魔石を求めて

 漁を終えたその日は飲みすぎてしまった。僕自身も気づいていなかったが、相当嬉しかったようで、飲む酒がいつもより美味しく感じていた。僕はすぐにでも北の街サノケッソの街に向かわねばならないが、魚介の物流を阻む問題、牽引する家畜がいないことを解消するために魔石を手に入れなければならない。僕が今思いつくのは、ハイエルフのリリしかいないのだ。そのことを頼みに、僕はエルフの里に向かうことにした。同行してくれるのは、ミヤとシラーのみだ。シェラは昨日の酒が抜けないと言ってお留守番をしている。


 「ねぇ、ロッシュ。エルフの里に何か用でもあるの? 急に決めたみたいだけど」


 もちろん、用があってのことだがミヤには魔石がほしいからとは言えない。エルフの秘密に関わることだから。sのために、ゴムの一件を持ち出し、なぜかミヤにゴムの必要性を熱っぽく語らなければならなくなった。そんなに緊急性があるわけではないんだけど。


 「ふぅん。そんなにゴムが必要なんだ。そういえば、ドラゴンのことは聞くのかしら? 戦う気はないけど、やっぱり一度は見てみたいじゃない?」


 ミヤがドラゴンという言葉を出して、好戦的でないことにびっくりはしたが、確かにその通りだ。リリに聞いてみるか。もしかしたら、有益な情報を得られるかも知れない。場所について、シェラから聞いているがそこまでの道のりについては全く分かっていない。以前、ドワーフとギガントに聞いたことがあるが、知らないと一種されてしまったし、リリがダメなら、ゴブリンしかいない。魔の森での協力者をもう少し増やしたいところだな。


 僕はミヤの質問に頷き、エルフの里に着くまで、エルフには貧乳が多い理由を話してくれた。最初は興味深く聞いていたが、途中から話が胡散臭くなって聞くのを止めた。エルフには始祖と呼ばれる者がいたそうだ。美しく気高く、そして巨乳の女性で、全てのエルフの頂点に立つ存在だった。エルフはある獣に存続を脅かされていた。獣は次々とエルフの領地を奪っていった。そこで立ち上がった始祖は、獣と七度戦い、ついに勝利を収めた。しかし、そのときに獣が死にゆく時に始祖のエルフの乳房をもぎ取っていったと言う。それ以来、生まれてくるエルフは貧乳ばかりになったという。エルフは、再び始祖の誕生を願い、そのとき、エルフたちは貧乳の呪いから開放される……と信じているらしい。


 嘘臭い……話は面白かったけど、そんなことで巨乳が貧乳になるわけがない。それに始祖の復活って。すでにエルフは繁栄をしている。生まれてくるエルフに始祖ってありえないんじゃないか? それとも始祖というエルフの亜種みたいなのがあるのかな? なんにしても、いい時間つぶしになった。目の前にエルフの里があった。


 エルフの里に入ると、すぐにエルフがやってくる。最初から僕達と分かっているかのように、リリのもとに案内をしてくれる。久しぶりにリリを見たが、お腹が大きくなっていて、歩きづらそうにこちらに向かってきた。


 「久しぶりじゃな。我が君。やや子も順調じゃ。触ってみてもいいんじゃぞ」


 リリがお腹を突き出してきたのに、断るのも申し訳ない。僕はリリのお腹に手を当て、子供の存在を感じるように優しく擦った。さすがに動くことはないかと思ったが、急に動き出し、中で元気にリリのお腹を蹴っているようだ。その力強さを感じ、何度も何度も優しく擦った。


 「父親が来て、嬉しがっておるのじゃろ。これほど動くのは初めてじゃ。さて、今日は何のようでやってきたのじゃ? このお腹を見に来たわけではあるまい」


 「別に興味がないわけではないぞ。といっても、言う通り、他の用件があってきた。まずは、二人きりで話をしたいのだ。いいだろうか?」


 僕から二人きりになりたいと言い出したのは初めたのことだ。そのため、リリはなにやら怪しげな笑みを浮かべ、僕を茶化してきた。そんなつもりではないのだが。僕はミヤとシラーには、食堂で酒を飲みながら待っているように告げると、リリが魔界の料理を出すぞ、と援護射撃をしてくれた。そのおかげで、二人は文句も言わずに喜んで、食堂の方に向かっていった。僕とリリは、二人を見送ってから、リリの部屋に入ることにした。


 「ふふ。我が君も妾の肌を久しぶりの堪能したいというのか? やはり、殿方よのぉ。とはいえ、この体じゃ、またの機会にしてもらいのじゃがな」


 相変わらずのリリの口調に少し安心しながらも、僕は本題へと移った。魔石の話だ。公国の馬不足解消のために魔石を用いて、魔獣を代わりに利用するのに魔石がどうしても必要なのだ。それの催促をしに来たというのだ。


