七家領攻防戦

 ライルとグルドが援軍に駆けつけてきてくれた。しかし、一体どうして……いや、今は考えるときではない。七家軍は立て直しを図っているが離脱者が相次ぎ、今にも瓦解しそうな雰囲気だ。アロンは各兵に声を掛けているがどれほど持ちこたえられるか。そんな二人が現れてくれたのだ。しかも、第一軍と第二軍を引き連れて。公国軍の主力だ。


 とにかく二人にはこの状況を打破してもらわなければならない。


 「二人共、よく来てくれた。状況は我らに不利だ。ニード軍が後方に回ることに成功したが、それが活かせず各個撃破されそうになっている。二将軍には王国軍の正面と側面を同時に攻撃を仕掛けて欲しい。僕はなんとか七家軍を取りまとめ、側面攻撃に挑むつもりだ。これで王国軍は完全に包囲することができる。よろしく頼むぞ」


 「了解だぜ」


 「分かった」


 二人は了承し、すぐに自軍のもとに向かった。二人に行動は早い。戻ったと思ったら、王国軍に対して攻撃を仕掛け始めたのだ。これで状況は一変するはずだ。どうやら公国軍の援軍が来たことによって、七家軍の離脱者も少しずつ減っているようだ。


 「アロン!! 集まったか!?」


 「はい!! たった五千人ですが……なんとか」


 アロンが集めた兵たちをじっと見つめた。どの兵たちも傷がないものが居ないほど傷つき、表情にも疲れが嫌と言うほど現れている。それでも七家領を守るために志願してきた勇者たちだ。士気だけは天を突く勢いがある。



 「今の状況では十分過ぎる。アロンが指揮を取れ。僕も手勢を引き連れ、ともに戦う。目指すは王国軍側面だ。行くぞ、アロン。必ずや王国を叩き潰すぞ」


 「承知しました。ロッシュ公」


 僕の横にはシラーとリードが付き添い、フェンリル隊と魔馬隊が後ろに従う。アロン隊もそれに続くようについてくる。しかし、大丈夫だろうか? 移動が遅すぎる。これでは王国軍とぶつかっても戦えるのか? いや、信じるしかない。今は一兵でも多く、王国軍と戦うものが必要なのだ。アロンを見ると、何度も何度も兵たちを激励している様子があった。アロン自身も傷つき、鎧には誰の血か分からないが、固まりへばりついている。声は掠れ、本人は大声を出しているつもりだろうが、あまり声は通っていない。それでも戦場では、声なき声が効果を発揮する時がある。


 アロンの姿を見た兵士たちは、心を一つにするように声を合わせ進軍をし始めた。僕はそれを見届けてから、更に速度を上げアロン達の突破口を開けるため王国軍に突撃を開始した。僕は風魔法を使い、とにかく足元だけを狙う作戦に切り替えた。それでも足を引きずりながらこちらに攻撃を加えようとする兵士には容赦なくハヤブサの牙が突き刺さる。シラーも吸血鬼特有の怪力で、王国兵を持ち上げ投げ飛ばしていく。リードは僕から片時も離れずに弓矢を射続ける。矢がなくなると、僕に声を掛けてくる。


 「ロッシュ殿!!」


 それが合図だ。僕はカバンから矢を取り出しリードに渡す。その繰り返しだ。フェンリル隊は、僕達の正面に潜り強力な突進力で相手を突き飛ばし、そして噛み砕いていく。魔馬隊は僕の側面に広がり、近寄る相手を次々と潰していく。それが十分ほど続くと、ようやくアロン隊が攻撃に参加した。僕達の出現によって、王国兵はかなり動揺していた時にアロン隊が出現をして、混乱状態が一部で発生しだしていた。


 どうやらアロン隊が実数よりも多く見えたようだ。周りには伝令役の者が王国軍の間を走っている。その口々に公国軍の出現と七家軍が持ち直したことを告げるものだった。それによって、王国軍は明らかに戦意が失われようとしていた。王国軍の三面は公国軍が受け持ち、一面は七家軍がかろうじて保っている。それでも包囲は完成している。


 公国軍の活躍は目覚ましい。七家軍をあれほど苦しめた王国軍を数では少ない公国軍が圧倒するという光景が目の前に広がっている。もちろん、王国軍には疲労があっただろう。それでもこの状況は凄い。包囲する輪は徐々に小さくなっていき、ついには、王国軍が三つ四つのグループになるほど小さくなっていった。


 ついに王国軍が白旗を上げた。降伏の証だ。


 ……終わったのだ。王国軍に勝利した。七家軍は呆然とした様子で立っている者、疲れからか座り込むもの様々だった。それでもアロンだけは毅然とした様子で兵たちに慰労の言葉を掛けていた。もっとも声が掠れて何を言っているかわからないだろうが。


 降伏をした王国兵たちは手にした武器を手放し、その場に座り込んでいる。そして戦意がない証に手を上げている。ただ腕を持ち上げる力がないのか、ほとんど上がっていない者ばかりだ。その者たちを公国軍で包囲し、武器を取り上げ、兵たちを拘束しだしている。本来は七家軍の仕事だと思うが、七家軍には戦後処理をするだけの能力は今はない。


 僕は各部隊を回り、労いの言葉をかけた。そして、アロンとライル、グルドを集め戦勝を祝うことにした。


 「三人共、今回の戦は我らの勝利だ。特にライルとグルドには感謝のしようもない。二人が来なければ、我らは王国軍の波に翻弄され、ついには七家領を蹂躙される結果となっていただろう」


 アロンは言葉にしようと口をパクパクとしているが喉が切れてしまっているのか、声が出ない様子だ。僕は回復魔法をかけてやると、ようやく声が出せるようになった。


 「私の方からも感謝申し上げます。公国軍が七家領防衛のために死力を尽くしてくれたおかげで、なんとか持ちこたえることが出来ました。七家領を代表して、お礼を申し上げます」


