第69話 過去を思い出す

 最初は純粋な寂しさだった。


「ママー! パパー! 遊ぼーにゃ!」


 夏音がそう呼びかけても、


「ごめんね……ママ達忙しいのよ……」

「ごめんな、夏音……遊んでやれなくて……」


 ママとパパは、とても悲しそうに夏音を見つめ返す。


 それだけしか、してくれない。

 それでも、夏音は一応は理解していた。ママ達が忙しいことを。


 だけど、夏音が六歳になった時、事件は起きる。


 夜九時、夏音は目が覚めてトイレに向かっていた。

 その時、途中にある部屋から光が漏れていることに気付く。


 ママとパパはまだ起きているらしい。

 ……少しだけでも話がしたい。


 そう思って、夏音は部屋に入ろうとする。

 だが、すぐさま空気がいつもと違うことを感じ取った。

 だから部屋には入らず、部屋の中からは見られない場所に移動する。


「何だろう……何か、ヘンな感じがするにゃ……」


 夏音はポツリと零す。

 当時の夏音はそうとしか言えなかった。


 今でも、その感じがどういう言葉で表されるのかはわからないが。


「――どう思う?」

「っ……!」


 いつもは聞いていて心地よく、安心出来る声。

 だが、今日は何故か恐怖が襲った。


「どうもこうも……オレたちじゃどうしようも……」

「そうよね……」


 ――何の話を、しているんだろう……


 夏音は自分の存在を悟られまいと、必死に隠れているしかない。

 自分でも、何をしているのかわからない。


 だけど、夏音の勘が『警告』という名のアラームを鳴らしていた。


を……育てられないわよ……」

「あぁ……オレたちじゃ無理だ……誰かに預けるしか――」


 ――…………


 夏音は自分がトイレに向かっていたことを忘れ、寝室に戻る。

 その頬に、大量の涙を乗せて。

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