 「ふむ。話はよく分かったが、以前、持ってきてもらった人間から順調に魔石を取り出すことが出来ているから譲ってやるのも吝かではない。しかし、その人間から取れる魔石の量は微々たるものだ。数日かけて、ようやくまともな魔石が一つ取れるかどうかじゃ。我が君の話ぶりでは、それなりの量が必要となるのじゃろ?」


 僕としてはリリのその言葉は遠回しの拒絶に聞こえた。エルフの里としても魔石は貴重なのだ。おいそれと分けてやることは出来ないのだろう。僕は諦めようと思っていたが、リリがパンッと手を叩いた。


 「それではどうじゃ? 我が君から魔石を取り出すというのは。以前、取り出した時は大きなものであったな。魔石を取り出すことは妾にとっては造作もないこと。なんだったら、定期的に里に来て、取り出していけばよいではないか。そうすれば、それなりの魔石は手に入ると思うのじゃが」


 なるほど。その手があったか。僕から取り出せるのであれば、痛むのは僕の魔力だけだ。それだって、数時間も休めば回復できる。しかし、リリの話を聞くと、まるで献血をしに行くような感覚になってしまうな。まぁ、似たようなものかも知れないが。僕は頷き、早速、抜き取ってもらうことにした。魔力を。


 「ならば、そこのベッドに横になるがよい。前のように倒れられては叶わないからな。この体になってから、重いものどころか、屈むのも簡単ではなくなったのでな」


 僕はベッドに横たわり、リリが僕の体になにやら術のようなものをかけ始めた。それはとても真剣なもので、多少の恐怖を感じるものだった。僕の意識はそれが最後となり、再び目を覚ますと手には拳より小さい魔石が握られていた。手に入れたのだなと実感したが、その瞬間、強烈な頭痛が襲ってきた。魔力切れの症状だ。僕は魔力回復薬を飲むと、その痛みは緩和された。周囲を見渡す余裕が生まれたが、どうやら部屋にリリの姿はない。


 僕は自分の足がふらつかないか、確認しながら食堂の方に向かっていった。当然、魔石は鞄の中にしまいこんで。ふと思ったが、魔石を取り出したあとに魔力回復薬を飲んでから、再び取り出してもらえば、回復薬がある限りいくらでも取り出せるのではないだろうか。そのあたりをリリに聞いてみるか。といっても、二人きりになる機会があればだが。


 と思ったら、すぐに訪れた。僕がリリの部屋を出ようとすると、リリが部屋に入ってきたのだ。


 「我が君。目覚めるのが早かったの。しかし、我が君は何者なのか分からなくなった。前に取り出した時と比べて、明らかに魔力量が増えておる。しかも、増え方が異常じゃ。とても人間とは思えないぞ。一瞬、魔族であることも疑ったが、魔族からは魔石は取り出せぬからな」


 なにやら、人の顔を見て、リリはぶつぶつと独り言を呟いている。僕の魔力が増えたことを驚いているようだが、僕にその実感はない。確かに、土木作業をしている時の魔力切れは起きにくくなってきた。それを考えれば、確かに増えているのだろうが、そんなに驚くことなのだろうか。それよりも先程の疑問を聞いてみることにしたが、即座に出来ないと否定されてしまった。


 魔石を作り出す魔力は体内にある程度循環したものでなければならないらしい。つまり、魔力回復薬によって補充された魔力では魔石は作れないということらしい。残念だが、とりあえず大きめの魔石を一つ手に入れたのだ、あとは定期的に里に来て魔石を得ていけば、当面の魔獣を手に入れることは出来るだろう。


 僕とりりは、ミヤとシラーのいる食堂に向かった。すでに食事が用意されており、魔界の料理に二人共舌鼓を打ちながら楽しく食事をしていた。僕も食事に参加したかったが、他の用件を片付けてからのほうがいいだろう。リリが座った席に最も近い席に座り、ゴムについて聞いてみた。


 「それはいいところに目をつけたものじゃな。なるほどの。タイヤに。それは考えだにしなかったの。確かに、リードの言う通り、それだけの量を調達するのは簡単なことではない。苗ならばいくらでも差し出すことはできる。帰りにでも持っていくがいい」


 リリは機嫌がいいようで特に見返りを求めずに苗を譲ってくれることにした。せっかくだから、ドラゴンの話も聞いてみよう。


 「また、変わったものに興味があるのだな。なるほど、魔石か。たしか、あの山に向かうためには……」


 リリが教えてくれた道のりはとても踏破できるようなものではなかった。いくつものそびえ立つ山をこえていき、その先にようやく目的のドラゴンが棲む山が現われるのだそうだ。向かうのは、現実的ではないと、笑わられてしまった。山か……登れないのであれば、坑道を作って進めばいいのではないか。しかし、そこまで言う必要はないだろう。


 これで僕の用件は終わった。魔石、ゴム、そしてドラゴン山までの道のり。全てに置いて、素晴らしい成果を収めることが出来た。僕はリリに感謝して、魔界の料理を楽しむことにした。エルフの酒に魔界の料理が、僕の魔力を徐々に回復させていく。本当に体に合うんだな。この料理は。

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