航路開通

 船からの積み下ろしはしばらくかかりそうだが、チカカは作業の一段落ついたところで下船してきた。船員たちも揃って降りてきたのだが、しばらく見ないうちに随分と海の男たちと言った感じになっていた。格好が荒くれ者と言った感じで、清潔感はないが頼もしい雰囲気を出していた。チカカは僕達の方に真っ直ぐ向かってやってきた。


 「ロッシュ公。新村から三村までの航路は問題なく開通しました。新船の試運転を兼ねて、三村までの航路を確かめようとしていたら、ちょうど木材を街まで運ぶということでしたから船で運搬することを提案したんですよ。順風で新村から五時間程度で着くことが出来ましたよ。帆を全開にする前に到着してしまいましたから、これくらいの距離では帆の仕組みを少し変えたほうがいいかしら?」


 後半の方はなにやらぶつぶつと言って船の構造について考え事をしているようだ。それにしても、たった五時間でこれだけの物資を運び込むことが出来るとは。馬車だと一週間程度掛かることを考えると驚異的なことだ。チカカが考え事をしているのを邪魔しない様に待っていると、チカカが恥ずかしそうな顔をして僕に謝罪してきた。


 「すみません。ロッシュ公。どうも昔から船のことを考えると周りが見えなくなってしまうんです。それにしても頂いた海図を頼りにここまで来ることが出来ましたが、あの地図は大したものですよ。あれほど詳細な海図は見たことがありませんでしたよ」


 海図を拝借しておいてよかった……。


 「チカカは、これからどうするつもりなんだ? こっちでは祭りをやっているから参加していくといいぞ」


 「お言葉はありがたいですが、船のメンテナンスを済ませましたら、すぐに新村に戻りたいと思っています。新村と三村の航路に就航する船を新たに新造を急がなければならませんから。ロッシュ公もそれがお望みでは?」


 たしかに航路に最適な船の建造は早いに越したことはないが……しかし、チカカの表情を見ると早く帰りたくてウズウズしている様子だ。ここで引き止めても彼女を困らせるだけかも知れない。僕は引き止めることなく、よろしく頼むと言った。


 ただ、荷降ろしはまだまだ時間がかかりそうだ。ちょうどルドも一緒にいることだから食事を誘うことにした。チカカは了承してくれた。三村には未だ食堂が作られていなかったがルドの私宅で食事を取ることに決まった。料理はマリーヌの手作りのようだ。久しぶりに食べる手作りの料理に心底美味しく感じる。温かみがあるいい料理だ。


 「マリーヌ。とても美味しい料理だ。このような料理を食べられるルドが羨ましい限りだな」


 「あら? それは嫌味かしら? ロッシュ様だってエリスさんの料理を食べているじゃないですか。私も料理の勉強をしているけどエリスさんほど美味しい料理は作れないわよ」


 むぅ。マリーヌも言うようになってきたな。しかし、本当に美味しいのだ。ルドは笑って僕とマリーヌを仲裁してくる。


 「私は本当に幸せだ。マリーヌが側にいて、三村の開発を任せてもらえるのだかな。航路も出来上がったとなれば、更なる発展が期待出来るだろう。チカカさんには本当に感謝している」


 「私に感謝しなくてもいいですよ。先程もいいましたが、ロッシュ公が海図を手に入れてなければ航路はもっと先になっていたでしょう。感謝ならばロッシュ公に」


 「僕はそんなに大層なことではないよ。船とそれを操縦するものがいなければな。そういう意味では皆が一丸となった結果と言える。それよりもあの海図に記載されているのはこの周辺だけのものではなかったはずだが、チカカは航路を拡大したほうがいいと思うか?」


 「それは分かりません。航路というのは一度作られると誰でも利用が出来るというものです。航路を拡張すればその危険性は高まることでしょう。ですからロッシュ公の判断に委ねたいと思っています。しかし、航路の拡張は船に乗る者としては興味が尽きません」


 なるほど。そうなるとしばらくは新村と三村の航路だけを維持する形になるということだな。ちなみに、海図は王国の周りの海域全てについて記されているものなのだ。海図を見る限り、王国がある大陸の近くに島々が多くあることが分かる。三村の南にも島があるのが分かるのだ。今はこの島に直接何かすることはないが、いつかは行ってみたいところだ。


 するとチカカが話を続けてきた。


 「海図をよく見て気づいたのですが、南に島があるみたいですね。ルドベックさんはこの島のことを知っていますか?」


 僕がちょうど考えていたことだ。興味はあったが調査はずっと先だと思っていた。


 「ああ、おそらくモダン島のことだろうな。あの島については何かの文献を呼んだことがあるな。島の周辺は魔の海域と呼ばれていて、島に近づいたものが一人も戻ってこないことからそのように呼ばれているらしい。島は遠目から見て、火山島のようで中央に噴煙が立ち上る高い山があり、森が島中に広がっているらしい。もちろん、王国は何度か調査隊を送ったが全く分からず終いだったようだ。あまり興味を持つのは止めておいたほうがいいぞ」


