第一王子来訪と騒動①

 スタシャが屋敷を去ってしばらく経った頃。畑では、村人総出で麦踏みが行われており、今年は、面積が拡大したこともあって時間がかかっているようだ。ただ、今年は雪が少ないようで、作業は滞り無く順調に進んでいた。


 朝食を食べ終わり、執務室にて仕事をしていると、危急の用があると言う者が現れた。その者が言うには、ラエルの街に1000人ほどの軍勢が駐留を始めているという。その者は、最近、レイヤのもとで修行を始めた者で、ラエルの街の資材を村に運搬する途中で、軍勢を発見したそうだ。


 僕は、すぐにゴードンとライルを呼び出すようにエリスに頼んだ。エリスは事の重大性を感じ、すぐに行動に移してくれた。もしかしたら、戦になるかもしれない。そのためにも、薬の用意が必要だ。それに武器も必要となるだろう。マグ姉と鍛冶工房のカーゴも呼び出すことにした。失態だ。こんな近くまで軍勢の接近を許すことになるとは。これを乗り越えられたら……いや、まずは、乗り越えることだけを考えよう。


 ゴードンとライルが、急いでやってきた。先程の者を呼び出し、同じように報告をさせた。二人共、問題の大きさに驚いていた。まずは、情報収集をする必要がある。ライルには、すぐに自警団で斥候をしてもらうことを頼んだ。ゴードンには、戦争に備えて、食料を用意してもらうことにした。


 ラエルの街に駐留した軍は、すぐには動かないだろう。どこの軍勢かはわからないが、こちらに接触をしてくるはずだ。向こうだって、戦争を望んでいないだろうと思う。希望的観測であることは分かっているが、この村の戦力を考えると、こちらが劣勢である以上、攻められれば終わりだ。


 待たせていたマグ姉に、僕の口から状況を説明して、戦争が起きるかもしれないことを告げ、傷薬を大量に作ってもらうことにした。マグ姉は、すぐに行動に移った。しばらくしてから、カーゴがやってきた。


 最近、カーゴの腕はますます上がり、自警団用の武器の製造も始めていた。そのため、武器の在庫は相当あるということだ。それでも、心許ないので、武器の製造を急ぎでやってもらうことにした。それと、武器の在庫を屋敷に運び込んでもらうことにした。工房は、ラエルの街から見れば反対側だ。必要となった時に、間に合わなくなる可能性がある。


 カーゴも屋敷を飛び出すように出ていった。これで現状やれることはやった。あとは、ライルの報告を待つだけだ。ライルの状況次第で、村人を避難もしくは、戦闘に参加してもらう事になるだろう。


 僕は、屋敷で待機することにした。報告は、数時間後には届けられるだろう。ついに、戦争に巻き込まれてしまうのか。エリスは心配した顔で僕の側にずっといてくれた。そのおかげで、僕は落ち着くことが出来た。


 「エリス。ライルからの報告はまだかかるだろう。食事を摂って、待っていよう。すまないが、用意してくれないか」


 エリスは、すぐに食事を用意してくれたので、早い昼食を取ることにした。マグ姉も誘ったが、薬作りが忙しいと断られた。まるで、僕だけ緊張感がないみたいだ。エリスとの食事は無言が続いた。


 「エリス。この戦いは、避けては通れないものだ。遅かれ早かれ訪れたものだ。ただ、もう少し、準備をする時間が欲しかったが、そればかりは仕方がない。僕は、この村を全力で守るよ。せっかく、ここまで発展させることが出来たんだ。たかが1000人程度、なんとかなるさ。だから、エリスは安心してくれ。僕は、必ずエリスのことを守るよ」


 エリスは、頬が赤くなり、小さな声で、はい、と返事をした。ゆっくりと食事をした後に、コーヒーを飲んでいると、自警団の一人が報告に戻ってきた。


 早かったな。あと数時間はかかると思っていたが。


 団員は、川の近くで、軍勢の交渉役と遭遇した。交渉役は、第一王子と名乗る者とマッシュだった。第一王子の真否は不明だが、マッシュは顔がやつれていたものの本人であると確認された。向こうの要求は、食料支援とラエルの街の駐留を許可してもらうこと。という報告がもたらされた。


