父上の帰還とテンサイ糖
ライルがこの村に来てから、しばらく経ったころ、ライルが屋敷を訪ねてきた。
「村長さん、お邪魔するぜ。今日は、ちょっと頼みがあってきたんだ。お前さんにも関わることだが……」
「ライル。生活には慣れたか? 気になることを言うもんだな。話を聞こう」
「皆には世話になっている。部下たちもすんなり溶け込めたよ。亜人がこんなに快適に暮らせるなんて、信じられねぇな。やっぱり、イルス隊長の息子さんだよ。さて、頼みってのは、イルス隊長の遺骨をこっちに移してもらえないか? 」
「父上の遺骨? あるんだったら、もちろんそうさせてもらいたいが。一体、どこに? 」
「おいおい、落ち着けよ。場所は、俺達が会ったあの採掘場だよ。あそこは、イルス隊長が亡くなった場所なんだよ。イルス隊長と共に、あそこまで逃げ延びてきたが、隊長はあそこで息絶えたんだ。自分の領土の近くで亡くなるなんて、無念だったろうよ」
ライルが泣くのを我慢している。父上は相当慕われていたんだろうな。
「よくぞ教えてくれた。そこにすぐに向かおう。自警団を動かしてもらえないか? 」
「ああ。ありがとうよ。イルス隊長も故郷に戻れて、うれしいだろうよ。あいつらも喜ぶぜ」
すぐに、出発することになった。エリスには、経緯の説明としばらく留守にすることをゴードンに伝言するように頼んだ。
僕は馬上の人になった。といっても、乗れないから、ライルの背中にひっついているけど……採掘場までの道を魔法で整備しながら進むことにした。どうせ森の中じゃあ、馬は走れないからね。
20キロメートルの道を作るのは、時間のかかることだった。魔法は一瞬なんだけど、休憩時間を多く必要とした。その間に自警団の連中は、獣を狩ったりして時間を潰していた。
三日間かけて、鉄の採掘場にたどり着いた。
「村長さん、あっちだ。イルス隊長が眠っているのは……。付いてきてくれ」
僕は、ライルについて行った。採掘場の洞窟から少し離れたところに、古ぼけた膝くらいの高さの石が設置してあった。これはきっと墓なのだろう。この下に父上が……。僕は、手を合わせ、父上に今までの報告をした。そして、これから共に故郷に帰ることを……
早速、掘り出し、父上の遺骨を回収した。埋葬時に、遺骨を小さい木箱に収めてくれたおかげで、回収は容易に済んだ。皆が待っている。早く帰ろう……帰る準備を指示すると……
「村長さん。すまねぇが、オレらがアジトとして使っていた場所に来てくれねぇか? 荷物を取りに行きたいんだ。あの時は、着の身着のままで村に行っちまったからな」
もちろん、僕は賛成した。アジトって言葉がすごく魅力的に聞こえた。どんなんだろう!
ライル達に従ってついていくと、掘っ立て小屋が何軒も建っていた。各々が自分の家に向かって、荷物を取りに行った。僕は、なんとなくアジト感がないな、ってショックを受け、興味をなくしたので、周りを見て回った。気になったのは、結構、畑があることだ。35人も食べていくんだから、これくらいは必要か。植えてあるのは、大体、村にあるものだな……ん? これは……ん? んん? 甜菜じゃないか?
