第一章 少女たちの願い(後編)

第78話 ストーカーですにゃ!

 木々がサァッと揺れる午後の風。

 その風に揺られて、夏音は川沿いの道を歩いている。


「……あの」

「……うん?」

「……あの……」


 これは、どういう状況なのだろう。


「いい加減離れてくれないですかにゃ?」

「んぅ? おっけー!」


 夏音の懇願を聞き、素直に離れる少女がいる。

 夏音は先程まで、目の前の少女に抱きつかれていた。

 執拗に付き纏われていたため、夏音が何を言っても聞いてくれないと思っていたのに。


「ねーねー、夏音ちゃ〜ん。暇だなー」

「……だからなんだって言うんですにゃ……?」

「夏音ちゃんと一緒に遊びたいな〜」


 屈託の無い笑みで声を踊らせる。

 だが、その目は笑っていない。

 そのことに気付いているから、夏音はこの人が苦手だ。


「ねーえー、夏音ちゃーん」


 いつの間にか夏音の頭に顎を乗せ、体重を寄せてくる少女に。

 夏音の我慢は限界だった。

 だが――


「あれ、夏音……ちゃん……? どう……した、の?」


 天の助けが舞い降りた。

 太陽の光を浴びてキラキラしている髪が、夏音の眼には一層輝いて見える。


「真菜おねーさん!」


 夏音はその天の助け――もとい、真菜に駆け寄って、その人の背中へと隠れるように回った。

 そして、先程まで夏音に付き纏っていた少女を指さして叫ぶ。


「この人夏音のストーカーですにゃ! どっか行けですにゃ!」

「……え、そう……なの?」


 夏音の指摘に、真菜は眼前の少女を見やった。

 それに続くように、改めて夏音も少女を見る。


 昔ながらの艶やかな黒髪に、蒼輝サファイアのような蒼い瞳をしている。

 真菜と同じような背の高さをしていて、その格好は――


「夏音ちゃんたら酷いなー。将来を誓い合った仲なのに〜」

「そんな誓いはしてないですにゃ! ってか近づくなですにゃああ!」


 音もなく、気配もなく夏音の後ろにやってきた少女は、さしずめ“忍者”のようだった。

 申し訳程度の服を纏っていて、動きやすさを重視しているようだ。


 そうやって考えている間にも、抱きつかれて、頬ずりされて。

 夏音はもう疲弊し切っている。


 と、そこにまた新たに人が来た。


「えっと……夏音ちゃん――でしたよね?」

「もしかして……緋依おねーさん――ですにゃ?」


 夏音はこの人のことを、結衣から聞いたことがある。

 戦闘時は天使の姿になるのだとか。

 ――それにしても……


「……綺麗、ですにゃ……」


 少々癖のある檸檬色の髪に、空を丸ごと閉じ込めたような淡い水色の瞳が揺れる。


 真菜が太陽のようなら、さしずめ緋依は月のようだ。

 真菜は誰をも惹きつける魅力があるが、緋依は静かに光る魅力がある。


 なので、気にしていないと気付けない。

 だが気付くと、太陽より存在感を放つ月。


「ふんふん。どっちも良くて決められないですにゃ」


 勝手に何かを納得し始めた夏音に、年上の少女たちはついていけないようだった。


「ふーん……夏音ちゃん、こんなにお仲間いたんだね……」


 何やら先程と打って変わって暗い影を落とす少女を。だが、夏音は完全に無視する。


「……ところ、で……あなたの、名前……は?」


 自分の世界に入り込んだ夏音を横目に、真菜が少女に訊く。


「あー……そうだね。名前言ってなかったね」


 笑みを消して、いつの間にか夏音から離れていた少女が「てへへ」と悪戯っぽく舌を出す。


「僕は美波。観月美波みづきみなみだ」


 黒髪の少女が名乗った途端、ザァッと一陣の風が吹いた。

 それは、その少女の名前を聴くなという警告のようで。


 ――なんだか、胸騒ぎがした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る