 やはり、向こうは交渉をしに来たか。1000人の軍勢と言えど、餓えには勝てない。長期戦となれば、不利になるのは食料が少ない方だ。しかし、マッシュとは懐かしい者の名前が出てきたな。去年の冬に、第一王子救援のための軍を出すよう、依頼に来た王国騎士団の青年だ。たしか、救援部隊が王都に到達した際、第一王子を探すため、部隊から離れたと聞いていたが。第一王子が本物だとしたら、合流できたのだな。そうすると、此処の情報を漏らしたのはマッシュということか。第一王子が本物かどうか知っているのは、この村では一人だけだ。


 すぐにマグ姉を呼び出した。忙しそうにしていたマグ姉は呼び出しにすごく不満そうだった。僕は、なだめつつ、報告をかいつまんで説明した。


 「そういうわけだ。第一王子の顔を知っているのはマグ姉しかいない。一緒に来てくれないか。第一王子の真否がわからない以上は、村に入れるわけにはいかないんだ」


 第一王子と聞いたマグ姉は、非常に驚いた顔をしていた。死んだものとばかり思っていたようだ。


 「わかったわ。私なら、間違いなくルドベックの顔を分かるわ。私の弟だからね」


 僕達は、すぐに出発することにした。団員が乗っていた馬に乗り、川に向かった。馬上では、マグ姉は僕にしっかりと抱きついていた。こんなに密着する必要はないんだけどな。すごくいい匂いがする。気持ちをそらすために、第一王子について聞くことにした。


 「ルドベックは、私と同じ歳の18歳よ。私とルドベックは双子の兄弟なの。私が姉で、ルドベックが弟よ。だから、ロッシュとは従兄弟になるのよ。見た目は、私と似ていると思うわ。嫌だけどね」


 思いがけない情報だった。僕に、もう一人親族がいるかもしれないのか。


 僕達が川に近づくと、自警団が見えてきた。そこには、自警団とは違う者が二人いた。第一王子とマッシュか……。僕達は馬から降りると、マグ姉が第一王子に向かって走り出し、抱きついた。あの反応を見る限りでは、彼は本物の第一王子らしいな。急に、第一王子は泣き出し始め、気持ちがいいほど号泣していた。僕は、彼が泣き止むのを待つことにした。第一王子は落ち着いたらしく、居住まいを正し、僕と対峙した。


 「……ロッシュなのか?」


 僕の名前を知っているのか? マグ姉を見ると、少し笑っている。そうか、僕は第一王子と幼少期に会っているのか。それにしても、なぜ、僕は覚えていないのだろうか?


 「知っての通り、僕はロッシュだ。村長をやっている。まずは、この村にいる際は身の安全は保証しよう。兵がラエルの街に駐留していることも承知した。食料支援についても、すでに準備を始めているから安心してほしい。貴方の要望はすべて応えよう。ここでは話が出来ないので、屋敷に来てもらおうか」


 第一王子は、驚いた表情をしていた。僕としては、戦争だけは回避したかった。第一王子の様子から察するに相当の餓えを経験しているはず。このまま、餓えを放置すれば、第一王子の判断無く兵は行動に移すかもしれない。第一王子には、最大限の便宜をするほうがいいだろう。食料支援の食料は、ゴードンに頼んである食料を融通すればいいだろう。


 「私のことはルドベック……ルドと呼んでくれ。ロッシュとは従兄弟に当たる。気安く呼んでくれると嬉しい。それと、私の申し出を受けてくれて感謝するぞ」


 僕達は屋敷に戻ることにした。自警団には、ラエルの街の情報収集を密にするようにだけ伝えた。あとは、ライルがうまくやってくれるだろう。マグ姉とルドは、仲良く話をしている。久しぶりに再会したのだ。積もる話もあるだろう。時々、ルドのビックリした声が上がっていたが……。



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