ラエルの街 前編

 長雨が続き、去年より多くの雨が降っていた。僕は、堤防の状態が気になったので、小雨になったのを見計らって、ゴードンと共に様子を見に行った。川の水嵩は、普段より高かったが、堤防は決壊する様子もなかった。僕はホッとし、水田の方に目を向けると、青々として元気に育っていた。僕は、気分を良くして屋敷に戻った。


 屋敷に戻ると、エリスがタオルを持って、僕に駆け寄ってきた。僕が、頭を拭いていると、ライルが来訪している事をエリスから告げられた。ライルが来る時は、大体緊急性の高い事が起こったときだ。もう少し、遊びに来てくれたらいいんだけど。本当にライルは真面目だ。君臣のけじめってやつをやたらと大事にしたがるからな。まぁ、こればかりは無理に言っても仕方ないことだけどね。


 僕は、応接間に向かった。ライルだけの場合は、居間で済ますことが多い。ということは、ライルだけじゃないってことか。僕が応接間に入ると、そこには、ライルと土下座する三人の亜人がいた。僕は、ライルに事情を説明するように促すと、軽く頷き、説明を始めた。


 「村長さん。今日は緊急性が高いと思って、断りもなく訪問させてもらった。実は、この三人は村外から来たみたいだ。ラエルの街出身のようだ」


 ラエルの街? ロッシュの記憶を引き出すと、ラエルの街はイルス領の商業都市だ。西に行けば王都、北に行けば隣の領の領都、東に行けばイルス領都に行ける要衝にラエルの街がある。物資が大量に行き来するため、物資の集積地として機能しており、倉庫街もあるほどだ。物資だけなく、人の行き来も盛んで、宿場としても大いに栄えている。食堂や宿屋、売春宿などが軒を連ね、大いに賑わっている。商人も多く、領都に物資を大量に運び入れてくれる。かつてのイルス領にとって、重要な街であった。


 「村長さん、続けてもいいかい? この三人は、街の窮状を伝えにやってきたんだ。どこもかしこも食糧難で、ラエルの街でもその例外じゃなかったみたいだ。この村同様に、多くの人間が出ていったみたいだな。残ったのは、子供に亜人、年寄り連中ばかりだ。ほんと、やることはどこも一緒だな。そんなことがあっても、何とかなっていたみたいだけど、この長雨で洪水と病気が同時に発生してしまって、死の街と化してしまったみたいなんだ。あとの詳しい話は譲ちゃんたちから聞くといいぜ」


 ライルは、話を土下座している亜人に振った。振られた亜人は、恐縮しているのか、頭をあげようとしない。これでは話が出来ないな。僕は、三人の亜人に頭を上げ、ソファーに座るように促した。なかなか、座ろうとしない三人に業を煮やした僕は、命令口調で座らせた。三人は萎縮しながらもようやく座ってくれた。


 「ライルからの話で大体分かったつもりだ。この村も同じような状況だったからな。まずは君たちの口から、僕に何をしてほしいか言って欲しい。そこから話をしよう」


 三人の亜人のうち、一人が重い口を開けた。


 「お会いしていただいて、ありがとうございます。私達の窮状は、説明してもらったとおりです。私達の目的は、マーガレットさんとマリーヌさんという方を探すことでした。街で流行っている病気を治すためにはマーガレットさんの作った薬草がどうしても必要なのです。でも、先程、回復魔法が使える方がいらっしゃると聞いて、その方を紹介して頂けるように頼んだのです」


 マグ姉とマリーヌの名前が出てきたぞ。どうしてだ? すると、ライルが答えた。


 「村長さん。オレが、マーガレット姫とマリーヌを見つけたのが、ラエルの街だったんだ。おそらく、その街に滞在していたんだろう」


 なるほどな。繋がってきたぞ。薬草で路銀を稼いでいたという話はこういうことだったのか。僕は、エリスにすぐにマグ姉を呼ぶように頼んだ。しばらく経つと、畑にいたマグ姉が手を拭いながらやってきた。


 「ロッシュ。どうしたの? 急に呼び出して。あら、この人たちは? 」


 マーガレットと紹介されると三人の亜人は涙を流し、突っ伏してしまった。なかなか泣き止まないな。


 「マーガレットさん。探していました!! まさか、ここで会うことが出来るとは、思いもしませんでした。街が病気で死にそうなのです。どうか、薬草を分けてください!! お願いします!! 」


 最初、困惑していたマグ姉も、三人の亜人がラエルの街から来たことを知ると、合点がいったようで、すぐに、大丈夫ですよ、と優しく声をかけた。


 「ここには、私の薬草より遥かに効果の高い回復魔法を使える方がいらっしゃいます。そのお方がきっと、あなた達を救ってくれるでしょう。それに、ラエルの街の民をその方が見過ごすはずもないでしょうしね」


 マグ姉は、ちらっと僕の方を見て、軽く笑った。わざと臭いよな。でも、マグ姉の言うように、同じイルス領の民だ。救ってやらなければならないだろう。


 「カイと言ったか。君らの願いは聞き届けよう。すぐにラエルの街に赴くことにしよう」


 僕は、ライルにすぐにラエルの街に向かうための馬車を用意する指示を出し、マグ姉にはありったけの薬草を用意するように指示を出し、エリスとココには治療に使う道具類を用意するように指示した。


 僕は、三人からもう少しラエルの街の情報を聞き出すことにした。街に残っている人数は、約500人で、亜人が7割、子供2割、老人1割という感じだ。商業都市だけあって、荷の積み下ろしが多いため、力の強い熊系の亜人が多いみたいだ。街の人たちが一斉に離れていった時、食堂を経営するラーナおばさんという人間は残り、残った人たちに食事を提供していたことから、徐々にその人が、皆のリーダー的存在になっていったらしい。今回の三人の亜人が村に向かわせたのも、ラーナおばさんの命令だったみたいだ。

 農業は昔盛んだったそうで、一度、完全に衰退してしまったが、なんとか立ち直して、最近では、街の皆を食べさせるだけの食料を生産できるようになっていた。ここでも、ラーナおばさんが皆を励まして、奮い立たせたようだ。しかし、長雨で、農地が水没し、使い物にならなくなってしまった。さらに、立て続けに、疫病が蔓延してしまったみたいだ。話を聞く限りだと、かなり、悲惨な状況だろう。


 マグ姉とマリーヌは一時期、街に滞在していて、そのとき、マグ姉の薬草で助かった人がいたようだ。その薬草が今、必要とされている。マグ姉の薬草の技術はやはり本物なんだな。


 ラエルの街においては、ラーナおばさんという人が重要人物みたいだな。そんな人が村にいると助かるんだが。しかも、食堂を経営しているのか……この村には食堂がないな。


 まだ準備に時間がかかるだろう。三人の亜人は見た感じ、かなりの疲労を負っている様子だったので、エリスに食事を用意させ、寝場所を作らせた。少し休めば、大丈夫だろう。特に、魔獣に怪我を負わされた少女の疲労の具合が大きい。


 準備には一日を要した。次の日の早朝、僕、エリス、ライル、マグ姉、マリーヌの五人と三人の亜人、自警団の者たちでラエルの街に向かった。馬車を引きながらだったため時間はかかったが、八時間程度で到着した。郊外を通り過ぎる際、外をのぞくと、僕は畑の惨状に絶句した。農地は完全に荒れ果て、人影はなかった。馬車はゆっくりと進み、目的の食堂に到着した。



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