蛆の王

呼吸する器具

苔農夫ジャクバの選択

 もはやこれしかない。

 意を決し、ジャクバは息子に命じた。

「〈梢の宿〉へ行って、蟲使いを呼んでこい。誰にも見られぬようにな」

 逞しく愚鈍な長男は、すぐさま父の言葉に従い、発った。

 遠ざかる布靴の音。入れ替わりに、天井の低い室内へ静寂が這い込む。〈樹界エルシノア〉の深き夜に、死と穢れの予感を孕んで凪ぎわたる、不吉な無音。耳が痛くなるようなその圧に耐えかねてか、ジャクバはおのれに囁きかける。

「これしかない……これが家族のため、最もよい選択なのだ……」

 天井に植えた星苔せいたい灯のやわらかな光の下、俯くジャクバの顔は固く、深い陰を刻んでいる。年老いた頑なさが、呪文めいた囁きを重ねるたび、昏く鋭い決意を結晶させてゆくようだった。

 これから行うことは、悪行に違いない。

 邪悪な力を借り、恥ずべき嘘を拵え、その罪を家族で抱えてゆかねばならない。

 だとしても――

「……やらなければ、我が家が破滅するのだぞ!」

 ――選択の余地がないのだから、これはことだ。

 短くはない時を費やし、ジャクバがようやく自分を納得させたと確信できたころ、長男のノジームが戻ってくる。

 戸が開き、かすかな異臭。糞尿のような――屍体のような。

 そして、息子の後ろに続き、全身を奇怪な装束に包んだ人物が、ゆらりと入ってきた。

 おぞましき蟲使いの技を受け継ぐ、呪術師であった。

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