五月のSUNSET

Neneko

00.プロローグ

プロローグ(1)

――――かつてある高名な哲学者はこう語った。


『人間を人間たらしめるのは記憶の曖昧さである』


有史以来、人間は記憶の曖昧な部分を想像することで補間してきた。そしてそこで培われた想像力を原動力として、文芸、音楽、美術などの文化、芸術を発展させてきた。その一方で記憶の曖昧さをなくす試みも。


それが科学であった。


18世紀頃から科学技術の発展は一気に加速した。カメラ、ビデオ、テレビ、コンピュータ、携帯電話、インターネット、スマートフォン。科学により様々なものが生み出された。結果として、人間はそれらを頼るようになり、記憶の曖昧さは徐々に消えていった。


時は流れ、2034年。


この年、記憶に関するある衝撃的な研究成果が科学誌『Super Science Technolgy』された。


Extraction and Comppression of Human's Brain Data.

I., Keisuke and H., Shiori

【訳】人間の記憶と意識データの抽出と圧縮に関する研究


 この研究により人間の記憶を取り出し、デジタルデータに変換することが可能となったのである。この技術が一番最初に応用されたのがVR(バーチャルリアリティ)であった。それまでのVRはコンピュータ内に造られた仮想世界を単に覗き込むだけのものであった。しかし、この技術を使うことで仮想世界に実際に入り、現実世界と同じように振る舞うことができるようになったのである。


 当時、このVR研究は世界中から称賛された。人類の希望、新たな可能性だと。しかし、人間の記憶から曖昧さが消え、単なるデータとして扱えるようになるということは、裏を返せば、偽造や改ざんが容易に行えるということ。それは人類に希望を与えるどころか、ゆくゆくは人間の根幹を揺るがす脅威となるのではないか。私はこのプロジェクトを振り返って強くそう感じた。私の憂慮に対して半信半疑の読者もいるかもしれないが、今からする話を聴けば私の言っていることが理解できるだろう。


これはある青年の身に実際に起きた話である――――


-I.,Keisuke著『プロジェクト・ノア後記、序章』より抜粋-

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