今晩は魚介

 公国では初めての漁が行われ、上々の成果を上げることが出来た。あの成果だけでも数百人の食料は調達することが出来ただろう。まだまだ、供給量としては不十分といえるがテドやチカカと相談し、船の増産をしてもらい、乗組員の教育をすることで将来的には魚介類を公国民の食料の重要な柱として成長させたいと思っている。


 僕達は、冷凍車に大漁の魚介を詰め込み、意気揚々と村へと引き上げていった。獲れた魚は今日明日中には新村の住民たちの胃袋に収まってしまうだろう。ただ、漁獲高はこれから徐々に増えていくことになるが、物流が未だ整備されてない以上、食べれられるのは新村の住民か、ラエルの住民に限定されてしまうだろう。そのためにも冷凍車の導入が不可欠なのだが、一つ問題点を見つけてしまった。


 それは、牽引する力が物凄く必要だということだ。空車のときは馬一頭でも簡単に運ぶことが出来たのだが、満載にすると一頭ではとても引っ張ることが出来ない。急遽、新村で管理している馬を借り、二頭立てでなんとか引っ張ることが出来た。それでも、道が整備されていればの話で少しの悪路で止まってしまう。つまり、冷凍車を大量に物流に投入すれば、必然的に馬が不足してしまうのだ。ただでさえ、通常の物流に対して公国内の馬をほとんど使われている現状で、新規に馬を掻き集めることは不可能だ。


 なんとか、周囲に馬群がいればいいのだが、僕自身公国を回ってみて発見するに至っていないことを考えると難しいのだろう。そうなると、移動速度は遅いが、力のある牛を使うという手が最も現実的だろうか。牛乳や食肉として飼育することを前提にしていたのだが、どうもうまく話をすすめることが出来ないな。やはり、魔獣の利用を考えるしかないか。魔石か……一度、ハイエルフのリリに相談して催促してみるか。小さい魔石で一頭のフェンリルを魔素のない場所でも生活できるようにさせられるのだ。もっとも、フェンリルはプライドが高いせいで、とても荷車を牽いてくれるとは思えないが。


 僕達は立ち往生しそうな冷凍車を押しながら村に辿り着くことが出来た。すでに夕方になっていたため自警団には解散を告げ、僕達は屋敷へと戻っていった。せっかくの魚があるのだから、夕飯は僕が魚料理を振る舞ってやることにしよう。といっても、刺し身か、塩焼きくらいしか思いつかないけど。僕が、夕飯用となる魚を何匹か冷凍車から引っ張ってから、顔を上げると目の前には漁に参加して面々があからさまに嫌な顔をしていた。


 それもそのはずだ。彼女らは酒の肴にと大量の魚を食べていたので、おそらく見たくもないのだろう。でも、屋敷には魚を楽しみに待っている者もいるのだ。ミヤやマグ姉達の嫌そうな顔は見なかったことにしよう。僕は揚々と屋敷に入った。エリスが子供を抱きながら迎えに出てきてくれた。クイチも子供を抱いて出迎えに来てくれたようだ。子供が子供を抱いている姿はなんとも微笑ましいものだな。


 僕は手に持っている魚を高々と上げ、成果を誇っていた。休みに釣りをしに行ってきた父親の気分だ。エリスは海の魚を生で見るのは初めてだったみたいで、じっと魚を凝視していた。きっと、どうやって料理するかを考えているのだろうな。僕は魚の入ったカゴをもって厨房の方に向かった。そこに魚を並べていると、リードが食堂の方にやってきて、僕におかえりなさい、と笑顔で言ってくれた。なんとなく、ホッとする瞬間だな。


 「そういえば、リードに聞きたいことがあったのだが」


 リードは食堂に向けていた足を止め、こちらに戻ってきた。話を聞いてくれるみたいだ。僕が聞きたいのはゴムの原料となる樹液が出る樹木が魔の森の存在するのかを聞きたかったのだ。おそらくだが、魔の森のなければ、ゴムは今後も手に入れることは出来ないだろう。ただ、リードにゴムという言葉を言っても通じることはなかった。そのため、僕の知っている知識で何とか説明した。そうすると、リードは少し待っていてください、といってその場を離れた。