ライルを呼び出し、甜菜について聞いてみた。どうやら、父上が入手したものらしい。父上は、一体、何者なんだ? 甜菜は、一般的には生食に向かない。食らべれなくはないが、とにかく泥臭い。しかし、ある方法を使うと、大きく化ける野菜なのだ。
村に、確実に不足しているあれが……。
畑にあるのは、まだ収穫期前だ。十分に肥大していない。全部、種用にするとしよう。冬になる前に取りに来ればいいだろう。ライルに聞くと、備蓄があるとのこと。収穫はしたけど、食べれないため、保管しておいたらしい。それが、父上の命令だったみたい。すべて、持ち帰ることにした。
僕達は、村へ帰路についた。帰りは、整備した道のおかげで、3時間で着いた。これなら、人の足でも6時間もあれば着くだろう。鉄鉱石の運搬を考えると、運搬用の動物がやっぱり欲しい。
屋敷に着くと、ゴードンが待っていた
「ロッシュ村長!! 心配しましたぞ。エリスの報告を聞きましたが、それでも心配で……ご無事で何よりです。それで首尾はいかがだったでしょう? 」
ゴードンのすごい剣幕に怯んでしまったが、その言葉を聞いて、胸が熱くなった。ゴードンはまるで父上のようだな。
「無事、父上の遺骨を持ってきた。適切な時期に、葬儀を行う故、村人に通知して欲しい。無理強いはするな。来たい者だけで良い。来なくても、不利に取り扱うことはないと付け加えておいてくれ。それと、レイヤに父上の墓を作るように伝えておいてくれ。僕は、その辺は疎い故、ゴードン、知恵を貸してもらいたい」
「もちろんでございます。ゴードン、ロッシュ村長のためにいくらでも知恵を貸しますぞ」
ゴードンは、村人にすぐに伝えるために、屋敷を後にした。
残ったのは、エリスだけとなった。エリスも僕を心配していたようだ。帰ってきたことを、素直に喜んでくれた。
「エリス、すごいお土産があるんだ。といっても、これから作るんだけど……ココは、今は畑か? 一段落したら、来るように伝えておいてくれ」
エリスが、キョトンとした顔をしたが……何のことかわからず、首を傾げている。しかし、すぐに小さく頷いた。
僕は、先程収穫した甜菜を取り出した。甜菜の肥大した根っこを細かく切って、茹でて、煮汁だけを取り出した。この残りカスは、家畜の餌に……って家畜、いないや。煮汁を舐めてみると……少し甘いな……。これを煮詰めるだけだが……魔法でやってしまおう。水魔法で、水のみを取り出すと、ちょっと色づいた粉が出来た。舐めてみると……甘い。これが、テンサイ糖だ。今の技術ではこれが限界だな。もう少し、精製の精度を上げたいところだが……これで、今は十分だろう。
てんさい糖を角砂糖に加工して……エリスとココを呼んだ。前もって、エリスにコーヒーを持ってくるように伝えておいた。
食卓を囲んで、コーヒを各々の前に置いた。真っ先にココが反応した。
「ココ、このコーヒーって……まずくて、きらいだよ。飲まなくちゃいけないの? 」
「飲まなければならないでしょうか? ロッシュ様……でしょ! 」
エリスがココに言葉遣いを教えている。どうも、覚えが悪いようだ。まだ、8歳だからな。僕は、エリスを制止し、気にしないように、と伝えた。
「まぁ、飲んでみてくれ。僕がこのコーヒーに魔法を掛けたからさ」
ココがちょっと嫌そうな顔をしながら、一口飲むと、目を見開いた。
「甘いよ! すごく甘い! ココ、このコーヒーなら好き! 」
ココがすごく上機嫌になった。上々の成果だ。ココの変貌ぶりにびっくりしたエリスが続けて口にすると……
「これ、砂糖ですか? 」
ほお、エリスは砂糖を知っていたか……
「違うよ。これは甜菜から取れたテンサイ糖っていうやつだ。十分に甘いだろ? これを、この村で作ろうと思うんだ。まだ、少量しか作れないから、二人にしか振る舞えなかったけど……今度、父上の葬儀の際に皆に振る舞おうと思うんだ。なにか、いい案があれば教えて欲しい」
「テンサイ糖というんですか……こんな甘いものが砂糖以外で存在するなんて……ロッシュ様は本当に物知りなのですね。考えておきます。皆がびっくりするようなものを……」
また、村に貴重な食料が手に入った。来年の作付け計画を見直さないとな。計画づくりは、本当に億劫だが、こういうのだったら、楽しく出来るんだよな。
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