第62話 ピアノが鳴り出す

 音楽室の中に入ると、ヒヤッとした冷気が頬を伝う。

 一瞬、本当に幽霊がいたのかと肝を冷やした。


 だが、エアコンを見てみると、クーラーがついている。


「ちょおー! なんでクーラーついてんの!?」

「誰か……消し、忘れた……のか……なぁ?」


 結衣は焦って、教卓の上に置いてあったリモコンを手に取り、クーラーを消した。


 真菜はあまり焦っていないように見える。

 むしろ、「幽霊の仕業だったら面白いかも」とでも思っているのだろう。


 結衣は何度目かも分からないため息をつき、例のピアノの方へ目を向ける。

 まだ真新しく、こころなしかキラキラ輝いて見える。


「うーん……やっぱり何も起こらないね。起こりそうな気配もないし……」


 結衣がそう呟くと。


「何……言ってる……の! これから、何か……起きるよ……! いや、起こり……そうな、気が……する!」


 真菜は自信満々に叫んだ。


「真菜ちゃんが壊れたぁ……」

「真菜様……ぷくくっ……はー……なんとお労しい……」


 結衣は涙目で零し、ガーネットは面白そうに笑っている。


 そんな時、結衣が不意に窓の外を見ると。

 太陽は地平線へと沈み、世界を闇に誘っているところだった。


「ねぇ、もう帰らない? 私たちが外に出てちゃいけない時間帯だよ?」

「そうですねぇ。良い子はもうお家に帰る時間ですよぉ?」


 結衣たちは真菜に言い聞かせようとするが、真菜はピアノに夢中で聞いていなかった。

 その時――


「〜〜〜♪♪」


 ピアノから突然音が鳴り響いた。

 結衣たち以外誰もいないのに。誰もピアノに触っていないのに。勝手に鳴り出したのだ。


「なっ――!?」

「わー……! すごー……い……!」


 結衣は驚愕に目を剥き、真菜は歓喜に言葉を零す。


 結衣は目の前で何が起こっているのか、理解出来ずにいた。

 こんな事が現実に起こり得るのか? と、結衣は混乱している。


「おー……! ピアノの……鍵盤も……ちゃんと、動いて……る〜!」


 真菜はいつの間にかピアノに近づいていて、鍵盤を興味津々に覗き込んでいる。


「真菜ちゃん何してるの!? 危ないよ!?」

「え……? 何……が? 全然、危なく……ないよ?」


 真菜が結衣の方へ目を向けた瞬間、真菜の背に黒い影が揺らめいた。

 その黒い影は、真菜の肩をガシッと掴む。


「真菜ちゃん!」


 結衣は咄嗟に叫ぶと、ガーネットを掴んで変身した。

 そして、黒い影目掛けて――


「――大砲バング!」


 魔法の塊をぶつける。


 真菜に当たらないように、慎重に、全神経を集中させて。

 黒い影は結衣の攻撃を受けて、スゥ……と消えていった。

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