝ずにいた」
「・・・もうツッコむ気にもならないわ」
「ちなみに、食事する必要もない」
「え!?それも確かめたの?」
「二週間食事を抜いたが平気だった。水も、五日ほど摂取せずにいたんだが、同様だ」
「・・・」
「ただし、飢餓感は存在する。水を飲まなけりゃ喉は乾きっぱなしだし、空腹感もちゃんとある」
「それで、食事はちゃんとしてるのね」
「俺が思うに、なくても生きていけるものをそれでも求めるのは、人間だった頃の感覚の残痕じゃないかと」
「ザンコン?」
「名残と言い換えればいいか?」
「ああ、なるほどね。納得はできるかも」
「・・・あまり本とか読まないだろ?」
「それは今どうでもいいでしょ!他には?」
「そうだな・・・他に特になりそうな知識といえば・・・」
「いや、トリビア的なのでも全然いいんだけど」
「・・・排泄も必要ないとか、そういう事まで聞きたいのか?」
「いや、そういうのは聞きたくない!ていうか、洞察力とやらがないあたしでも、それは気づいてた」
「多分、俺達の体内に入っても、食べたものは存在しないままなんだろうな。そりゃ、残りカスが出るはずもないわけで」
「それ以上その話題を続けるのは止めて!」
「・・・またデリカシーか?好きだな、その言葉」
「わかってるなら自重してよ・・・」
「そうだな・・・じゃあ、こんな話はどうだ?俺達は、自分の影を操ることができる」
「・・・え?」
「こんな具合だ」
ポケットから、影でできたナイフを取り出す。そして、その形を猫へと変えてみせる。
「何それ!?すごっ!?というか、可愛い!」
「影だから、目も口も髭もないぞ?それを可愛いと思うのか?」
「影絵みたいだって言えば伝わる?」
「なんとなくだが、納得した」
「それで、これってどういう事?」
「問いが抽象的過ぎやしないか?・・・まあいい。これは、おそらく俺達が本来持っていたはずの影だ」
「根拠は?」
「ない。俺がそう感じているだけだ。これだけ理屈で語っておいて、いきなりセンチメンタリズムかよとツッコんでもいいが?」
「いや、いい。それで?」
「他人の影に潜む化け物を、これで殺すことができる」
「・・・はい?」
「まあ、そんな反応になるのももっともだ。ぶっちゃけ、オカルトやファンタジーの領域だしな」
「いや、それを言うなら、今のあたし達の状況も、充分オカルトでファンタジーだと思うけど」
「・・・男がその日出会ったばかりの女に拉致されて、挙句そいつの部屋で暢気に会話を交わしていることがか?確かに、女の方はオカルト的なものの介在を疑うレベルの奇行だな」
「・・・あんた、合間に皮肉や嫌味を言わないと気が済まないの?そうしないと死んじゃうわけ?」
「さっきも言った。俺達は・・・少なくとも俺は死ねない」
「・・・それを引き合いに出されると、あたしは何も言えないじゃんか」
「そうか?俺相手に、お得意ののデリカシーは必要ないぞ?」
「いや、人にそう言うからには、自分だってそれを守るし」
「へぇ。意外と律義だな」
「”意外と”は余計。それに、人間ってそういうものでしょ?」
「だったら、争いはもっと減っているだろうな。口先で平和を唱える国のトップが、一方では愛国心に訴えて若者を戦場へと送り出すこともなくなるだろうさ」
「それは飛躍しすぎじゃない?」
「かもしれん。・・・ともあれ、俺がお前に対して話してやれるのはこのくらいだ。少なくとも、今パッと思いつく限りはな。・・・お茶とお菓子の対価にはなったか?」
「うん、充分すぎる程に。その過程で、今二番目に知りたいことも知れたしね」
「好奇心で訊ねるが、それはなんだ?」
「あんたの事よ。ここに来るまでは、自分の事一切話さなかったじゃない」
