忍びの里の掟

 僕がハトリとオコトを呼び出すことにした。王国軍の動きが気になるが、公国には今以上の情報を収集する能力はない。斥候も動きを察知できても、その動機を探ることは出来ない。そこで忍びの里を使うことにしたのだ。ゴードンが立ち上がり、私が呼んできましょう、といって執務室を離れたと同時に、執務室の天井の一角がごとっと動き、ハトリが天井裏から降りてきたのだ。


 おお!! まさか、この目で忍者のような動きを見ることが出来るとは。一瞬、感激が全身を巡った。しかし、どう考えてもおかしいよな。ハトリには確認しておかねばなるまい。


 「ハトリ。今までの僕達の話を盗み聞きしていたのか? はっきり言うが、ここでの会話は他人に聞かれたく内容だ。それについて、お前には聞く権利を与えた覚えはにない。分かっているのか?」


 僕はハトリに説教をするつもりで少し凄みながら、迫っていった。それに対して、ハトリはあまり反省もしているような様子もなく、僕に反論してきた。


 「ロッシュ殿は何か勘違いをしているのではないですか? 私がここにいる理由は唯一つ。ロッシュ殿の護衛です。それが長老より与えられた使命なのです。ですから、何時もロッシュ殿から離れることはありません。それに、護衛の任に着いている際に得た情報は絶対に漏らさないのが我が里の掟だ。長老から何も聞いていないのですか?」


 全然、聞いた記憶がないぞ。なんだそれ? 僕はハトリは忍びの里から預かった人質という認識だ。それが護衛役? どうしたものかな。一層のこと、ハトリを忍びの里に追い返してしまうか。例え、忍びの里の掟があろうとも、公国の重要な話を盗み聞きされるのはあまり好ましくない。とりあえず、これから来るオコトに事情を聞いてみるか。場合によっては、里との協力関係を切らなくてはならない。


 どんなに能力が長けている集団だとしても、このような重要なことを説明しないというのは納得できるものではないだろう。僕が考え込んでいると、ゴードンと共にオコトが現れた。なぜ、呼ばれたかは薄々理解しているような様子だった。


 「オコト。僕はお前たちへの認識をどうすべきか悩んでいる。ハトリがここにいるのは、里の命令だと聞かされたが、それは本当のことか?」


 オコトは一切動じること無く、微笑みを絶やさなかった。


 「それが我ら里が生き延びるための手段だと心得ております。ロッシュ殿は、我が里に無くてはならない存在なのです。今はその状況が逼迫していると里で判断したため、護衛を付けさせていただきました。ハトリは未だ若輩のものですが、腕は里でも大人に引けは取らないでしょう。どうぞ、存分に使ってやってください」


 僕が問題としているのはそこではないのだが。


 「そうではないのだ。なにゆえ、護衛の話を僕に相談もなく進めたのかということだ。僕の側にいるということは自然と重要な話を耳にすることもあるだろう。そういう場には信頼を置けるもの以外は望ましくない。そういう意味では、ハトリに対して僕はそこまでの信頼はない」


 「そうですか。ならば、ハトリには自害してもらいましょう。そうすれば、聞いた内容を他に漏らすことはなくなりましょう。護衛については、いらぬ心配をロッシュ殿にさせないための配慮だったつもりですが、それが裏目に出たようです。その償いとして、ハトリの命を捧げましょう」


 どういうことだ。なぜそうなる? 本気なのか? 僕はハトリの方を向くと、急にバタリと倒れ込んだ。口から泡を出し、痙攣を起こしている。毒を飲んだのか? 僕はオコトを方を振り向くと、そこにはいつものような笑顔ではない、冷徹な表情を浮かべるオコトがいた。


 「これが里の掟です。依頼主に疑われたならば、その者の死を持って里の信頼を取り戻すのです。ハトリの飲んだ毒は即効性のもの。屋敷を汚してしまっては申し訳ないですから、私がハトリを里に送りましょう」


 なんという覚悟なのだ。僕はこの者たちのことを何も理解していなかったようだ。僕達とは生きている世界が違う。とりあえず、ハトリに回復魔法をかけなければ。いや、そうではない、毒ならば浄化魔法だ。


