悪いが其方、余の子供を産んでくれないか?
@Dingo0221
第1話 悪いが其方、余の子供を産んでくれないか?
私はその日、仕事を終えてクタクタになり電車に乗っていた。
私の家は都会から遠い田舎にある。
都会に住めばいいと友達は言うが給料の面から見ても無理そうだ。
いつも通り最初は動く事すら困難な電車が都会を離れるにつれ徐々に動けるようになり、外の景色に緑が多くなると座席にも座れるようになる。
「ふぅ、疲れた……」
私は椅子に座りため息をつく。
そして天井を眺める……。
後ろから差し込む夕日が反射して天井がほんのり赤くなっている。
「何かいい事ないかな……」
そんな事を考えていると終着駅へと辿り着く。
私は重い腰を上げ駅を出る。
ヒールを履いているため、ふくらはぎがまるで丸太の様になっていた。
帰ったら化粧を落としてお風呂に入って――なんて事を考えながら改札を通る。
田舎の匂いが私の鼻腔をくすぐり帰って来たんだと実感が沸く。
私は家までの帰路の途中、不思議な物を目にする。
それは服も着ないで田んぼに突っ立っている男性の後ろ姿だった。
「何あれ――」
私は驚きを隠せなかった。
そして何より筋肉が美しかった。
夕日に照らされたその引き締まった広背筋、そして首から肩にかかるまでの僧帽筋のなめらかさ、同僚の男性の筋肉とは比べようもなく美しかった――
◆◆◆◆◆◆
何分見入っただろうか?
いや、アインシュタインの言う所の相対性理論でほんの数秒かもしれない。
私はスマートフォンを取り出す。
何故か? 聞かれるまでもない……。
カシャリとシャッターの音が田んぼに響き渡る。
通報するよりも先にこの芸術とも言える筋肉をスマホのフォトアルバムに保存する。
すると男性がこちらへ向き直る。
美しい――大胸筋がまるで荒野を思わせる分れ方をしている。
カシャリとまた音がする――私は無意識に写真をフォトアルバムに一枚追加していた。
男性が私に近づいてくる。
普通なら女の子らしく叫び声を上げるべきだろう。
しかし私は歩くたびに引き締まる太腿の大腿四頭筋、そして前後に振られる腕の上腕二頭筋に目を奪われる。
男性が私の前まで来る。
一体何枚の写真がフォトアルバムに追加されたかわからない――
「おい、お前」
「は、はい」
私は男性の声で正気に戻る。
何をしているんだ私は――すぐさまスマホで警察を呼ぼうと番号を打ち込む。
「悪いが其方、余の子供を産んでくれないか?」
私は指が止まる。
この男性は一体何を言っているんだろうか?
私は困惑し咄嗟に頭に沸いた言葉を言う。
「仕事が忙しいので今は無理です」
「ふむ、なら仕方ない――仕事が暇になった後で余の子供を産んでくれないか?」
「いや、そういう問題じゃ……」
初対面の男性にこんな口説かれ方をされたのは初めてだ。
どう対処していいのか私は悩む……。
それとも世間では、最近こんなド直球なナンパの仕方が流行っているのだろうか?
「返答はいかに?」
「ごめんなさい。当分忙しいので無理です」
「ふむ、わかった。では当分其方の家に厄介になり、其方の仕事が暇になるまで待たせてもらおう」
「え? 一体何を言ってるんですか?」
「言ったままだが? 嫌なのか?」
私は男性の体を眺める。
嫌なはずがない、むしろこの美しい筋肉を毎日見れるのならどれだけ幸せな事か――しかし見ず知らずの男性の子供を産むなんてあり得ない。
そもそもこの男性を養っていけるだけの収入が私にはない。
だから――
「無理です。ごめんなさい」
「何故……。理由を聞いていいか?」
「その……お金がないんです」
「なるほど、人間らしいな。ならばこれでどうだ?」
頭を下げていた私は、自分の鼻から赤い液体が出ている事に気付く。
そして頭の上に気配を感じ頭を上げる。
すると男性が手をこちらに出していた。
その手には何処から出したのかわからないが金の塊がすっぽりと収まっていた。
「ええと、これは?」
「お前の家に厄介になるのだ。その駄賃という事だ」
「はぁ……」
何故この男性は私の家に厄介になる事前提なのだろうか? 私は首を左右に向け辺りを見回す。
田舎なので当然人はいない。
「あの、なんで私なんですか?」
「何故――とは?」
「いえ、なんで私があなたの子供を産むとか私の家に厄介になるとか……」
「ああ、其方がここに通り掛かった人間の一人目だからだ」
「なるほど」
田舎故に人がいない。
そしてそこに私が通り掛かった。
ただそれだけの理由らしい――なんて安直な……。