「お互い様だ。なんなら、俺はお前の名前も知らない。表札も出てなかったし---」
「ナオ。奈良の奈に、中央の央って書いて、奈央。これでいい?」
奈央が、食い気味にそう名乗った。
「・・・で?」
「で?とは?」
「いや、そこは話の流れで察してよ。アンタの名前は何かって訊いてるんだけど」
「・・・ケイだ。蛍って漢字を音読みしてケイ」
「ふぅん、変わった名前ね。・・・というか、あんた名乗る前に何か考えなかった?もしかして、偽名的な感じ?」
鋭いな、思っていたよりも。洞察力がないってのは撤回してもいいかもしれんね。
「いや、個人情報を明かすのに抵抗が」
「いやいやいや。先にあたしが名乗ってるのに、それはないでしょ!」
「勝手にそっちが名乗っただけだろ?」
「自分からそう仕向けておいて、よくもぬけぬけと・・・!」
「それは思い込みだ。もしくは先入観だ。責任転嫁は良くないぞ?」
「ぐぬぬぬ・・・!」
奈央が唸っているのを尻目に、俺は立ち上がる。
「じゃ、そろそろいくわ」
「・・・ご馳走様とか一言ないわけ?」
「情報料で相殺だ。なんなら、クッキーと紅茶一杯には高いくらいさ。なんならツケといてやろうか?」
俺が冗談でそう言うと、何故か奈央は一瞬考えた。
「・・・そうね、ツケにしておいていいわよ」
「・・・どういう---」
心境の変化かと訊ねようとしたが、先に答えが返ってきた。
「その代わり、またお茶しに来てよ。気が向いたらでいいから」
「・・・」
こりゃ一本取られたなという心境だった。
「・・・そうだな、気が向いたらいずれ」
「うん、待ってるから。来る時は、スマホに連絡・・・っと、連絡先交換しなきゃね。LI〇Eでいい?」
「なぜ俺が連絡先を教えにゃならん」
「だって。ここに電話をかけてもらっても、あたしが受話器を持ったら、電話の存在が消えちゃうし」
「スマホも同じだろう」
「メッセージを送信状態にしておけば、後は手を放して待てばメッセージが届くでしょ?」
「・・・受信する側がスマホを持ち歩いてたら、永遠に受信されないってことだが?」
「なら、二十四時間前までにメッセージで来ることを予約しておいて。最低限、一日に一回は手を放して確認するようにするから」
「・・・はぁ。断っても聞かないんだろう?・・・条件が一つある」
「何よ?」
「L〇NEは良い思い出がない。DISC〇RDにしてくれ」
「・・・何それ?」
「コミニュケーションツールとだけ言っておく。亜種みたいなもんだ」
「ふーん・・・。あ、じゃあ、インスト方法教えてよ!」
「しゃあねえな・・・」
その夜、俺達は連絡先を交換した後に別れた。
外まで見送ると言われたが、それは丁重に・・・ではなく、粗雑にお断りしておいた。
建物の外へ出ると、寒風が俺の背を叩く。もう丑三つ時を過ぎている。随分と長い間、話に興じてしまったらしい。
「・・・らしくねえな。ああ、らしくねえ」
なんとなく、理由もわからないままにそう呟いた。再び夜風が後ろから吹き付け、ジャケットをバサバサとはためかせる。ファスナーを上まで上げて、口元までジャケットで覆う。そして、なんとなく後ろを振り返った。最上階には、未だに灯りが点っている。
・・・あの部屋、暖房は入ってなかったけど、なんか暖かかったな。
ふと、そんな事に今更気づいて、軽く首を振る。
そりゃそうだ。外に比べれば、室内の空気は多少なりと冷えにくいだろうし、風だって吹いていない。
・・・断じて、人の温かさなどではないはずだ。
そんな理屈を心の中でこね回しつつ、俺は寒風吹きすさぶ夜の闇へと一歩を踏み出した。
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