真冬の来客

 エルフの森から戻ってきてから、エルフの家具を調べているが、普通の家具にしか見えない。しかし、食器棚に汚れた食器を入れれば、きれいになるし、タンスに服を入れると、汚れが取れ、シワまでしっかり伸ばされている。ものすごく便利だ。エリスやココは大喜びし大変重宝していた。この家具は、一度使ったら離れられないだろう。エルフが去ってからの魔界の混乱を考えるに容易いだろう。


 外は豪雪に見舞われ、歩くことも困難になってきている。数メートル先しか見えず、腰まで雪が積もっている。外にも出れず、家具のおかげで家事も楽になってしまった、エリスやココは暇を持て余していた。ミヤは最近姿を見せないことが多くなってきていた。どうやら、ミヤは、せっせと魔力糸を作っていたようだ。冬の間、ずっと作っているから、相当な量が出来上がっているだろうな。


 ミヤに、もういいんじゃない? って言ったら、暇だからと作るのを止めない。早く服が作れる人を見つけないとな。大変なことになりそうだ。しかし、素人目からしても、ミヤの魔力糸は上質なのが分かるな。手触りといい、艶といい、絹のような感じだから、服にしたら、素晴らしいものが出来るだろう。


 エリスやココの暇つぶしに何か、娯楽がないか、考えていたら……ゴードンが駆け込んできた。肩に雪がつもり、息を切らせている。相当、急いできたようだ。エリスに、ゴードンの体を拭くタオルを用意するように頼み、ゴードンには暖が取れる場所に誘導した。


 「ロッシュ村長。急な来訪で、申し訳ありません。緊急の用件で参りました。村の外から、人が来たのです。その者は、息絶え絶えの様子でこちらに何かを伝えようとしているのですが、要領を得ません。このまま、放っておけば命が絶えてしまうでしょう。その者の扱いについて、ロッシュ村長に確認しに参りました」


 分からないこともたくさんあったが、命の危険が迫っている人間を助けないわけにはいかない。僕は治療を行う旨をゴードンに伝え、すぐに出掛けられるように、エリスに準備を頼んだ。しかし、ゴードンは出掛ける素振りを見せなかった。


 「ロッシュ村長。一刻も争う事態ゆえ、まもなく屋敷に到着するように手配してあります。許可も取らずに申し訳ありません。どうも、その者は、王都から来たようなのです。洋服に王家騎士団の紋章が縫われておりました」


 なぜ、それを先に言わない!! 王家か……この世界に来て、初めて聞いたな。王家は、なくなっているものだと思っていたが、その残党か? エリスには、出掛ける準備を止めさせ、患者を受け入れる準備をしてもらった。とにかく、部屋を温めておこう。それと、お湯も必要だな。ココに頼もう。彼女には、看護師見習いとして、今後、働いてもらいたいからな。


 しばらくすると、患者を乗せた担架を担いだ数人の村人が屋敷にやってきた。なるほど、息絶え絶えの状態だ。見る限り、顔や手足にひどい凍傷がある。この豪雪の中を無理してやってきたのだろう。


 僕は、ココに患者の服を脱がせようとしたが、服が皮膚とくっついてしまい、脱がすことが無理なようだ。このままやるか……まずは、手足を治療し、徐々に体の中心に向かって、回復魔法を掛けていった。結構な魔力を消費したが、完治することが出来たと思う。患者の息も安定してきた。


 僕は、空いている部屋のベッドに患者を寝かせつけ、ココに看病するように指示をした。ゴードンと村人は、治療が終わるや、屋敷を後にしていた。ゴードンには、患者の意識が戻ったら呼ぶとを伝えておいた。


 数日経った時、患者が目を覚ましたと、ココが伝えてきた。僕は、エリスにすぐにゴードンに来るように、頼み、僕は患者の下に行った。


 改めて、患者を見ると、年は若く、茶色の短髪、茶色の瞳、ぼーーっとした顔をしていた。今の状況を判断できずにいる様子だ。


 「目が覚めたか。僕は、君を治療した者だ。自分の名前が分かるか? 」

 「こ……ここは、イリス領ではないのですか? 」


 この人は、ここを目的に来たようだな? 目的もわからないのに、僕の身分を正直に話すのはためらわれるな。もしかしたら、とんでもないトラブルがあるかもしれない。


 「待て。まずは、君は何者だ? 私は君を治療した者として、君の事を知らねばならない」

 「これは、失礼をしました。私は旅の道中、手も足も凍傷で動かなくなっていたのですが……これを治してしまうとは、相当の腕と見受けます。さぞかしご高名な治療士とお見受けいたします。とはいえ、まずは、感謝を。ありがとうございます。私は、王都騎士団のマッシュと申します。王都の政変について、イリス辺境伯様に、お頼みがあって旅をしておりました。もう一度、確認したいのですが、ここは、イリス領ではないのですか? 」


