記憶を踏みつけて愛に近づく

ぴおに

第1話

「あの……どちら様ですか?」



 ついにこの日が来てしまった。

 ずっとずっと胸につかえたまま大人になった。いつか話せる日が来るかもしれないと思っていたけれど、ついにその日は来なかった。もう、手遅れだ。


「娘の夕波ゆうなですよ。お母さん」


 この人は私の母親だ。

 認知症で、ついに私のことも分からなくなってしまった。私は母に厳しく育てられ、萎縮しながらイビツに育った。いろんな言葉を投げつけられたけれど、言いつけを守れなかった私に放った


「どうして産んだんだろう」


 この言葉が私の心に深く杭を打ち込んだ。私はあの日から一歩も動けなくなってしまった。母に認めて貰いたくて、すべて上手くこなせるように必死で努力した。


 本当は産みたくなかったんだろうか?

 産んだことを後悔しているんだろうか?

 私は愛されているのだろうか?

 私はどうして生まれてしまったんだろうか?


 怖くてできない質問を、何十年も抱えて生きてきた。そして今日、その機会を永遠に失った。なんとも拍子抜けするその幕切れは、怒りと悲しみをじわじわと染みのように私の心に広げてゆく。



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