「返答はいかに?」
「お断りします」
「何故だ?」
「私は貴方の子供を産む気もありませんし、同居もしません。当たり前でしょ? 初対面なんだから」
「なるほど。ならば其方の家に行き親睦を深めようではないか」
「いやいやいや、そういう問題じゃないから……」
「なら何が問題だというんだ?」
「だからその――何て言うの? 女の一人暮らしの家に男性を入れるのは世間体が……ね」
「世間体? そんなものは気にしなくても良い」
「気にしますよ!」
本当にこの男性は一体何なのだろうか? そんな事を考えながら鞄の中に手を入れハンカチを探す。
もちろん鼻血を拭くためだ。
「余はこの世界については詳しくない。だから其方の家に少し置いてほしい」
男性がそっと指を私の鼻元に当てて血を拭う。
私の血液がマグマのように頭に上るのがはっきりと解った。
「ええと、その、あの――ひゃい」
私は他の人より恋愛経験が少ない。
そのためこんな行動をされたらどう対処していいのか解らない。
「そうか、よかった。これから世話になる」
「え……えええぇぇぇ!」
無防備になった隙を突かれた――それが答えだ。
男性はまるで子供の様な笑顔を見せる。
それを見た私は今更「やっぱりダメ!」なんて言えない。
男性が手を差し伸べてくる。
握手なのだろうか? 私は渋々その手を握る。
「大丈夫だ。余は紳士だ、無理に子供を産めとは言わない。ただ……」
「ただ、何よ」
「もし其方が了承したときには産んでもらうぞ?」
「それは無いわ! きっと……」
警察に連絡すればすぐに来てくれるだろう。
だが、この筋肉美は実に、実に惜しい! 仕方なく私はこの男性を自分の家へと連れ帰る事にする。
「せめてこれを着てください」
私は自分の上着を渡す。
だが、背丈が全然違うので着れる訳がない。
すると次の瞬間、男性は私の想像し得ない事をしだした。
男性は自分の恥部を隠すため服の背中の部分を前に、腕の部分を腰に回し後ろで縛り上げたのだ。
「うむ、これでよい」
「いや――やめてほしい」
私は小声で唸るように呟いた。
家への帰り道、田舎町であろうと人とはすれ違う。
そしてその大概が近所――とはいっても距離は結構あるが――の人だ。
その人達と挨拶をする、そして後ろに付いてきている男性を見て小さな悲鳴を上げる。
きっと明日には近所中で言われるのだろう。
私に男ができた――と。
私は考えるのを止めて歩くスピードを上げる。
それに追従するように男性の歩く音も速度が上がる。
◆◆◆◆◆◆
何分歩いただろうか?
一つの家に着く――もちろん私の家だ。
「ここが私の家よ」
「ほぉ……よいではないか」
一軒家、元は叔母の持ち物で、死んだ後は私が相続した。
家賃はいらないが結構古く、所々傷んでいる。
お世辞にもいいとは言えないのに――
「中に入らないのか?」
「……入りますよ」
鞄からジャラリと鍵を取り出す。
私は家の鍵を探し当て鍵穴に差し込み回す。
ガチャリと音を立てた後玄関の扉を横にスライドさせる。
ガラガラという音が私の脳に家に帰ってきたと実感を与える。
「ええと、中に入りますけどあんまり物には触らないで下さいね」
「わかった。其方に従おう」
私が中に入り玄関で腰を下ろしながら靴を脱いでいると、男性の足が目に入る。
泥にまみれた足は大きく、やはり男なんだなと私に理解させる。
「どうした?」
「えっ、いえ……足が泥だらけなんですぐにお風呂沸かしますね」
「よい、余に気を遣うな」
「いや、部屋を汚されたくないんです」
「そうか、すまない」
私はすぐに風呂場に行きお湯を浴槽に流し込む。
数分後にはお湯が張って入れるだろう。
「ところで……」
後ろから男性の声がして私はすぐさま振り向く。
「私の部屋はどこかな?」
「あ、ええと……案内します」
心臓が飛び出るかと思った……。
私は男性を空いている部屋へと連れていく。
その間も心臓はバクバクと手を当てなくてもわかる程鳴っていた。
「ここです」
「おお――素晴らしい」
何が? なんて事は聞けず、部屋の真ん中で私の上着で恥部を隠して座る男性を眺める。
「あの……あなたの名前は?」
「ああ、そうだな……すまない、名乗るのが遅れてしまった。私はレイドリック・ドラゴニア・フランだ」
「れいど――何?」
「レイでよいぞ」
「はぁ……」
こうして私とレイとの奇妙で時には楽しく、時には腹が立つ生活が始まった――
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