04.仮想と現実の境界線

2063/05/24Sat.(1)

 噴水広場にある大きな時計塔は9:50、その下のデジタル温度計は22℃を示していた。空には灰色の雲が棚引いており、風が少しあるせいか気温の割にはだいぶ肌寒く感じられた。そのため広場の賑わいも先週よりやや寂しいものがあった。陸はことの真偽を早く確かめたかったが、咲良の大学の予定と折り合いがつかず、結局土曜日になってしまったのだった。


 この日、陸は噴水から少し離れたベンチに腰を下ろして咲良を待っていた。時計の針が10:00を回った頃、広場を行き交う人の隙間から、噴水の前で周囲を見回している咲良の姿が見えた。この前と同じワンピースにグレーの丈の長いカーディガンを羽織り、薄ピンク色のメッセンジャーバッグを肩から下げていた。咲良を呼ぶため手を上げようとしたが、何か思い付いたように途中でその手を下ろす陸。そして、咲良に見つからないように後ろから静かに近づく。咲良の真後ろまで来ると、陸は人差し指を立てたまま咲良の肩を叩いた。咲良が振り返ると、陸の期待通り人差し指がほっぺたにムギュ。陸に気付いた咲良は、


「もぉ、この前の仕返し?」


とあきれた表情で言うと、


「ドッキリ大成功、ふふふ」


と陸はしたり顔で返した。本題に入る前に少しでも場を和ませるため、陸なりに考えた上での行動だった。そして、陸は唐突に、


「ごめんね、せっかくの時間をこんなことに使わせてしまって」


と切り出した。


「えっ、あ、うん」


まだ何も話していないのに突然謝ってきた陸に対して、咲良は困惑の表情を浮かべた。


「ここじゃあれだから、向こうのベンチで話さない?」


陸は50m程先の芝生広場に置かれているベンチを指差した。咲良は黙ってこくりとうなづいた。

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