第九話 Are You Ready?

 選手宣誓により幕を開けた体育祭。午前中は個人種目、昼休憩を挟んで午後から団体戦という流れが桜音学園うちの伝統だ。そんな訳で着々と競技は進行していった。


「はぁーい、それでは続いての競技に参りましょう!一年生によるパン食い競走です!選手入場ー!!」


 ……実況、やたら気合入ってんな。パン食い競走といえば一三〇年前からあっただの、あんぱんの失敗作から生まれただのって聞いたが……。未だに謎が深い競技だよなぁ。尚諸説あり。因みに昨今はあんぱんの他に、メロンパンやクリームパンといった種々の菓子パンが用いられるらしい。我が校はメロンパン。知らんけど。てかクリームパンとか咥えたら中身ぶち撒けるだろ。あ、それがおもろいのか。なるほど。


「ちょっと一条くん、手が止まっているわよ。早く次のパンをセットして」


 ほら、変な事考えてるから部長に怒られちゃったじゃない。ささ、真面目にお仕事お仕事。一円も出ないタダ働きですよー。


 そう、我々アクティ部は絶賛競技種目のセッティング中なのだ。地味だけどこういう裏方ってのが結構いいんだよなぁーうん。それよかアクティ部の役職って決まってたっけか?聞いた事すらないんだが……。ま、部長が七崎なのは確定だろ。うーん、部長っていうか取締役?いや、総長か。軍曹?……うわっ、なんか鬼の形相で睨まれた!?何読心術とか会得しちゃってるの彼女?……そろそろしっかりやろ。


「あれ、そういや七崎。次、出番だったよな?時間、大丈夫か?」


「えぇ、そうよ。だからこの組が終わったら抜けさせてもらうわ。私の担当分、あなたに任せるわ。あとはよろしくね」


「あぁ、りょーかい」


 Oh、なんて事だ!仕事が増えたよ。余計な事言わなきゃ良かったな。


「あ、イロ。なんかすごく言いにくいんだけどその……。私の分も頼んでいい?」


「……マジで?」


 **


「いやいや、一人で三人分は無いわ!今日初めて内容聞かされた身にもなってくれ!死ぬわ!!」


「まぁ自業自得だよねー。これまでみんなに迷惑かけたんだから、少しは我慢しなさい!」


「うっ、正論すぎる正論……。でも二井見、ちょっとくらい手伝ってくれてもいいだろ?」


「だーめ。真面目にやる!……七崎さん、ずっとイロハくんの事気にしてたんだよ(もちろん、私もね)?」


「……分かってる。そうだよな。もう、迷惑はかけられねーよな。やるさ、全部」


「そっか。頑張りなよ!」


「任せろ」


「うん。あ、借り物競走始まるよ!近くで見よ☆」


「おい、袖を引っ張るな」


「さぁ、お次は二年生による借り物競走です!事前情報によりますと、何やら変わりもののお題もあるとかないとか……。んー、非常に楽しみですね!もう間もなくのスタートです!」


 アナウンスが告げる。七崎と三上が出場する借り物競走が始まろうとしていた。


 **


「ねねっ」


「ん?」


「七崎さんとアヤちゃんって何組目だっけ?」


「最後だろ?ってかお前知らなかったのかよ。どうりで焦ってたわけだ。最終組なんだから急ぐ必要なかったんだがな」


「でも意味はあったでしょ?最前列なんて中々取れないんだから。そう言うイロハくんこそ意外。二人の順番、覚えてたんだ」


「そりゃあまぁ……。あとで何言われるかも分からんからな」


「ふ〜ん……」


「何だよその意味ありげな反応は」


「別にぃー?」


「変な事考えるんじゃねーよ。……そら、そろそろ始まるみたいだぞ」


 スタートラインに横一列で並ぶ選手たち。その中に七崎と三上の姿を認める。


「おぉー、いよいよだね♪楽しみ!七崎さーん、アヤちゃーん、二人とも頑張れー!!」


「えー続きまして、最終組です。出場選手はご覧の通り!誰がどんなお題を引き当てるのでしょうか!間もなくスタートです!」


“位置について”


 係員の声がかかる。


 BAN!!


