砦を出てからの事

 ライルとニード、イハサの三人での模擬戦についての話し合いが終わった。僕もそろそろ祭りに行きたくて、そわそわしていたのだ。しかし、三人は祭りに行こうとはせずに話し合いを続けようと無駄なあがきをしていた。


 「三人共、すぐに祭りの会場に向かうように。模擬戦の総括は終わったのだ。今は祭りを楽しむことが我々の仕事と心得よ。しかし、ライルとニードの怪我は放っておくのは可哀想か」


 僕は二人に回復魔法をかけた。あざになった部分や傷が瞬く間に元の肌色になっていく。しかし、今気づいたことだがニードの古傷は回復魔法では治らなかったのだ。回復魔法では新しい傷しか治療することが出来ないのだろうか? あとでシェラに聞いてみるか。一応は元女神だしね。


 僕はシラー、オリバ、ソロークと共に馬車に乗り込み、祭り会場に向かっていった。三人も馬で後ろから付いてくるようだ。馬車の中では、ソロークが興奮から冷めやまぬ様子でいつまで経っても目を輝かせている。オリバは、模擬戦後からずっとブツブツと呟いていて周りの話が耳に入っていない様子だ。シラーはただボーッとしていた。


 「シラーに後で渡すものがあるんだ。今朝の話で決めたんだが、僕はシラーを家族に迎え入れようと思う。今年の結婚式にシラーを加えようと思っている。そのつもりでいてくれ」


 「へっ!?」


 シラーから変な声が聞こえた。


 「ちょ、ちょっと待ってくださいね。どういうことでしょうか? つまり、私がロッシュ様の妻になれると考えてもいいということでしょうか?」


 その通りだ。それ以外に聞こえたのだろうか? するとオリバがふと顔を上げ、僕の方に振り向いてきた。話を聞いていたのだろうか?


 「ロッシュ様……それはよくありませんよ。そのような重要な話は二人きりで話すべきです。私やソロークさんの前で話すなんてシラーさんが少し可哀想ですよ」


 ぬっ!! 考えてみればその通りだ。僕の中ではすでにシラーは妻でいたつもりだ。それでも、婚約者という立場であったのは結婚式が年に一回しかないということと妻達に認められる必要があったからだ。だが、ここ最近のシラーの働きは僕にとって十分すぎるものだ。これからも妻として僕を支えてくれる事を願うようになったのだ。結婚式はいわば儀式。そんなに重視していなかったのだが……そういうば、前もいい加減にやったら怒られたことがあったな。ここにマグ姉がいなくてよかった……。


 「いえ、いいんです。ロッシュ様が私を認めてくれた。そのことだけで今は十分です。しかし、なぜ急にそんなことをおっしゃったんですか? 私、何かしましたっけ?」


 「なに、なんとなくだ。あえて言えばシラーが僕の横にいることに違和感がなくなったということかな。僕はシラーを信頼している。他の妻たちと同じ位だ。だとすれば、周りに妻と認められるようにしてやらなければならないと感じたのだ」


 シラーは急に立ち上がり、馬車の天井に頭を打ち据えた。ぶつかったところを丁寧に擦って、涙目になりながら僕にお礼を言ってきた。本当に愛すべき人だよ。


 それから祭りの会場に到着すると、そこは人だかりが出来ており今までで一番の人の入りだった。方々で見かけるのは砦に所属している兵士達の姿だった。僕達より少し早く会場入りしたにも拘わらず、すっかり祭りに馴染み、酒や料理を食べ歩いている姿が見かけられた。舞台ではすでに催し物が始まっており、その前では大勢の者たちが飲み食いしながら鑑賞をしていた。


 会場に到着すると、ソロークは祭り開催の本部にすぐに向かっていき、オリバも吟遊詩人として仕事をするために一足早く準備に向かっていった。残ったのは僕とシラーだけだ。ハトリも実はさっきから見え隠れしているが無視するのが理想的と言うので見ないようにしている。


 ライルとニード、イハサは催し物が行われている舞台を見て、嫌そうな顔を浮かべていたが僕がじっと見つめていると観念したようにトボトボとした足取りで舞台裏の方に向かい、人だかりの中に消えていった。


 「シラー。少し祭りを見て回るか」


 シラーは頷くと、手を繋いで歩くことにした。僕達が住民たちの間をすり抜け、料理屋の前に立ち寄ると知らない女性がこちらに近づいていた。どうやら伝言があったようで、ゴードンが僕を探しているというのだ。何かあったのかな? 伝言を寄越すほどなのだから、もしかしたら急用かも知れない。一旦、祭り見物を切り上げ祭り開催の本部に向かうことにした。ゴードンならばそこにいる可能性が大きい。しかし、そこにはゴードンはいなかった。


 どこにいったことやら。僕は祭りの会場から少し離れた場所に向かって歩いていった。すると、気になる事が起こっていた。大量の荷車が街に向かって走っていったのだ。荷車に積まれているのは大量の木材だ。おそらく建材として運びこまれているものだろう。建材の量があまりにも大量であることに少しは驚いたが、そこではない。到着が早すぎるのだ。建材の発注は、一週間程度前に行われたのだ。通常であれば、数週間は後になってもおかしくないのである。


 一体何が起こったというのだ? まさか、これがゴードンが伝えたかったことということか。やはりゴードンを探さなければ。しかし、どうやって……ん? そういえば僕にはハトリという存在がいるではないか。ハトリを呼び出すとすぐにやってきた。


