二人の貴族令嬢

 マッシュとの間で話が、大体まとまった。あとは、ゴードンとライルとの相談が必要となる。まだ本調子とは程遠いマッシュの事は、ココに任せ、僕は居間に向かった。すでに、ゴードンは待機していた。ゴードンも気が気でなかったのだろう、急いできた形跡があった。僕は、ゴードンに挨拶をした後、エリスに、急いでライルを呼ぶように頼んだ。豪雪の中、申し訳ないな、エリス。


 ライルが到着する前に、ゴードンに、マッシュがこの村に来た経緯を説明した。ゴードンも、どう判断してよいか分からず、僕の話を聞くだけに終始していた。エリスが呼びに行ったのだから、そろそろ、ライルが到着する頃だろう。僕らの話が大方終わった時にライルが来た。ライルには、ゴードンが僕が話した内容を説明をしていた。僕はそれに少し補足する程度で済んだ。ライルもゴードン同様、判断に困っていた。ただ、それは僕を信じているからだったようだ。


 「村長さんが命じるなら、オレはどこにだって行くぜ」


 ライルは、相変わらず、頼もしい事を言ってくれる。しかし、今回は魔の森のような魔獣相手ではなくて、人間相手に戦にしなければならない事も想定しなければならない。相手の戦力や状況がわからないため、少しでも危険を少なくする方法を考えなければならない。もちろん、僕は、その辺りは全く詳しくないので、ライルに作戦の立案はお願いするつもりだ。


 王都までは、徒歩で一ヶ月位の距離だが。馬ならば、もう少し早く到着できるだろう。マッシュの考えでは、マッシュがこの村に着いた時点である程度勝敗は決まっているだろうということだ。そうすると、ライルを派遣しても戦争に巻き込まれる可能性はかなり低くなっているだろう。不意な遭遇戦にだけ注力していれば、被害も最小限にすることが出来る。ライルの主任務は、偵察を重視し、なるべく敵に遭遇しないことと、撤退をしているであろう第一王子一派の軍と合流し、彼らを救助することである。この村まで避難することが出来れば、敵もすぐには手出しできないだろう。


 ただ、万が一、第一王子一派が戦を継続していた場合も考えられる。その場合は、即時に撤退するように指示をした。劣勢な軍勢にライル達が加わったところで、焼け石に水、状況が好転するとは思えない。この自警団の派遣で、誰一人とて欠けることは許されないのだ。それは、村の発展途中でのライル達の損失は計り知れず、派遣を決定した僕の求心力も大きく低下する事態を招くだろう。


 今回の作戦について、ライルにも徹底させ、ライル率いる自警団33名に、大量の食料と馬車を数台用意し、マッシュを案内役として、出発させた。この豪雪の中、自警団は一塊になって、ぞろぞろと出発した。豪雪の中では、馬は使えず、自警団員は馬を引いていった。王都まで約二週間程度で着くだろうと予想していたので、帰還は一ヶ月先になるだろう。


 「ロッシュ村長……この度の判断は、心中お辛かったでしょう。私が、相談に乗れればよかったのですが、申し訳ありませんでした」


 ゴードンは本当に申し訳ないような顔をしていた。僕だって、判断に苦しんだ。正直言って、第一王子殿下よりライル達の方が重要だ。辺境伯として使命であり、出来れば、王家の人間を救ってやりたいと思っているに過ぎない。ゴードンからすれば、いや、村人全員がこの派遣に対して、疑問を持つだろう。だが、目の前に救えるかもしれない人の命があると思うと、見捨てることは僕には出来なかった。ライル達が出発してしまった以上、僕は、ゴードンを慰め、僕はライルと自警団団員たちの安全を祈ることしか出来なかった。


 一ヶ月後……


 雪の勢いが弱くなり、春の訪れを感じ始めた頃、村が騒然となった。ライル達が戻ってきたのだ。皆、疲れ切った表情であったが、全員怪我もなく無事であることが分かって、僕はほっと胸をなでおろした。しかし、ライル達以外の人たちが見受けられないところを見ると、第一王子の軍とは合流することは出来なかったか。


 「ライル、よく無事で戻ってきてくれた。そして、皆もよく無事で」


 皆、疲れた顔だったが、笑みを浮かべていた。

 

 「村長さん。今帰ったぜ。結果だけ報告させてもらうぜ。オレ達は王都のすぐそばまで、近づくことに成功したが、そのときはすでに戦争が終わっていた。戦争をした形跡があちらこちらで見られたからは、それは間違いないと思う。王都内に斥候を出したが、王城は完全に公爵のものになっていたぜ。だけど、王都は酷いもんだ。あそこには王都と名ばかりの廃墟が広がってたぜ。第一王子の軍は、見る影もなかったな。オレ達は、撤収すると決めると、マッシュは第一王子を探すため、離脱していった」


 王都が廃墟と化すような戦だったのか、それとも最初から廃墟だったのか、それは分からないが、戦場跡地はきっと、見るに絶えない光景も広がっていただろうな。マッシュは、やはり、第一王子が心配で離脱してしまったか。彼の上司は第一王子だ。それも無理はないだろう。僕はさらに、報告してほしかったが、彼らの疲労を考えると後日にしたほうがいいと判断し、解散を命じた。


