第90話 消し去りたい過去

 自分は本当に駄目な奴だ。

 少し気分が悪かっただけで夏音あの子を……


「はぁ……」


 自分はそうやって、これからも。

 誰かを傷つけることしか、出来ないのだろう。


 ☆ ☆ ☆


 始まりは、ほんの些細なことだったと思う。


「ねー、美波ちゃんっていつも一人だよね〜。寂しくないの?」

「……え?」


 美波が小学二年生の時、ある一人の女の子から声をかけられた。

 その女の子はクラスでも人気のある、元気で明るいキャラをしている。


 そんな子が、どうして美波に話しかけて来たのだろう。

 美波は疑問に思いながらも、拙く答える。


「さ、寂しくないって言うか……どうやって話しかければいいのかとか……よくわかんなくて……」

「ふーん?」

「「……」」


 ……沈黙がつらい。

 この子は本当に、何をしにきたのだろう。

 ただからかいにきた? ――それならそれで構わない。


 自分はただ空気のように、教室に溶け込んでいる。

 それはずっと変わらない。だから、美波はこの先もずっと。

 空気のように、嘲笑を流すだけだ。


「じゃあ、私でれんしゅーしてみる?」

「……え?」


 思わぬ申し出に、美波は声が裏返った。

 ――れんしゅー? なんの事だろう。


 そんなことする必要も。意味も。目的も。何も無いというのに。

 頭の中が様々な疑問でひしめくが、それにお構い無しに少女は美波の手を取る。


「ほら、おいでよ。美波ちゃんに私の友達しょーかいするから」


 美波はこの時、なんと言っていいか分からず、ただ――腕をひかれた。


 ――…………

 それから一年が経ち、美波は空気ではなく人間として教室に溶け込むことが出来た。


 幸せな気持ちでいっぱいだったのを覚えている。

 美波は本当にこの時が幸せだった。


 だけど。

 そんな幸せな時間は、長くは続かなかった。


「美波ちゃんってさ〜、ちょっと調子乗ってるよね〜」

「あー、わかるぅ〜。うちらがウザイって思ってるの気付けよ、って思ってた〜」

「ねー、そう思うでしょ?」

「えっ? あ、う、うん…………」

「だよね〜〜!」


 ギャハハと馬鹿みたいに、口を大きく開けて嗤う――友達だった者達。

 美波は偶然、その会話を聴いてしまった。


 だが、美波のことを嗤う彼女たちの中に、美波に手を差し伸べてくれた人がいた。

 その人は、少し戸惑っている様子だったと思う。


 だから美波は、まだ望みがあると思っていた。


 帰り道、美波は隙を見て彼女に話しかけた。

 それが最悪の展開になるなんて、知らずに。


「ねぇ、君は僕のこと……友達だって思ってくれてるよね?」

「……え? ……どう……して?」


 彼女は明らかに動揺して、目を伏せた。

 ……ここでやめておくべきだったのだろう。


 だが、美波は真実が知りたかった。

 というよりも――


 ――美波はただ、彼女に「もちろんだよ!」と言って貰いたかったのだ。


「ねぇ、お願いだよ……答えてくれ……!」

「そ、そんなこと言われても……!」


 彼女はどうしようか狼狽えている様子だった。

 あの子達がいないのに。誰もこの会話を聞いちゃいないのに。


 答えないというのは、彼女なりの抵抗の仕方だったのだろう。

 今になって思う。

 なんであんなことを聞いたのか。どうしてそんなに必死だったのか。


 多分それは――……


「もう、私に近づかないで! 美波ちゃんはもう――友達じゃない!」


 それは、きっと――…………

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