 乾いた火薬の音がする。選手が一斉に走り出した。


 ほーん、借り物競走ねー。しかし変わりもののお題ってのは少し気になるな。


「頑張れー!いけ〜!!ってほら、イロハくんも応援してってば!」


「え?お、おう……。が、ガンバー!!」


「ぶっ、何そのかけ声。あははっ、やだおかしいw。もー笑わせないでよ!」


「お前が応援しろって言うから……。てか笑いすぎだぞ」


「あははっ!ごめん!だって面白いんだもんw」


「むーっ、調子狂う……。っと、二人ともそろそろお題引いた……」


「見つけたー!」


 すぐ近くで声がした。


「ん、なんだ?」


 声のする方を見やると、


「はい、イロ確保!さぁこっち来て!」


 目の前に三上がいて俺の腕をぐいぐい引っ張っていた。


「お、おい何だよ一体?お題はどうした?」


「そのにイロが必要なの!」


「なるほどそういう事か。っておい!」


 左腕上部に柔らかな感触がする。見ると、三上は俺の腕に身体ごと巻きついている。そのせいで彼女の柔い膨らみが腕に押し当てられる形になっていた。


「ちょっ、三上!腕にその、当たってるって!」


「へ?……あ、ああーごめん!!」


 言われて気づいた様で、耳まで真っ赤にした三上はようやく俺の腕から離れた。


「いや、謝る必要はないけど。……と、そんな事より早く判定員のとこに行かねーとな」


「あ!そうだまだレースの途中……。急ご、イロ!」


 こうして俺たちはもたつきながらも何とかゴール。順位はド真ん中というなんとも言えない結果。


「いやみんな速くねーか!?俺らの走り、悪くなかったと思うんだが……。ところで三上、結局お題は何だったんだ?」


「んんっ!」


「……アヤ、お題は何だったのー?……これで満足かよ!?」


「うむ、よろしい。そーだねー、お題はねー」


「はよ言え」


「身近な人」


「ざっくりしてんのな」


「うん、ざっくり」


「てかそれ俺じゃなくてもよくね?」


「部室に全然顔を出さない問題児は誰かなー?」


「……選んでいただき光栄です」


「よろしい!」


 弾ける笑顔。他愛のない言葉を交わす俺たち。しかしこの時、その様子を凝視する視線に、俺は気づく事が出来なかった。固く結ばれた彼女の右手には、達することの出来なかったお題用紙が握り締められていた。


 **


「さぁさぁ、体育祭午前中のプログラムも残り二つとなりましたー!お次は二年生による二人三脚でーす!」


 アナウンスが声高らかに会場中に響き渡る。俺と二井見の出番が回ってきた。


「いよいよだねー。ちょっと緊張してきたぁ。でもやっぱり楽しみ☆私らのチームワーク見せつけよ!!」


「練習で転ばず走れた事なんてないのに、どっから来るんだその自信。しかも大体が二井見のせいで、何故か俺が転ける。もう俺は不安どころか恐怖すら感じてきたわ!」


「うわー、イロハくん私のせいにする気なんだー。サイテー」


「おい嘘はよくねーぞ。泥棒はじまっちまうぞ」


「はいはい。兎に角今日は勝ちにいくからね!」


「ま、やれるだけやってみますわ」


 競技は順調に進み、俺たちの組の番が回ってきた。


 BAN!!