 ライルが僕の解散命令に待ったをかけてきた。まだ報告すべき内容があったようだ。


 「ちょっと、待ってくれ、村長さん。まだ、報告しなければならないことがあるんだ。第一王子の救助は出来なかったが、少しでも情報を集めるために、この村に戻る途中、町や村で情報収集をしていたんだ。結局、有力な情報は得られなかったが、重要な人物を発見したんだ。その人は、自らを第二王女と名乗る女で、王家の紋章の入った短剣を持っていたんで、一応、保護してきましたぜ」


 第二王女? マッシュの話には出てこなかったな。とりあえず、会わねば何も判断が出来ない。ライルは、第二王女が乗っている場所の方に僕を案内した。僕は、第二王女が本物であった場合を想定して、身だしなみを軽く整え、馬車の中の者に話しかけた。すると、馬車の中から二人の女性が降りてきた。二人の女性は、貴族が着るような服ではなく、村人が着るような質素な服装だった。しかし、この二人からは何か、中から滲み出すような高貴さに覆われているような感じがした。


 それに、一人の肩くらいの長さに切られた金髪に、金の目をした女性からは何か懐かしさのようなものを感じた。なんだろう? 僕は、違和感を抱いたが、気持ちを切り替えて、王家の紋章の入った短剣を見せるようにお願いをすると、金髪の女性が、くたびれた鞄から不釣り合いの短剣を取り出し、僕に差し出した。

 

 僕は、それを確認するために、短剣に手にとり、紋章を確認した。確かに王家の紋章だ。とすると、この女性は王家の者で間違いないな。すると、女性に腕を掴まれた。結構、力が強いぞ。すると、女性が話しかけてきた。


 「お久しぶりですね。ロッシュ。覚えていますか? 」


 お久しぶり? どこかであったことが会ったか? 女性の顔をじっと見たが、全然、思い出せなかった。こんな美人なら忘れるわけないんだけど……


 「ふっふっふっ。無理もありませんね。私が7歳で、ロッシュが、たしか……3歳だったと思いますから。まだ、叔母様に抱っこしされてましたものね」


 よく分からないな。女性の言う叔母様っていうのは、母上のことだろうか?


 「あら? まだ、分かってないのかしら。ロッシュの母親は、私の母の妹に当たるのです。ですから、私とロッシュは従兄弟にあたるんですよ」


 こんな美人なお姉さんが、従兄弟? 親戚のお姉さんか……なんか、いい響き。でも、なるほど。どこか、懐かしさを感じたのは、すこし、このお姉さんが、母上の面影に似ていたからだ。僕は、少し切ない気持ちになった。


 「ごめん。僕、全然、覚えていなくて……名前とかもわからないんだ。でも、君が王家に連なるものであることはよく分かった。今はそれで十分だろう。」


 「そうなの……私は、マーガレットよ。もう、王家も王国も何もかも終わってしまったわ。だから、ただのマーガレットとして接してほしいの。それに、あなたの従兄弟。それだけよ」


 なんだか、マーガレットお姉ちゃんは、悲しそうな顔をした気がした。自分でも言っていたが、王家が無くなったことを簡単には受け入れられないよね。ところで、さっきから、気になっていたが、もう一人の女性は、一体誰だ。側付きか何かか? それにしては、高貴で、すごく美人だが。マーガレットお姉ちゃんは、柔らかい感じだけど、このお姉ちゃんはどこか、冷たい感じがした。紫色のウェーブのかかった長い髪に、紫色の瞳が、僕の方をずっと見つめていた。


 「挨拶が遅れましたが、私は、マリーヌ。『元』侯爵家の娘よ。簡単に言うけど、無実の罪で牢獄に幽閉されていたところを、マグに助けてもらい、それからは、一緒に旅をしていたところを助けていただきましたのよ」


 物凄く、簡単だったな。やはり、なにか冷たさを感じる言い方だ。それにしても、無実の罪で牢獄に幽閉って……こんなに若いのに、どんな修羅場を経験してきたんだ?……マグって、マーガレットお姉ちゃんの愛称ってことだよね? 愛称で呼ぶんだから、二人は相当仲がいいと見ていいんだよな。


 「とりあえず、今聞いておきたいんだけど……これから、お姉ちゃんたちはどうするつもりかな? 」


 「私達に行く宛はないわ。この村に滞在させてもらいたいわ」


 ただの確認だったので、僕は笑顔になり、ようこそ、とわざとらしく声を掛けた。しかし、その言葉に、安心したのか、お姉ちゃんたちが泣き崩れてしまった。そんなに、旅が辛かったのだろうか? 僕は泣き止むのを待った。


 ライルたちには、労いの言葉を掛け、エールの酒樽を配ることを約束すると、自警団のみんなが大喜びし、歌を歌いながら引き上げていった。あとで、ルドットに配達を頼んでおくか。僕は、お姉ちゃんたちを屋敷へと連れて行った。 

 

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