鏡の中と瞳の奥

大江ひなた

第1話 授業中

「そういえば昨日聞いたんだけど、自分が一番可愛く映るのって、鏡の中なんだってー!」

 おかずの匂いが充満した教室内で、友人のあんは大きい瞳を楽し気に瞬かせながらそう言った。綺麗に整えられた眉毛は髪の毛と同じく茶色で、琥珀色の瞳ともよく合っている。ガヤガヤとした昼休み時間、この話を聞いてるのは杏と私と、あと1人だけだ。

「マジぃ? 最悪! じゃあ他の人が見てる自分の顔は、自分が普段見てる顔よりブスってことじゃん! やだあ……」

 もう1人の友人、れんはそう言って顔を机にこすりつけた。早食いの彼女はもう既にお弁当を食べてしまって、自動販売機で買ったジュースを飲んでいる。

「杏、それってどこ情報なの?」

 私は身を乗り出して杏に聞いた。その弾みに椅子がギイっと音を立てる。

「昨日たまたま見てたテレビだよ! 凛、最近こういう話題にのるようになったよねー。あーあ、凛もそういうお年頃かあ……。好きな人でもできちゃったりしてえ」

「子どもの成長は早いわあ……初めて会ったときより可愛くなってるもんね」

 杏と蓮は体をくねらせながら変な口調でからかってくる。普段なら笑い飛ばすが、今回ばかりは言葉を詰まらせてしまった。顔も熱い気がする。これじゃあ図星だと言ってるようなものだ。

 こういう時適当に流せないのは私の悪い癖だ。まあ、相手が気心の知れた親友2人だからっていうのもあるけど。もしかしたら内心誰かに話したかったのかもしれない。

「え……マジで……?」

 蓮がストローを噛んだまま固まってしまった。


 相手は誰なのか、という追及はチャイムの音に遮られてしまった。各々自分の席に戻りながら、「絶対白状させてやる!」と意気込んでいる。

 「気になって授業に集中できないよお」と言う杏も、1人ずつ名簿順でクラスの男子の名前を言い続ける蓮も、絶対私の好きな人なんて気づかないだろう。

「こんにちはー! うわ、匂いすごいな! 換気するぞ」

「えー! やだあ、寒いって!」

 数学のかけい先生が教室に入ってきた。いつも通り、ヨレヨレのジャージ姿だ。

「3年生じゃないとはいえ、インフルエンザになったら大変だ! んじゃ、早速授業始めます。昨日の問題の回答が途中だったな。50ページの大問3! 当たってた人は……有元ありもとと神田! 前に出てきて下さーい」

 呼ばれた有元こと有元蓮は、「覚えてたかあ……」と私たちへ悔しそうに顔を向けた。ムードメーカーの彼女のその表情に、周囲からは笑い声が漏れる。

「どうした有元! 分からないところあったか?」

 筧先生が蓮の机に近づいてきた。必然的に蓮の後ろの私の席にも近くなることになる。

「この問題はちょっと厄介なんだよなあ……」

 先生が見てるのは私じゃない。蓮だ。もっと言えば蓮のノートだ。それでも私は前髪を整える。あからさまにじゃない。さりげなく、頭を抱えるふりをして前髪を触る。

 鏡の中じゃなくても、好きな人の目には可愛く映っていたいから。

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