Ghosts : -)(現代日本を舞台にスパイ少女が頑張る)

紅夢

彼等は、Ghosts :-)

 暗い、一寸先さへ見通せない闇の中。

 その山の中腹に一つの小屋がある。

 中では国の行く先を憂い、武器を手に新たな未来に奮起する若者たちがいた。

 しかし、そんな彼等の望みもあと僅かで泡のように消える。

 未来を憂う若者達の未来は、今日ここで潰えるのだ。

「目標座標に到達。建物の外観・内装は情報通りだと思われる。」

 と、その小屋の裏に降り立つ人影が一対。険しい山の斜面と生い茂る木々を物ともせず、物音一つ立てずに。

「情報部は信頼に足る連中です。ですが作戦上の摩擦とイレギュラーには常に警戒してください。」

「了解。火器使用許可は?」

「許可されてはいますが、推奨されてはいません。」

 イヤホンの先の男の声とやり取りをしながら、その影はぬるりと闇を動き小屋の窓に近づく。

 上着のボタンを外し、少しづつ中の様子を覗くとそこは2つの部屋を繋ぐ廊下のようだった。その先に入り口の肌色の扉が見える。

 そして、奥の部屋から大柄の男が出てくるのが見えると影は素早く闇に溶け込み直した。

 どうやらその男は扉を開けて外を警戒しているようだ。

「目標を一人、目視で確認。αとみとむ。」

「ならあと四人はいるはずです。確認できますか?」

「今調べる。」

 影は小屋の外壁に手を当てると耳を近づけて音を聞き分ける。そうすると、確かに聞こえる音があった。

 2つの部屋の手前側。その奥で誰かが壮年の声を荒げ、誰かを奮起させんと声高らかに演説しているのを認める。

 その演説に「応!!!!」と応える声もしっかりと聞こえた。

「4人……いや、2人多い。」

「そうですか。作戦に変更はありません。全員無力化。やむ無しと判断される場合には殺処分でお願いします。」

 男の声は平然と応える。

「了解」

 影はそう言うと、窓の下を進み扉に近づく。

 扉は鍵が閉まっていた。ピッキングを試みるのも一案だったが、軒下のゴミ箱に雑誌が2つあるのを見つけると、方針を変更する。

 αが廊下から窓の外を警戒しているのは確認済み。どうせならば、招き入れてもらおうという腹だ。

 雑誌を手に取り2つを重ねる。それを筒状に丸めると2つに折り、簡易的な棍棒を作る。後は扉をノックして覗きに映らないよつに身を隠すだけだ。

 ノックの音は演説の声でかき消されて部屋の奥までは聞こえない。

 怪しく思うのはαだけだ。

 1……2……3……

 不審に思ったαが扉を開けると同時に闇からぬるりと手が伸びる。

 右手で口を塞ぎ、左手の棍棒でこめかみを強打。一撃で昏倒させる。

 αはその影を見ることすら叶わなかった。

 当の本人はその印象以上の巨体をゆっくりと床に寝かせ、両手・両足を結束バンドで拘束する。

 ゆっくりと立ち上がると、屋内の光を浴びて徐々にその姿が形を現した。

 中性的な顔立ちはその幼さとは対照的に冷徹な印象を与える瞳を持ち、短く刈った髪は後ろで乱雑に括っている。

 その首より下の華奢に見える体には詰襟を着用し、開けられた前から肩に吊ってある海外製の9ミリ拳銃が覗いてさえいなければ学生に見える。

「屋内に侵入。証拠を収集し、そちらに送り次第制圧に取り掛かる。」

 学生は喉に取り付けた咽喉マイクのボタンを押してそう言う。

「手早くお願いします。回収班を動員して後顧の憂いは絶ってあるので。満遍なくやってください。以降の通信はオープンとします。」