 僕はハトリに近づこうとするが、オコトが僕の腕を掴んだ。


 「何をなさるつもりですか? 助けなら無用です。ハトリは自らの潔白を証明するために命を絶とうとしているのです。それの邪魔をなさるのはロッシュ殿でも止めていただきたいです。それが里の掟ですから」


 なんなんだ。その里の掟とやらは。このままでは本当にハトリの命が潰えてしまう。


 「ならば、ハトリの行為を以てお前たちを信頼するとしよう。そうであれば、ハトリの命を奪う必要はあるまい」


 「そうですか。では、ハトリの護衛については了承してくれると理解してもよろしいのでしょうか?」


 僕が、苛立ちながら頷くと、オコトはパッと手を離した。僕はハトリに近づき、浄化魔法をかけた。すると、ハトリの体が淡く光り、毒黒くなっていた顔色が赤みを帯びた色に戻っていった。なんとか、間に合ったようだ。しかし、僕が疑っただけで命を投げ捨てるとは。しかも、まだ子供であるハトリが。里の掟がある限り、僕は彼らを信頼してもいいかも知れないな。僕はオコトの方に顔を向けた。


 「今一度聞きたのだが、切迫している状況というのはどういうことだ? 僕には護衛が必要なほど危険な状況だというのか?」


 「我々も知らされたのはさっきのことなのです。実は、我々のような存在は他にもあるのです。その者たちがロッシュ殿の命を狙っている可能性があると。確証はない情報ですから、ロッシュ殿には話さないまま、護衛を付けさせてもらったのです。申し訳ありませんでした」


 そういうと、オコトは頭を下げ続けた。そんなオコトの姿を見ながら、すべてがオコトの思い通りになっているのではないかと思ってしまった。といっても、忍びの里が公国との関係で利益を得ている以上は僕達を裏切ることはないだろう。僕はそう思うことにした。


 ハトリ、済まなかったな。僕が浄化魔法が使えなかったら、命を落としてしまっていた。僕の放つ言葉で誰かが命を落とす危険性を初めて認識した出来事だった。


 結局、ハトリは僕の護衛として終日付くようになった。といっても、姿を一切現さず、屋内にいる時は必ず天井裏に潜んでいるという徹底ぶりだ。試しに手を叩くと、シュタッと降りてくる。その降り方の素晴らしさは形容し難い。最初のうちは、何度もやってしまったものだ。さすがに五回目になると、ハトリが怒っていたけど。しかし、なるほど、ハトリは優秀かも知れない。僕は護衛に付いている事を知っているので、気配を感じることが出来るのだが、他のもので気づいたのはミヤとシラー、リードだけだったのだ。


 彼女らは戦闘にかけてはおそらくこの世界でも上位に位置する者たちだろう。その者たちに気づかれても仕方ないと思うのだが、ハトリはかなり悔しがっていたな。とりあえず、僕の命を狙っているかも知れない者たちがいないことを祈っておこう。僕には今のところどうすることも出来ないことだからな。


 さて、話は戻して、本題に戻そう。ハトリが生死の境から何とか脱して、眠りについている頃、オコトに忍びの里を動かして王国の内情を探ってもらうことを依頼した。当然、オコトは断ることはなく承知しました、と一言だけ言って部屋を後にした。僕は何をするのだろうと気になったが、すぐに部屋に戻ってきた。


 どうやら、忍びの里に指示を飛ばしたというのだ。とても信じがたいことだが、彼らならやりかねないだろう。今回の一見で忍びの里の恐ろしさを垣間見たような気がした。


 ちなみに、僕らの話し合いが終わり、北方の防備を固めることを軍事における第一目標とすることにし、ライルは再び王国軍を見張ると共に、北方に変があればすぐに駆けつける準備をすることにした。ガムドもグルドのもとに情報を伝えるために出立することにした。僕はゴードンと相談して、北方で砦を築くための物資を集め、届けさせる手配をしてもらうことにした。


 ラエルの街に作る予定のガムド指揮の第三軍の創設を急がねばならなくなったな。その相談もしてしまおう。

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