 僕はリードの態度を見て、大いに期待をしながら手元にある魚を捌き始めた。すると、その音を聞きつけたのか、エリスが小走りでやってきた。僕の捌く姿を見に来たようだ。船上で大量に捌いたおかげで、随分と無駄なく作業を続けることができる。エリスの熱い視線にも屈することもなく、大皿に刺し身を持っていく。とりあえず、ひと皿が完成だ。


 僕は食堂のテーブルに皿を持っていき、すでに始まっていた宴会に彩りを加えたつもりだ。しかし、喜ぶものは皆無だった。ただ、エリスだけが喜んでくれたのだ。しばらくしてから、クイチとオコトが合流して、魚の刺身を喜んで食べてくれた。やっぱり喜んで食べてくれる姿は気持ちがいいものだな。次は焼き魚でも作ってみるか。これなら、ミヤ達も喜んでくれるかも知れない。


 僕が焼き魚の支度をしていると、リードがどこからか戻ってきた。手には黒い塊のようなものを手にして。僕はそれがゴムだとは全く見当も付かなかった。だって、ゴムってもっと薄っぺらいものを想像するだろ。リードから手渡された黒い塊を見て、僕はどうしていいものか思案していた。


 「それが、おそらくロッシュ殿が言っていたものではないかと思いますよ。エルフの里ではそれを家具の緩衝材に使ったりとしている材料ですね。エルフの里でも自生しているほど、珍しいものではないのですが。ロッシュ殿も家具作りでもするのですか?」


 僕が考えているのはゴム製のタイヤだ。ただ、チューブのような精巧なものは難しい。そのため、木の車輪にゴムを巻きつけるだけの簡単なものを僕は想像して、リードに説明した。


 「なるほど。それは面白い考えですね。ゴムというのは緩衝性に優れたものですから、車輪に使えば乗り心地は格段に変わりそうですね。しかし、そうなると一台の馬車だけでも相当な量を使うことになりそうですね。少量を想像していたので、何とかなると思っていたのですが」


 リードは、大漁に手に入れるためには魔の森に自生しているゴムの木を探し出し、採取を続けなければならないと言ってきた。しかも、ゴムの木は密生している場所が少なく、大量のゴムを入手するのは現実的ではないというのだ。そうなると、栽培するしか方法はないだろう。ゴムの木の苗はエルフの里で簡単に手に入ると言うので、エルフの里に出向く用件が一件増えてしまった。


 リードは食堂の方に戻り、刺し身に舌鼓を打ちつつ、食事を楽しんでいた。さて、焼き魚も出来上がってきたな。今回は七輪を使っての調理だ。漁をすると言うので、僕が必要になると思い自作したものだ。それを何台も並べて、焼いていく。魚の脂が焦げ始めて、おそろしく食欲をそそる匂いを放ち始める。これには、ミヤ達も食欲を刺激されたのか、七輪の側までやってきた。焼きあがった魚を皿に盛り、一人一人に配った。小さなレモンを添えて見た。裏庭で栽培しているレモンの木に小さいながらも結実しているのは偶々発見したのだ。


 小さいながらも切ってみるとレモンの存在感をしっかりと出したもので料理にも十分に使えるものだった。焼き魚にレモン。最高の組み合わせではないか。これには、魚に飽きていたミヤ達も自然と箸が進み出す。僕も食べてみたが、久しぶりに忘れていた味が口の中に広がり、つい昔を思い出してしまう様な味だった。


 「旨いな」


 一言、僕はそう呟いてミヤ達と美味しい酒で楽しい夜を過ごした。今日という日は公国にとっては必ず記憶に残る日となろう。遠くない未来に魚介が公国中を新鮮な状態で運び込まれ、皆が刺し身を楽しむその日がやってくるだろう。

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