勇者じゃなくても魔王は倒せますか?

ろいこ

第1話 旅立ち

みんな違ってみんないい、誰かと違って当たり前。

今日はみんなで将来の夢について発表し合いましょう。


僕の夢は騎士になること!かっこいい騎士になって悪い人をやっつけるんだ!


私の夢は魔法使い!いろんな魔法を覚えて、あと自分で魔法を作ってみたいの!


俺は父ちゃんの仕事をついで鍛冶師になる。夢なんかじゃないよ。もう決めてるんだ。


お金持ち!お花屋さんです。美味しい野菜を育てるんだ。魔法使い!郵便屋さん。先生になりたいかな。お嫁さんよ。じ、じゃあ僕はかっこいい旦那さん!騎士!本を沢山読みたい。料理人になってお肉いっぱい食べたい!は、発明家。やっぱり僕も騎士!


みんな素晴らしい夢を持っているのね。きっとなれるわよ。


あら、あなたは?なりたいものはないの?


僕?やりたいことならあるよ!


僕はねー......


魔王を殺したい!



-10年後-

窓から差し込む日差しに顔を照らされ、瞼を閉じていても光が差し込んでくる。昨日カーテンを取ってしまったせいだ。ベッドのなかでうーんと1度伸びをして起き上がる。


「いい天気だなあ。やっぱり旅立つならこん日がいいよね」

まずは朝ごはんからだね。昨日準備しておいたサンドイッチ、あれ?どこやったっけ?


どうやら昨日の荷造りの時間違えてリュックにほかの荷物と一緒に入れてしまったらしい。リュックを開けて上の方を漁ってみるがそれらしいものは見当たらない。


またこれを外に出すのはなあ...仕方ないや。朝ごはんは諦めよ。あーあー、せっかくのいい天気が台無しだなあ。


朝ごはんが空振りに終わってしまい、もうこの家ですることはなくなってしまった。

住んでいたのは3年足らずとはいえやはり我が家との別れは寂しいものがある。玄関の外で振り向き、お辞儀をした。


今までありがとう。行ってきます!


心の中でそう言い、もう振り向かずに村の中心へ向かった。


まずはビグまで定期馬車に乗っていって、足らないものを買い足さなきゃ。でもまだ結構時間があるなあ。昨日も行ったけど、最後にもう一度アンリさんに会って来よう。この時間ならおじさんもいるだろうしちょうどいいや。


アンリさんは、親を亡くし身寄りのなかった僕を善意だけで引き取ってくれた命の恩人である。アンリさんの夫であるブレッドおじさんは木こりをしており、けして裕福と言える家ではなかったが、僕が18になって独り立ちするまでずっと養ってくれた。学校にだって行かせてもらった。彼らへの恩を数えたらきりがないほどだ。


「アンリさーん。リンだよ!あけていいー?」

返事はなかったがズッズッズッとスリッパを忙しなくする音が近づいてきた。それが止まったと思った途端にドアが勢いよく開かれた。


「リンくん!おかえりなさい!」

アンリさんに抱きしめられ、僕もそれを快く受け入れる。アンリさんは僕が家に来ると必ずおかえりなさいという。昔家をなくした僕を気遣って、家の存在をアピールしてくれているのだろう。この家を出て長くなるが未だに僕もここも我が家だと思っている。


「ただいま、アンリさん。馬車が来るまで暇になっちゃったんだ。おじさんはいる?」

「そうだったのね。いるわよ。ちょっと待ってね。あなたー!リンくんが来てくれたわよ!」

アンリさんがそう言うと、奥から木の床の軋む音が聞こえてきた。


「ようリン!昨日はあってやれなくてすまなかったな。今日出発なんだろ?気張って行ってこい!」

おじさんに叩かれた背中からバシンっ!ときもちいのいい音が響く。


おじさんは185センチで筋骨隆々。毎日毎日斧を振るその手は角張りゴツゴツと硬い。まさに漢って感じだ。そんな人に叩かれた背中はわりと無事ではすまないんだけど、僕は嫌いじゃない。とても気合いが入る気がするのだ。けして痛いのが好きとかそーゆう趣味ではない。


「うん!行ってきます!」


馬車が村を出ると、僕は後ろを振り返る。見送りはいない。アンリさんとブレッドおじさんには家で別れを告げたし、2人とも仕事や家事で忙しいから仕方ない。それに僕は同年代の友達もいないから仕方ない。そもそも村のみんなから嫌われてるから仕方ない。


「お若いの。どこへ行かれるのですかな」

乗り合わせた見知らぬ老人が尋ねてくる。


「ええ。夢を叶えに、ですかね」

「ほう。いいですなあ。老体に響くよき言葉ですな。してその夢とやら、聞いてもよいですかな」

「大した夢ではないですよ。ただまあこれ以外をしたいと思ったことはないですね」

5歳の頃から約15年間夢見てきた。1度だってぶれたことはない。あの日、何もかもが赤く染まり、前も後ろも右も左も上も下も分からなくなるくらい絶望したあの日に決めた。


「魔王を殺しに行くのです」

それから先、老人は終始僕と目を合わせることは無かった。


気持ちのいい風だ。木々の葉を優しく揺らし、こぼれる日の光を掬いとるように穏やかに流れている。静かななかにかすかな音を確かに感じさせる。


「やっぱ旅はこうでなくっちゃね」


こうして僕の旅は始まったのである。

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勇者じゃなくても魔王は倒せますか? ろいこ @mashiro_pancake

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