 やはり、この人は王都騎士団だったのか。しかし、王都の政変か。一応、僕は、辺境伯という肩書がある以上、無関係とはいかないよな。話だけでも聞いておくか……


 「僕が、辺境伯だ。父上が亡くなり、私が跡を継いだ。ここは、私の屋敷だ。何の用で参ったのだ? 」

 すると、マッシュがベッドから転がり落ち、土下座をしていた。


 「辺境伯とは知らず、ご無礼をいたしました!……第一王子殿下が興した軍に協力していただきたい旨を各地の諸侯に檄文を発しました。私は、辺境伯様のもとに伝令するように命じられました。これが、その手紙にございます」


 助けね……ちょっと、嫌な感じがするな。もっと、詳細を聞きたいな。僕は手紙を受け取った後、開きもせずに、マッシュに状況説明をするように促した。


 「はっ!! 王都は、王不在の今、王弟である公爵が、第四王子を擁立して、完全に掌握しており、第一王子一派の粛清を始めたのです。その中には、第二王子、第三王子も含まれております。そのため、第一王子が、諸侯を集め、徹底抗戦を主張したのです。しかし、公爵は、優秀な兵を有しており、王都騎士団の殆ども、公爵に味方をしました。一方、第一王子派は、戦争にもいけない子供や訓練がままならない者ばかり、初戦より勝ち目がありませんでした。そのため、第一王子は、各地に伝令を発したというわけです」


 公爵がクーデターを起こしたということか。話を聞いていて、違和感を覚えた。第一王子という表現だ。王太子ではないのか?


 「王は後継者を決めておりませんでした。そのため、公爵が王の指名をでっち上げ、周囲の反対も少なく、第四王子がを擁立することが出来たのだと思います」


 「第二、第三王子は、第一王子に協力的なのか? 」


 「それについては、私は分かりませんが、協力的なように見えましたが……私の口からは申し上げれることはありません。要領を得ず、申し訳ありません」


 なるほどな。マッシュが王都を発ってから、どれくらい経つだろうか。話を聞く限りでは、第一王子には勝ち目はなさそうだな。それに、村には王都に遠征するほどの兵はない。精々、ライルの自警団ぐらいなものだが……


 「まず、言っておこう。君もこの村を見たから気付いてはいると思うが、兵を起こすほどの力は、この村にはない。この村には、500人程度しか暮らしておらず、今や食べるのだけで、精一杯なのだ。すまんが、協力してやれることはない」


 マッシュは一気に落ち込んでしまった。それもそうだろう。寒風吹き荒れる中、強行軍で来たのだ。成果もなければ、落ち込むというもの。僕は、先程もらった手紙を開き、中を見た。文章は簡潔だった。軍を送ってくれたら、褒美に領土を与えると書いてあった。


 これに喜んで、兵を出すものがいるのだろうか? クーデター軍に勝利しても、王位継承権の持つ兄弟は他にいるのだ。領土をもらえる保証もないのに、自兵を損なうような選択をする領主はいないだろう。村でも、そのような戦争に村民を送ることは出来ない。しかし、形骸化したとは言え、イリス領も王国の一領土。それに、このような状況にも拘わらず、国に混乱をもたらす公爵に憤りを感じる。僕は、第一王子を何とか救えないかと考えた。


 「マッシュの私見で構わないが、今も、第一王子は持ちこたえていると思うか? 」


 マッシュは、悩み、言いにくそうに、重い口を開いた。


 「おそらく、辺境伯様以外の諸侯の援軍は難しいでしょう。イリス領と同様、どの諸侯も同じような状況で、自領を抑えておくだけで手が一杯で、援軍を送れるとは思えません。そう考えると……十中八九、第一王子殿下の軍は敗戦、もしくは撤退を余儀なくされるでしょう」


 「正直に言ってもらって、助かった。言いにくいことであったな。しかし、私も君と同意見だ。君からの情報から考えて、第一王子が勝つことは難しいだろう。私としては、援軍は出せないが、救援部隊を編成して、王都に出すことぐらいなら出来るだろう。運が良ければ、第一王子殿下を救出できるかもしれない。それでも構わないか」


 諦めていたマッシュが、僕の言葉を聞いて、涙を流した。


 「どうか……どうか、よろしくお願いします」



 

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