 面白い事を聞けたな。こんな近くに魔の森のような危険な場所があるとは。それでもチカカの表情を見ると興味津々と行った様子だ。


 「チカカ。興味があるのか?」


 「もちろんですよ。そんな面白そうな場所があるなんて聞いたことがありません。その島に何があるのか、それを考えるだけで……。今、船に乗ったら自分を押さえつけられるか自信がありません。海図がある。船がある。もう行くしかないかも知れませんね。どうです? これから行ってみませんか? もしかしたら簡単に上陸できるかも知れませんよ」


 何を言い出すんだ? チカカの目が何やら怖いものを感じる。本気で言ってそうだな。僕はなんとか止めようとしたが、一層激しさを増してしまった。困ったな。すると、シラーが余計なことを口走り始めた。


 「ロッシュ様。こんな近くにそんな危険な場所があるのは良くないと思うんですよ。海図が手に入っていることは遅かれ早かれ皆に伝わるでしょう。そうなれば、公国民の誰かが島を目指してしまうかも知れませんよ。そうなる前に公国として調査を行うべきだと思うんです」


 シラーがなにやら言っているが、本心は絶対に違うところにあるだろ。


 「シラー。危険な場所で大暴れしたいだけだろ?」


 シラーは完全に目が泳いで誤魔化そうとしている。話にならないな。僕が皆に目線を戻すと、なぜか皆の表情が一変していた。唸るように考えているのだ。まさか、シラーの言葉に感化されてしまったのか? すると、一番に止めていたルドが決意のある声で僕に訴えかけてきた。


 「シラーさんの言うことは一理あるな。実際、王国の漁民が命を落としている事実を考えれば、公国民に周知させるために一度本格的な調査をするべきかも知れないな。どうだ?」


 いや、どうだと言われてもな。正直判断に困る。現状では南の島が脅威であるとはいい難い。それに漁民がと言うが、遠洋に出る必要性はまだないのだ。そうなると、南のモダン島に近づく者もいないだろうに。結局、チカカとシラーが行きたいだけだ。とはいえ、少なくともチカカの意見には耳を傾けておく必要がある。だって、暴走したら困るからね。


 「チカカ。南のモダン島についてはすぐに向かうことはできない。それはチカカもよく理解しているだろう。本格的な調査をするにしても、今より船を増やさなければならないし調査をする人員も確保しなければならない。危険なところを知っていれば尚更のことだ。だから、もう少しだけ待ってくれ」


 チカカは特に気にした様子で分かりました、とだけ答えた。チカカもすぐに出発できるとは思っていなかったのだろう。それでも、調査ができる日がいつか来るとわかっただけでも満足といった様子だ。だけで、シラーだけは不満顔を隠すこともなかった。なんだか、ミヤにちょっと似てきたような気もするが……。


 そんな話を続けていると、船員がチカカを呼びにやってきた。どうやら積み下ろしの作業を再開するようでチカカの指示を必要としているようだ。


 「ロッシュ公。大変、有意義な話が出来ました。夫にも頼んで、早急に調査用の船を作らせたいと思っております。完成の折は是非、私を船長として使っていただけるようにお願いします。そして、マリーヌさん。美味しい食事をありがとう」


 そういってチカカはルドの家を去っていった。しかし、ゴードンが静かだな。僕がゴードンに声を掛けると、心ここに有らずといった様子で慌てたいた。


 「申しわけありません。最初は船の就航で南の地の物流が大きく変わるので、その事を考えていたのですが、気づいてしまったのです。私達は祭りをほっぽらかして、ここにいることを。ロッシュ村長!! すぐに街に戻りましょう。我々が楽しめる時間はそう残っているわけではありませんぞ」


 一瞬呆気にとられてしまったが、よく考えてみればその通りだ。それに誰にも言わずに三村に向かってしまったからもしかしたら心配をさせているかも知れない。僕はルドとマリーヌに祭りに誘うと、船の積み下ろしを見届けたら向かうと言っていた。


 さて、僕達も街に戻ることにしよう。結局、新村と三村の航路は一日に一往復するということで決まった。ただ、三村から運ぶものが当面はないため海水を運ぶという面倒なことをしなければならないことになったのだ。なんでも空荷だと船が転覆しやすくなるらしい。説明を聞いたが僕には理解が出来なかった。


 祭り会場に着くと案の定、僕を探していたようですぐに皆を安堵させた。丁度、催し物を披露されている舞台ではライルとニード、イハサが観衆の笑いものになっており、公国の将軍という面影は一切感じられないものだった。まさか、あの三人にあのような芸があるとは……やるな!!

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