 「ハトリ、ゴードンは今どこにいるかわかるか?」


 「ロッシュ殿に無視されていた長い時間……とても至福なときでした。是非、これからもその態度でいてくださると助かります」


 どうでもいい答えが返ってきたぞ。それに若干気持ち悪い気がする。僕は再び聞き返すと、三村に出向いているというのだ。ゴードンが一体、三村になんの用があって行ったのか皆目見当もつかないな。ただ、急用かも知れないので向かってみるか。僕はハヤブサに乗り、シラーが並走する形で三村に向かった。


 三村は以前来た時と比べ、全く別の空間となっていた。区画整理だけはされた空き地が広がっていただけの三村には数多くの家が建てられており、建設途中の建物も散見することが出来た。三村の海の方に向かっていくと建設中の大きな屋敷が現れたのだ。この建物がきっと三村の中心的な建物となり、そこには三村の責任者であるルドが入ることになるのだろう。


 僕が建設途中の屋敷を見ていると、ふいに後ろから声を掛けられた。懐かしい声だな。振り向くと、そこにはマリーヌが立っていた。


 「お久しぶりですね。ロッシュ様も見に来られたのですか? 私は王都に住んでいたので聞いたことがあっても見たことがなかったのですが、素晴らしいものなのですね。主人も気に入ったみたいで仕事を放り投げて、子供のように走り出していったんですよ。ロッシュ様からも叱ってやってください」


 久しぶりに見たマリーヌはとても穏やかな表情をして、最初にあった時と比べてとてもいい表情になった。これもルドと共に生活をしているおかげだろう。それにしても、ルドのことを主人と呼んでいるのか。僕はまだ呼ばれたことがないからちょっと新鮮な感じがした。すると、シラーが僕を突っついてきて、上目遣いで僕を見て、こういった。


 「ご主人様」


 不覚にもすごく心が高鳴ってしまった。しかし、僕が求めたのは主人という呼び名だ。決してご主人様ではないのだが、悪くないかも知れない。とりあえず、訂正はせずに喜んでおこう。


 さて、話を戻そう。マリーヌの言っていることの殆どが分からなかった。一体、何を見に行っているというのだ? 僕がマリーヌに問うと、海の方角を指差し、行けばわかりますよ、とだけ答えた。随分と思わせぶりなことをしてくれるが、ちょっと面白くなってきた。僕はマリーヌに別れを告げ、海の方角に向かった。遠くからマリーヌの声で、主人の説教をよろしくぅ、と聞こえてきた。本当に仲のいい二人だ。


 海の方角に向かうと、ちょうど海から風が入ってくるせいで潮の香りが一面を覆う。僕は海を見渡すと……!!!! なぜ、あるんだ。確かに駆け出したくなる気持ちがよくわかる。なにせ、僕も駆け出しているのだから。


 そう、僕が発見したのは船だったのだ。しかも、見覚えのある船。新村で建造されたものに間違いない。ということは航路が開通したということなのか? 逸る気持ちが抑えきれずに足がもたついてしまう。なんとか船を眼前に捉えると大きな船から木材が次々と降ろされているところだった。


 船上には船頭のチカカが荷降ろしの指示をしている。木材は船上に取り付けられている滑車を利用して馬車に直接降ろしていっている。そのおかげで人がいちいち運ぶという手間を省略することに成功している。素晴らしいな。と僕が見つめているとすぐ脇に人の気配を感じた。ルドとゴードンだ。


 「久しぶりだな。ロッシュ。北部諸侯を降したという話は痛快だったな。日和見だった奴らの末路としては幸せかも知れないが。それにしてもやっと船が三村にも来ることが出来たんだな。本当にロッシュの活躍は凄いものだな。私はロッシュの下で仕事が出来ることに誇りを感じるな」


 「そんなに買いかぶっても何も出ないぞ。僕は全て手助けしたに過ぎない。皆の協力あってこその成果だ。ルドだって、そこはよく理解しているんだろ? であれば、僕を褒める前に皆を褒めてやってくれ」


 「相変わらずだな。まぁ、そこが皆に好かれるところなのかも知れないな。ところでシラーさんがなぜここにいるんだ?」


 「ん? シラーは僕の護衛役であり、妻だぞ。別に一緒にいることは変ではないだろ?」


 「そ、そうか。シラーさんとも結婚するのか。それはおめでとうと言っておこう。私もマリーヌと結婚式を上げていないからな。今年にでも参加しようと思っているんだ」


 「それはいいな。僕もシラーと参加しようと思っている。それにクレイもだな。今年は盛り上がりそうで今から楽しみだ」


 僕とルドが久しぶりに話をしていると、ゴードンが間に入ってきた。


 「ロッシュ公。よくこちらにいらっしゃいましたね。私もこの事を伝えようとしたのですが、なかなか報告することが出来ず、荷降ろしの監督をしなければならなかったためこちらに出向いてしまった次第なのです。まだ、私も詳細を知らないのですが、ここに船があるということは航路が開通したと考えてもよろしいのでしょうな?」


 「気にしなくていいぞ。ゴードンが急用があるのではと思って、探していたらここにたどり着いたのだ。しかし、来て正解だったな。航路開通に立ち会えたのは喜ばしいことだ。それにしても船の積載量というのは凄いものだな。一体、荷車何台分になるんだ?」


 「そうですな。馬車にすると数百台には相当しますな。しかも、木材だけではなく食料などの物資、人も運ぶことも出来ますからな。これは革新的なことですな」


 数百台か。それほどになるか!! 僕とルド、そしてゴードンとで子供のように船の前ではしゃいでいた。その姿を船上のチカカが冷ややかな目で見ていたのは気付かないふりをしておこう。

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