「了解」

 短い応答の後、男を引きずり誰もいない部屋に入る。

 奥の部屋の演説はまだ終わりどころではないらしく、一層の盛り上がりをみせているようなので当分の余裕はあるようだった。

 だが、任務的な余裕はない。

 学生は明かりを着けずに、ペンライトで辺りを捜索する。

 壁に古い型式のブレ―カーを見つけ、そこに当てた光をゆっくり逸らしていくと

「見つけた。」

「送ってくさい。」

 壁に立てかけられ、並べられたアサルトライフルといくつかの手榴弾。

 携帯で全体の写真を撮り、手袋を着けた手でゆっくりと一丁を取り出すと型番と思われる部分を撮影する。

 送信すると、反応はすぐに返ってきた。

「なるほど、これは…………」

「コピーAKシリーズか?」

「おそらく、AK-74の改修型でしょう。正確にはわかりませんが、ひとまずは回収班に任せましょう。では、残りの仕事をお願いします」

「了解」

 学生は携帯とペンライトを仕舞うと、躊躇なくブレーカーを落とした。

 終息に迫っていた演説がピタリと止まり、動揺が起きると同時に学生は部屋から飛び出す。

 放たれた一発の弾丸のように機敏に、しかし音は一切起こさずに隣の部屋に転がり込む。

 場を収めようと声を出す壮年の男を認めると背後に飛び込み後頭部に棍棒を振り上げ、気絶させる。

 相手の目がまだ暗闇に慣れていないうちに、流れるように次々と気絶させる。

 しかし、三人目を床に叩きつけた時、部屋の隅にいた男が拳銃を取り出したのを直感で感じ取った。

 床で伸びる男を飛び越え乾いた音と共に発射された初弾を避けると、ブレーカーを動かすために外に出ようとした一人の足を刈り取り、こける勢いに合わせて肝臓に棍棒を打つ。

 その体をそのまま盾にするつもりだったが、すぐに手放すことになる。

 拳銃を持った男は躊躇なく学生を狙い撃ったのだ。

 発砲音こそ軽いものの盾の薄い肉を貫通した弾丸が脇腹に命中する。

「――――!!!!」

 撃った方が何かを喚く隙に残り二人のうち、足がすくんでいるであろう女性に接近し動脈を絞める。

 その女性の位置は拳銃持ちの真横。離れて狙いなおす時間で十分に落せた。

 そして男が離れる、女性が気絶する、拳銃を構えなおすタイミングが一致した瞬間、学生は女性の背後から飛び出した。

 一歩で距離を詰めると回し蹴りで拳銃を跳ね上げ、懐に飛び込み一撃で決める。

「制圧完了」

 全員を拘束し、静寂の訪れた小屋でぽつりと呟く。

「了解。回収地点まで急いでください。」

「了か――――――!!!!」

「どうしたっ!!」

 何かが喚く声、大きな物音、くぐもった破裂音がほぼ同時に鳴り、再び小屋に静寂が訪れる。

「いや……リーダーかと思われる男を殺害した。気絶させたと思っていたが、こちらの不注意だ。」

「そうですか……いや、気にするな。そちらは回収班に任せてすぐに戻ってこい。」

「了解」

 ホルスターから抜いたサプレッサー付きの9ミリ拳銃を仕舞うと学生は「いや」と言う。

「大丈夫ですか?」

「この小屋の外――二人いる。」

「…………拘束は大丈夫です。可能なら無力化。不可能なら殺傷。変更はありません。」

 学生は手近にあった置時計を右手に、イヤホンのコードを左手に廊下に出る。

 気配が少しづつ扉に近づくのを感じる。

(――――動きがいい――手練れか――――)