 僕はこれで終わりかと思っていたが、ライルとグルドは苦虫を潰したような渋い表情を浮かべて、こちらを見ていた。なにやら、不安を感じる。僕はライルに声を掛けた。


 「ロッシュ公。実は……オレ達がこっちに来たのは……」


 その言葉が終わる前に斥候が急ぎやってきて、最悪な報告を耳にすることになった。


 「王国軍十五万、レントーク王都に迫っております。旗は王弟!! 王弟が直々に兵を指揮しているものと思われます!!」


 くそっ!! こんなときに……いや、王国の判断は正しいな。むしろ王国軍の援軍が遅くなったことを喜ばなくては。きっとライルとグルドはこの兆候を掴んでいたんだろう。そうでなければ、公国を空にして兵を送り込んでくるはずがない。


 「戦勝祝いはまた後でだ。すぐに作戦会議をする。皆を集めよ」


 僕はアロンとライル、グルド、そして戦後処理をしていたニードとイハサを集め、作戦会議をすることになった。全く……嫌になるな。僕は一同の顔が揃ったことを確認してから、斥候からの報告を共有することにした。


 「斥候の報告では、王国軍は十五万人。前進を続け、レントーク王都に向かっているということだ。現在位置はここだ」


 僕達の前に広がっている地図を指差しながら、軍を見立てた石を置いていく。王国軍はレントーク王国との国境付近に入るようだ。進軍は遅く、ゆっくりとした歩調のようだ。


 「そして、その軍には王弟の旗が上がっていたと言う。ということは王国軍の主力と考えたほうがいいだろう。先程戦った王国軍よりも厄介な敵となるだろう。とにかく、今は戦力分析だ。我が軍はどうなっている?」


 イハサ、ライル、グルドが各々戦力についての報告をしてくれた。その数はニード軍二万二千人の内、半数が負傷者もしくは戦死者、ライル軍は一万五千人の内、二千人が負傷者、グルド軍は一万五千人の内、千人が負傷者というものだった。やはりニード軍の損耗が激しいな。治療を優先的に施さなければならないだろう。七家軍についてアロンが報告した。十万人いた七家軍のうち、戦闘に参加したのが七万人。そのうち六万人が負傷者もしくは戦死者、さらに戦意喪失者がいたのだ。


 七家軍は絶望的に数字が悪い。戦争に出ていたのは七家軍でも精鋭のはず。領に残した兵たちのほとんどは新兵や貴族の子弟ばかりだ。彼らを戦線に加えても物の役に立つか分からない。そうなると実数は一万人と考えたほうがいいか。それにしても戦意喪失者ってなんだ?


 「正直に言いまして、これほどの戦争を経験した者がほとんどいません。そのため、凄惨さから戦闘を継続することが出来ない状態になっています。一応は治療を施しておりますが、今回の一戦には役に立たないでしょう」


 それに対してライルが噛み付く。


 「そんなことを言っているバカはどこにいるんだ? この一戦で負ければ、戦意があろうがなかろうが虐殺されてしまうのだぞ。なぜ、それがわからないのだ。そして、公国はそんなバカを守るために命を捨てなければならないのか!!」


 その言葉にアロンは顔を伏せてしまう。どんな顔をしていいかわからないのだろう。きっと、ライルの言ったことを最も痛感しているのは、誰でもないアロンなのだろう。


 「ライル。もういいだろう。戦意がないものを無理やり戦場に連れだしても邪魔になるだけだ。それよりも領民を避難に協力だけしてもらっていたほうがいいだろう。アロン、今回の一戦ははっきり言って読めない。勝てるとも負けるともいい難いが……住民は七家領からは一旦退避したほうがいいだろう。ここは防衛に向いていないし、住民を守りながら戦えるほど、今回の一戦は易しくないのだ」


 「分かりました。すぐにサルーン様に相談をして決めたいと思います」


 「アロン。済まないがそんな時間はないのだ。君が即決をしてくれ。すぐにでも移動を開始しなければ王国軍がやってきてしまう。当面は王国軍への対応は公国軍のみで当たる。住民の避難が完了した後、我らと合流してくれればいい。それまでになんとか七家軍を立て直せればいいが」


 「私が判断を!? ……分かりました。すぐに避難を開始させましょう。この場はロッシュ公に全ての判断を委ねます。もちろん責任は私が」


 「そう深く考えるな。とにかく住民の命を守ることだけ考えろ。最悪は公国への亡命も許可する。お前たちの未来はそこまで暗くはないぞ。急いでくれ」


 アロンは頭を下げ、僕達の前から姿を消した。残ったのは公国軍の将軍達だ。


 「公国軍約三万五千人か……対して王国軍は十五万。こちらは戦いで消耗しているが、向こうは無傷だ。しかも王国の最強の部隊だろう。戦況はかなりこちらに不利だな。ライルはどう考える?」


 「撤退を勧めるぜ。正直、勝てるか怪しい。そんな戦いを避けることも必要なんじゃないのか?」


 「その通りだ。しかし、我らがここから退けばこの地に待っているのは地獄だ。亜人達はすべて狩り殺されるか、奴隷落ちだ。そうなれば王国はまっさきに公国への進軍を開始するだろう。我らがここで留まらなければ、我らの未来もまた閉ざされてしまう。ただな……この地に来て、この地の者を知ってしまったのだ。もはや見殺しになんか出来ないだろ?」


 「へへっ。ロッシュ公らしいな。分かったぜ。王国軍をぶっ潰して、この長く続いた戦争を終わらせてやるぜ」


 僕達は王国軍に対抗するための作戦を考えることにした。


 

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