第103話 悲しみを重ねてしまう

「夢……?」

「どうしたんです? そんなに涙を流して」


 明葉の持っていた絵本、『りゅうのかなしみ』を見てからずっとこうだ。

 ずっと、こんな夢。


 『りゅうのかなしみ』の内容が、映像となって流れ込んでくる。

 なぜかはわからない。

 だけど、すごく悲しい夢だ。


 ただでさえ悲しい物語なのに。

 映像になると、もっと自分の中の感情が抑えられなくなる。


「はぁ……ちょっと顔洗ってくるね……」

「え? あ、はい……」


 結衣の様子がおかしいことに気付いたのか。

 ガーネットはいつもみたいに、結衣をからかうことはしなかった。


 ――あれからしばらく経ったが、少しも気分が晴れない。

 ずっと『りゅうのかなしみ』について考えている。


「結衣様ぁ……ご気分はどうですかぁ……?」


 そんな結衣に見兼ねたのか、ガーネットは心配そうに声をかける。


 だが結衣は、声をかける気力が出なかった。

 心做しか、全身がだるいような気がする。

 そして、結衣の視界がぐにゃりと歪む。


「ゆ、結衣様!?」


 意識が消し飛び、結衣はその場に倒れた。


 ☆ ☆ ☆


「ふへぇ……ごめんね、ガーネット……」

「いえ、大丈夫ですよぉ! ……それにしても結衣様、大丈夫ですかぁ?」


 結衣は気づいたら、ベッドの上にいた。

 どうやら風邪をひいてしまったらしい。


 結衣の顔は見るからに元気がなく、とても辛そうだ。

 そんな結衣の様子を見て、ガーネットはすごく不安そうに零す。

 ガーネットのか細い声に、結衣は口角を上げる。


「大丈夫だよ、ガーネット。こんなの大人しくしていればすぐ治るよ」

「……ですが……」

「そんなに心配しなくてもいいよ。私は平気だし」


 そんな風に、結衣とガーネットが話していると、ドアをノックする音が聞こえた。


「結衣ー? 大丈夫?」


(お、お母さんだ……!)


 結衣はなんだかよくわからない不安にかられる。

 心配をかけたくないような。心配してほしいような。


 様々な感情や想いに支配されていると。

 ドアが開き、お母さんが部屋に入ってきた。


「大丈夫? お薬とおかゆ持ってきたわよ」

「……あ、ありがとう……お母さん」


 すごくいい匂いを引き連れて、結衣のお母さんが心配そうに言う。


 結衣はあまり、おかゆの味が好きではないが。

 母親の愛情を感じられるという点に関しては、悪くないかも。と思っている。


「食欲はあるかしら? あ、なくても栄養をつけるために食べなきゃいけないのだけど……」

「あはは。ちょうどお腹すいてたから食べたいな」


 結衣のお母さんがわたわたと忙しなく葛藤している様子を見て、結衣はクスリと笑う。

 結衣をすごく心配していることが、見て取れるから。


 結衣が嬉しそうに笑っている顔を見て、結衣のお母さんはパァーっと顔が明るくなる。


「じゃあ――はい、あーん」

「あー……ん」


 結衣はおかゆの味を噛み締める。

 結衣は胸の奥が、じんわりと暖かくなる。


 これが、母親の愛情か。

 結衣はなんだか色々なものが込み上げてきて、言葉にならない。

 暖かくて、優しい気持ちが溢れてくる。


 あのりゅうにも、家族はいたのだろうか。

 なぜ、ひとりぼっちだったんだろう。

 あの物語に――


 ――ハッピーエンドは、あるのだろうか。


「うっ……!」

「結衣!? えっ!? 大丈夫!?」


 結衣のお母さんが叫ぶも、結衣には届かない。


 つらい。悲しい。ひとりぼっちは、嫌だ。

 なんで自分ばかりこんな目に遭うのだろう。


 そんなの。

 そんなの、自分だって……同じ――

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