 足音が扉の前で止まりもう一人がカバーに入るのを聞くと、学生は右足を引き手に持った置時計を振りかぶる。

 そして扉が勢いよく開け放たれた瞬間に右手を突き出して、木製の重たい置時計を投げうった。

 先頭の一人目が額に受け気絶するのを合図に扉まで大股で走り、続く二人目の背後まで滑り込む。

 相手が振り向くより先に腕と首を同時に、イヤホンのコードで拘束し気絶させる。

「――――!」

 その間にも小屋を取り囲む無遠慮な足音は増えていた。

「コード9ッ!!早く戻ってきてください!!!!」

 イヤホンを着けなおすと焦りを感じさせる男の声が飛んできた。

「どうやら緊急事態らしいな。先ほどの二人はAK持ち、この小屋も囲まれている」

「はい、封鎖したはずの道路の確認されてない横道から自動車が一台出できたと観測班から報告がありました。とにかく早く戻ってきてください。」

 コード9と呼ばれた学生はその言葉を聞くと、すっと気配を消す。

 夜の山に満たされた闇に一瞬で消えた少年を探す声で荒れる小屋周辺を後ろにコード9は来た道と違う林道を通って、最短で峠道で待機している男の元まで戻る。

 黒い乗用車の運転席でノートpcを開いていた男は後部座席にコード9が乗ると、すぐに車を発進させた。

「未確認の自動車は急速にこちらに近づいてきています。」

「状況は?」

「目標とは違う以上こちらから攻撃はできません、十中八九こちらを殺しに来るでしょう。上層部もこの山で全てを終わらせることを望んでいます。」

「小屋の方はどうするんだ?」

「そちらは回収班に同行する実動隊でなんとかなるそうです。問題はこちらですね。」

「他に火器はないのか?」

 車は激しい峠道に差し掛かり、追跡車両の音もはっきりと聞こえてくる。

「後ろに762が積んであります。」

 コード9が座席をすべて倒しトランクを見ると、ケースに包まれた肌色のアサルトライフルが姿を現す。

「スカーか……今回の官房機密費は羽振りがいいな」

「それだけ掛ける価値のある任務だったんです。ですが無駄弾は許されません。」

「わかってる」

 コード9は頼もしそうにスカーをさするとサンルーフを開けて倒した後部座席に仁王立ちした。

「見えた!!」

 つづら折りを曲がり数十メートル進むと追跡車両のヘッドライトがコード9と車体後部を明るく照らした。

 と同時に辺りのアスファルトと斜面で何かが弾けた。

「撃ってきた!!」

「発砲を許可します!!」

 コード9は銃を体と車体に挟むようにして構えて短く引き金を引く。

 敵とは違い数発を当てることができたが、手ごたえはない。

 ハイビームと峠道という環境で正確にエンジンに被害を与えるのは難しい。顔を出して攻撃している人間に当てるなど不可能だろう。何より面倒な要素もあった。

「駄目!奴ら防弾ガラスを張ってる――――この距離じゃ抜けない!!」

「この先に70メートルの直線があります!!」

「なるほど」

 そのやり取りを最後に二人は自分の仕事に専念する。

 コード9は残り2マガジンと十数発をうまくやりくりして敵車両を牽制し、着かず離れずの距離を保つ。

 男は峠道にも関わらず安定した運転で極力揺れを抑えている。

 そして車上の激しい攻防が数百メートルに渡りついに直線にたどり着いた。

「タイミングは3」

「了解」

 1……2……3……

 急ブレーキを踏み車体が一気に後退する。

 コード9が牽制射撃で敵射手を抑えたその瞬間、急速に接近する車体同士。

 敵が頭を出すよりコード9が再装填する方が早かった。

 雨霰のように降り注ぐ7.62ミリ弾が防弾ガラスを貫通し射手、運転手共々が蜂の巣になり、血の泡となるのをブレーキランプと反射するハイビームで確認する。

「脅威排除」

「このまま離脱します」

 二人は峠道を抜け国道に入り町の明かりが届く頃には何事もなかったかのように、すべてがきれいになっていた。

 穴だらけになった車体後部の防弾プレートもきれいさっぱり、まるで新車のようである。

「ねえ」

「ん、どした」

「向こうの山の方で車が事故ったんだって」

「へー」

 都心から少し離れた県立高の中庭で、二人の女子生徒がベンチに座って冬の、昼の暖かな日差しの恩恵を受けていた。

「珍しいよね~あの峠道で事故なんて」

「そうだね」

「まあもともと使う人が少ないしね。おかげで全面封鎖されてるのに影響らしい影響はそんなにないっぽいし」

 濡烏の長髪を垂らした、日本人形のように転生な顔立ちをした少女が人づてに聞いた事件のあらましを話す間、もう一人は心底眠そうである。

「ただね、こんな噂があるのよ」

「んー」

「昨日その事件が起きた時間ぐらいにね、つまり夜中なんだけど――すごい音がしたんだって。こう、なんていうか鉄砲の音っていうの?麓の人が言ってた」

 その言葉にもう一人の目が座る。

「へー……さすがに隠しきれてないか」

「へ?なんか言った?」

「いーや。別に」

 その後もその少女は喜々として日常の身近な非日常を語っていた。

 その熱もチャイムが鳴るとすっと切り替わる。彼女にとってはやはり日常の一瞬一瞬が楽しいらしい。

「戻るか」

「そうだね。はい上着ありがと!!」

 少女はそう言ってもう一人から借りていた詰襟の上着を返す。

 受け取った少女は手慣れた様子でそれを着なおした。

「しっかし似合ってるわよね~いくら学生制服に男女の拘束がないにしても……まさに陶子のためにあるような校則よね~」

 陶子と呼ばれた詰襟の少女はニヒルに笑うと背中を向けた。

「だろう」

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