クズは世界を救いたくなんかない!
雑巾猫
プロローグ
今日は何をして暇を潰すか。
目を覚まして一番に考えるのはいつも同じこと。
どっかの世界の誰かを覗き見してみるのもいい。
異能世界で起きてる学園同士の最強決定戦が今日ファイナルラウンドだったはず。
適当にパクってきたゲームをしてもいい。
今はちょうど三つ目の巨乳店員と手が八本ある爆乳後輩を攻略してたところだ。
コレクションの像を磨き、並び替え、写真をとってもいい。
猫科動物の艶やかな曲線美を描いた石像。
ジェリド族女性をデフォルメしたオリハルコン像。
最近は新しい物を手に入れられてないが、並べ替えてみればまた新しい発見をえられるかもしれない。
「…………何はともあれまずは酒だな」
ベッドの上に手を伸ばして酒瓶を取る。
何の銘柄かを確認することもなくそのまま一気に呷った。
喉の焼ける感覚が生を実感させる。
「ぷはぁ。よし、今日は像の手入れをするか」
酒瓶を片手に持ったまま決意し、自室を見渡す。
足の踏み場もない程に汚い。
ただもちろん集めてきた像だけはピカピカ輝いている。
それら全てをいつものように超能【サイコキネシス】で持ち上げた。
「これをこっちにやってこれをこうして、っと」
頭上を飛び交う数百の像達。
それらをぶつけないように移動させていく。
同時に専用の布で磨いていくのも忘れない。
「こんなもんだな」
配置換えが無事完了。
中々良いのではなかろうか。
特にセリアンドの像の配置が良い。
第六の目が横のジェイズババを見つめていてとってもチャーミング。
ここからは手作業だ。
像の材質にあった磨き方をしなくては真の輝きはえられない。
酒瓶を側に置いて清潔な布を手に取る。
ちょうどそれと同時に入り口のドアが蹴破られた。
「ルア・シェードくーん! 主が入りまーす!」
「入って来たのは上下に伸縮性のある部屋着を着た金髪のゴリラだ。扉と言う文化を知らず、とにかく壊して進入してくる生粋の脳筋」
「何ナレーションっぽく馬鹿にしてくれてんの。誰がゴリラだ誰が」
「我々は金髪ゴリラの謎を解くべく、ジャングルの奥地へと向かった」
「そこ布団の奥地」
「ぐぅ」
「寝るな!!」
布団から蹴り出される。
「くっそゴリラのくせに足ばっか使いやがって。もっとその胸筋でぶつかってこいよ! ドラミングするためだけの楽器かそれは!!」
胸筋へと手を伸ばす。
しかし指先が何かに触れるより先に、ガッチリと横からホールドされた。
「しれっと胸を触ろうとするな胸を。ったくこんな美人を捕まえてゴリラだの何だのと」
やれやれと首を振るティーレリア。
確かに本人の言う通り見た目は美人だと認める。
金色の瞳に長い睫毛と少し上がり気味の目尻。
無造作に垂れ流している金髪も妙に様になっていてムカつく。
おまけにスタイルも抜群だ。
ただし俺の手を万力のように締め上げてる握力は、ゴリラと言わざるをえない。
「痛い痛い痛い腕を離せ」
「『ティーさんは美しく儚げでまるで一輪の花のようです』ほら言ってみろ」
「ティーさんは美しく? 儚げで? まるで一輪の花のようです?」
「全部疑問形じゃねえかぶっ飛ばすぞ」
ブンっと手が振られて解放される。
裾をまくって見てみれば青く痣になっていた。
馬鹿力め。
「それで、何の用だよわざわざ。こっちは忙しいんだ」
「どうせ像を磨いてるだけだろうが。お前に仕事を持ってきたぞ」
像を磨くのだって楽じゃない。
ブラシで千の隙間を撫で洗う必要がある物もあれば、荒い布で磨くことで常に進化し続ける物だってある。
その奥深さを考えれば時間がどれだけあっても足りない。
このゴリラにそれを叩き込んでやろうか。
……というか今、仕事とか言わなかったかコイツ。
「仕事ってお前それ、世界中の像や壺を磨く的な?」
「んなわけあるか。自分の肩書きを思い出してみろ」
「確か……イケメンエリート像磨きマンだったような」
「黙れ酒好き胸好き像狂いの変態クソニート」
「…………うっせえ」
確かにどれも否定できないけど。
事実なら口にして言い訳じゃないと知って欲しい。
仕事をせずして約百年。
俺も随分と歳を取ったものだ。
見た目は二十代中盤ぐらいで止まってるけど。
黒髪が多少白く染まったのは老化のせいじゃないと信じたい。
そんな風に俺が自分の髪の毛事情を気にしていると、目の前の金髪が大きく溜息を吐いた。
そしてポッケから取り出したタバコに火を付ける。
吸って、吐いて。
よく知っている、そして懐かしい匂いが俺の鼻をくすぐった。
「救済者だろお前は」
「………」
「ちょっと世界救って来いよ」
救済者。
世界を救うための世界から外れた存在。
そして自分の世界を探す哀れな存在。
俺もかつてはいくつもの世界を救った。
「お前の力なら簡単な仕事だ」
救済者は皆、一芸に秀でている。
例えば剣技。
例えば異能。
例えば信仰。
例えば魔法。
俺の場合は超能がある。
いわゆる、超能力、神通力、シッディなどと呼ばれるもの。
あるいは狂術やアウトサイと罵られるもの。
全世界に通じ、自己の才に大きく左右される力。
だがそんなことは関係ない。
「俺はもう、世界は救わない。あんたなら分かってんだろ」
「……今回の世界は単純なもんだ。感知もされてない」
「関係ないね」
「ルア……」
ティーが悲しそうな目をする。
すまんな。
本当はお世話になったあんたにそんな顔はさせたくないんだけど。
こればっかりは仕方ない。
俺は世界なんか救いたくないんだ。
「分かったらもう帰ってくれ。壊れた扉は直しとけよ」
「ルア、お前に一つ言い忘れたことがある」
「はぁ……何だ?」
ティーは一度下を向きタバコを強く吸う。
先端が赤く光り、そして色を無くして灰となった。
ふうっと息を吐き、再び顔をあげたティーの目はやっぱり楽しげで。
……楽しげ?
「言い忘れてたんだが、これは仕事のお願いじゃなくて命令でーす!」
さっきまでと一転し、嬉々とした声を発するティー。
同時に彼女の後ろから二人の少女が顔を出した。
「てめ――――」
「ミカン、レモンやっちゃって」
「やっちゃいまーす」「やっちゃうもーん」
咄嗟に人体発火【パイロキネシス】を発動させるが上手く体が燃えきらない。
ティーが全力で邪魔してやがる。
その上さらに救済者が二人。
まじで無理矢理やらせる気だ。
「ふざけ……んな!」
「ふざけてなんかいねえよ。こっちは百年前からずっと大真面目だ」
おいこら金髪。
手で隠してるつもりだろうが、口の端曲がってんのが見えてんだよ。
柑橘姉妹は隠そうともせずニヤニヤしてるし。
今すぐぶん殴ってやりたいが、脳と体が切り離されたかのように全くもって動けない。
「覚えとけ……よ……」
意識が限界だ。
悪い酒が回ったかのように視界がぐるぐると回る。
くそ、まだ像も磨き終わってないのに。
「こわ……二人がかり……まだ意識……」
「帰って……絶対……されるもーん……」
「いいから……そ……こべ……」
なんて言ってるんだ?
わからない。
わからなくていいか。
眠い。
なら寝よう。
俺の意識はそこで完全に途絶えた。
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