 今日だけでもう何度も聞いた号砲。


「せーのっ、いちにっ、いちにっ、いちにっ」


 俺たちは勢いよく飛び出したのだった。


 **


「……酷い目にあった」


「いやーあははっ。……ごめんなさい」


 体育祭は滞りなく進行し、午前中の全プログラムが終了した。今は昼休憩となっている。皆が思い思いの時間を過ごす中、俺たちは少し前に終わった二人三脚の事を蒸し返していた。結果は最下位。序盤はよかった。本当によかった。かつてないほどに息が合い、世界記録も狙えるとすら思った。嘘だけど。だが、コーナーに差しかかったところで二井見に足を思い切り踏まれた。それでバランスを崩し転倒。俺の上に二井見が覆い被さる形となった。幸い、大きな怪我はなかったが、その隙に次々と抜かされていき、結局一番最後にテープを切る事となった。


「お疲れ様、一条くん。派手に転んだようだけど、怪我はない?」


「今んとこ痛みはないが……。ま、大丈夫だろ」


「その言い方、なんだか余計に心配ね。念のため、保健室で診てもらった方がいいわ」


「そうだよイロ!絶対その方がいい!リレー走れなくなったら大変だよ!」


 俺が問題ない旨を伝えようとした刹那、聴き馴染みのある声に先を越された。


「おにぃー!」


 声のする方を見ると、妹の花奏かなでがこっちに向かって走って来るところだった。


「ごめん遅くなって。もう午前中の種目終わっちゃった?」


「あぁ、少し前にな。あとは午後の部だな。それよかかな。お前メシは」


「「おにぃ!?」」


「「かな!?!?」」


 あ、そうか。コイツらと妹会わせるの初めてだったっけか。


 **


「というわけで、これが我が妹の一条花奏いちじょうかなで。そんでもってかな。こっちが俺の部活仲間とクラスメイト。右から三上彩音、二井見鮮花、七崎白羽」


「ちょっとちょっとちょっと!彼女、本当にイロの妹ちゃん!?超可愛いんだけど!!てか妹いたの!?聞いてない!!」


「驚いたわ。まさかあなたにこんなに可愛らしい妹さんがいたなんて……。でも一条くん、祝賀会の時に妹がいるなんて一言も口にしてないわよね?にわかには信じ難いわね」


「ちょい待て。そこまで言われる筋合いはねーぞ!?大体、あの時は妹がいないとも言ってないだろうが」


「うわー見苦しい言い訳出たー」


「いや事実だからな?」


「お兄ちゃん。流石に今のは私も引いた」


「だから事実だって……」


「一条くん……」


「イロ……」


「……黙ってて申し訳ありませんでした!」


 もう分かった。俺の負けでいいから。だからそんな冷たい目で俺を見るなー!!


 **


 各々食事を取る事になり、俺はかなと二人きりになった。

「さてと。それじゃさっきの質問。かな、もうメシ食ったのか?」


「ううん、まだ。折角だし一緒に食べようと思って作ってきた」


「ほーん。なに今日はやけに気が利くじゃんか。そんならありがたくいただくとしますか」


「まーね☆ その代わり、リレーは一位以外取っちゃダメだかんね!」


「やっぱ食べるのやめるかな……」


「むーっ、しっかり食べる!!あ、そういえばおにぃこれ。忘れ物だよ」


「ん?おぉ!いちごオ・レじゃんか!そうか、最近何か足りないと思ったらこれだったか!神の施しに感謝!」


 疲れた身体に染み渡る甘ったるさ。そうそうこれこれ!たまんねぇなぁ!


「ほんと、おにぃってそれ好きだよねぇ。それじゃ、午後もしっかりね?」


「任せろ。……お、もう少ししたら始まんのか。かな、俺ちょっとトイレ行ってくるわ」


「ん。いってらー」


 いよいよ始まる本当の闘いを前に、俺は重い腰を上げた。トイレ行く途中に耳に届いた会話。俺はそれを聞き流す事が出来なかった。


 そして、午後の部開始時刻。実行委員をはじめ、役員が競技の準備に取りかかる。そこには当然、アクティ部や生徒会の姿もある。そんな作業中の彼女らにかけられた声があった。


「すいません!あの、こちらにアクティ部所属の方はいますか?」


「花奏さん……?どうかしたの?」


「七崎さん、それに皆さんも……。あの、兄の、一条色葉を知りませんか?」


「それは……どういうことかしら?」


「兄が、帰ってこないんです!!」

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