4 由真のメール(1)
「福園さん、こんにちわ。
返信ありがとうございます。実はこの数日、あなたから連絡くるのかドキドキしていました。来なきゃそれはそれでいい、と思って出したくせに、どこかで期待しちゃうものなんですね。
わたしのメールを小説に掲載する件、了承しました。細部の変更については、基本的にはお任せします。わたしは、「矢崎由真」としてあなたの小説に登場するのですね? なんだか突然よそ行きの服を着せられたような、変な気分です。もちろん、よそ行きの服でも言いたいことは全部書くつもりです。福園さんも細部は変えても、わたしの書いたとおりに載せることを約束してくださいね。あ、そうか。これからは「福園さん」と呼びかけた方がいいのかな? (※ここまでのメールでは私の本名が書かれていた)なんかそれってあなたの罠のような気がしますが。まあいいです。わたしも由真のつもりで書きますね。
さて、先ほど「言いたいことは書ききる」と宣言しましたが、少し遠回りしたいと思います。あなたは「当時のことは結構忘れてしまって」と書いて寄越しましてます。ていうかひどくないですか? そこは本当に忘れていても、大切な思い出とか言ってほしかったです。と言いたいところですが、わたしもたぶん、たくさんのことを忘れたり、思い違いをしているから同じです。だから、少し当時のことや、わたしたちの関係について、お互いに書いて答え合わせをしませんか? おそらく、あなたもそれを期待してるんだと思います。だって、この文章も、会社のパートさんたちに読ませるんでしょ? あなたがどういうつもりで、その人たちに読ませているのかわかりませんが。あなたは「小説を書く間は、一切他のことが考えられなくなる」と書いています。そのせいで何度も電車で降りる駅を乗り過ごしたり、あるときは季節の秋と春を取り違えたりしています。あなたはひょっとしたら、何かしらの救いを求めて、書いているのかもしれませんね。だとしたら、「読んでくれるパートさんたち」も本当にいるのか、ちょっとあやしいです。何しろあなたは本当によく嘘のつく人でしたから。
どこから書きましょうか? 前回はあなたが塾に入ってきたときのことを書きましたね。あなたは梅雨に入る直前くらいにやってきました。ほんとうは3月に面接を受けたそうですが、そのときはちょうど講師と生徒の人数が合っていたため、声がかからなかった、とあなたは言っていました。わたしが基本的なことを教えました。あなたは細かいチェックの半袖シャツを着て、髪は茶髪で、少しパーマがかかっていました。しきりに「こんな身なりで大丈夫ですか?」と聞いてきたので「問題ないと思います」と答えました。確かに少し派手な感じがしましたが、優しそうな雰囲気だったので、生徒も怖がらないだろうと思ったのです。実際あなたと仲良くなると、見た目どおりに穏やかな人だとわかりました。ちょっとすると、すぐにふざけたことを言うようになって、年上のわたしのこともからかうようになりました。けれど、それで嫌な気持ちになったことはありません。基本的に、あなたはわたしのことを、ものすごく気遣ってくれました。
生徒さんに対してもそうだったのでしょう。あなたのブースは常に笑い声が漏れていました。あなたに聞くと「あまり上を狙ってないから余裕がある」と言ってましたが、レベルに関係なく、きちんと勉強をしなければ成績は下がります。定期テストの結果がふるわなければ、塾長の沢松さんに怒られてしまいます。わたしも楽しい授業を心がけていましたが、時には厳しくしなければいけないときもありました。
あなたについて、もう一つ不思議なことがありました。それはあなたが授業の終わりに、ものすごい早さで報告書を書き上げて帰ってしまうことでした。「十字路」の中では塾長に会いたくないから、とそのことについて書いてましたが、あなたの帰る早さについては、塾内でもちょっとした話題になっていたんですよ。報告書の作成はだいたいの講師が苦手で、また沢松さんの突っ込みが容赦なく入るので、それだけを極端に嫌がる人もいました。ただ、お互いに書き方のアドバイスをしたり、また沢松さんも遅くまでかかっている講師に声をかけたりジュースをおごったりしたので、雰囲気はとても良かったんです。沢松さんも時には冗談を言ったりして、あなたが書いていたような悪い人ではありません。ちなみに沢松さんが乗っていたのはBMWです。
報告書は、塾長が不在のときは、デスクの上に置いて帰る決まりでした。あるとき、あなたの置いていった報告書を何気なく見てみると、学習内容や次回のテーマがきちんとまとめられていて、わたしは感心しました。今思えば、あの頃からあなたは、文章を書き慣れていたのですね。ブログには、中学生になったら突然文章が書けるようになった、とありました。
とにかく、あなたについて不思議なことがあっても、あなた自身は他の講師と接点がないので、奇妙な人として、塾内では見られていました。沢松さんも「月末くらいにか顔合わさないけど、本当に来てる?」とわたしに聞いてきました。そんなあなたに、わたしは俄然興味がわいてきました。それは、わたしが教育係だったから、という責任から生じたものでしたが、もっと純粋に、あなたという人を知りたくなったのです」
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