2063/05/26Mon.(3)

 信じられないといった面持ちで陸はタブレットの画面を食い入るように見ていた。陸の表情が一変したのに気付いた咲良は、


「大丈夫?どうしたの?」


「こっ、これ、見て」


陸はそう言いつつ、タブレットを咲良にの方に向ける。咲良は身を屈めてその画面を覗き込んだ。そのメールのタイトルは、


『【再送】VRサーバーの年次メンテナンスの案内』


だった・・・


『2063年5月31日18:00より、VRサーバーの年次メンテナンス及び再起動が行われます。作業に伴いVR内のデータは全て失われますのでご了承ください。 なお、危険ですので、当日は絶対にVRを利用しないようにしてください。VR医療開発機構事務局』


それは先日、咲良に見せてもらったものと同じ文面で、驚くべきことにメンテナンスの日時まで一致していた。それを見た咲良は、


「これって、私の大学のメンテナンス通知と同じじゃない?でも、どうして陸くんのタブレットに届くの?」


困惑の表情を浮かべる。


「文章が同じなのは何故か分からないけど、送信元が違うから、多分この前見たのとは別ものだと思う」


そのメールの送信元のアドレスは、陸が普段VRの利用申請や問い合わせをする際に使っているものと同じであった。


「私の世界も本当はVRで消えるってこと?やっぱり私の記憶もそのせいで?一体何が現実なの?誰が何のためにこんなこと・・・」


「・・・」咲良の問いかけに何ひとつ答えることができない陸。


予想だにしなかった事実を突き付けられ、取り乱した様子の咲良であったが、


「じゃーこのメールの送信元に問い合わせてみるのはどう?何か教えてくれないかな?」


と必死に打開策を探そうとしていた。それに対して、


「一応、やってみるけど、多分、文面通りのことを説明されて終わりじゃないかな。俺達みたいにお互いの世界を行き来して情報を共有しない限り、単なるメンテナンスだと思うだろうし。仮にそれができても、掲示板のメッセージがなければ俺は絶対に信じなかったと思う」


咲良がいる手前、意識的に冷静に振る舞う陸だったが、内心、両方の世界がバーチャルなものだとは信じることができなかった。


「じゃーこのことを知っていて、信じているのって私達だけってこと?どうしたらいいの・・・」


つい先ほどまで漂っていた楽観的な雰囲気は影を潜め、二人の間に再び沈黙が訪れる。


 病室の外もいつの間にか静まり返っており、ナースコールの呼び出し音だけが向かいのナースステーションから廊下に鳴り響いていた。その時だった。


「あー日向さん、まだここにいたんだ。探したよ。バイタルチェックは終わってるよね?今から申し送りするからついてきてもらっていい?」


突然、沈黙が破られる。陸と咲良が声の方に視線を向けると、井上がカーテンの隙間から顔を覗かせていた。突然のことに咲良は面食らった様子だったが、


「あっ、井上先生。分かりました。すぐ行きます」


と井上に何事もなかったように返事すると、陸に向かって、


「また、昼休みに来るから」


そう言い残し、井上の後を追って病室を出て行った。

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