第27話 龍牙VS沖縄
「一瀬、今までありがとな……」
龍牙が一瀬だった遺体を、そっと床に寝かせる。
ちょうど周りにある紙切れたちが柔らかいクッションになり、彼だった体全体を支えていた。
心地よい寝顔からして、まるでお花畑に囲まれる夢でも見ているかのようだ。
すでに一瀬の体からは血は止まり、白い紙切れが赤く、彼岸花のように哀しく染まっていた……。
「さて、親友との別れは済んだかい」
銀色の携帯灰皿にさっきまで満喫していた煙草を葬る沖縄。
いつの間にかソフトパックに詰まっていた本数が消え、手でパックをグニャと握りつぶす。
龍牙が泣き叫ぶ間に何本の煙草を灰にしたのだろうか。
「沖縄、貴様だけは許さない!」
龍牙がキッと沖縄に向き直り、敵意をあらわにする。
「ひゅー、怖い顔だな。
まるで俺まで命を奪われそうだ」
その表情に
例え、誤射とは言え、自分の手で人の命を奪っておいて、なぜこんなにも堂々としているのだろうか。
この男の思考回路は人としてずれてい
る。
いや、どこかおかしいのだ……。
「りゅうがさん?
あの、一瀬さんはどうして……」
「弓。危ないから俺から離れてろ」
「はい……」
弓が言いかけた言葉の先を手で制して、彼女を黙らせる。
「沖縄ぁぁー!!」
次の瞬間、弓が下がったと同時に龍牙が鉄砲玉のように飛び出す。
右の利き手には、さっき箱を壊す時に使用した小型ハンマーを握っていた。
「悪いな。脳天直撃だぜ!」
あっというまに沖縄の懐に入り、そのハンマーを沖縄の頭へと降り下ろす。
『ガコーン!!』
『ツルッ!?』
確かに当たった感触はあった。
龍牙は五感全体でその音も聞いていた。
確実に人の生死が判別できる行為だったはず……。
なのに、沖縄の頭を叩いたはずのハンマーが足元へと滑り落ちる。
「なっ、何だと!?」
「えっ、りゅうがさん!?」
これには龍牙も、端から見ていた弓も驚いていた。
「はははっ、何も知らない坊主だな。
戦いには敵情視察は重要だぜ。
俺の肌は特殊な作りなのさ」
沖縄がしゃがみこみ、
龍牙のがら空きの横腹にボディブローを一発放つ。
「がはっ!?」
龍牙の体が宙へと浮かぶ。
「りゅうがさん!?」
その体を受け止めようと近づく弓。
そこへ、すかさず沖縄が回り込み、無抵抗な龍牙の背中に右から回し蹴りを食らわす。
「ぐはっ!?」
なすがままにやられる龍牙。
「どうやら、あの世には彼氏も来るらしいぞ!」
『ドコーン!!』
「ぐぶっ!?」
それから右へ吹き飛び、龍牙の体が激しく壁に叩きつけられる。
その龍牙から、普段聞いたことのない気味の悪い鈍い音が聞こえたような気がした。
瞬く間の沖縄の攻撃で意識を奪われたのか、彼はピクリとも動かない。
それにしても、喧嘩慣れしているとは言え、沖縄の身体能力は半端ではない。
これが本当に学園の教師の動きだろうか。
まさに、格闘術を叩き込まれた兵士のような動作である。
「なーに、心配いらんさ。
今から喜んで服脱いで待ってろよ。
一瀬」
沖縄が床に突っ伏した龍牙の頭に、あの小型のハンマーをちらつかせる。
「りゅうが……、
龍牙さん!?」
「お前が恋した龍牙坊主も、
もうすぐ、あの世行きだからな!」
沖縄が容赦なくその凶器を振りかざす。
「だめー、止めてくださいっー!」
弓が叫んだその瞬間、
彼女の全身が眩しく光り、髪の色が金髪になり、世界が灰色に染まった。
「あれ、どうしたのでしょう……?」
やがて、体から光が消え、いつもの髪色に戻り、今度は世界が止まってしまっていた。
どうやら動けるのは弓だけのようだ。
彼女以外は誰も動いていない。
「……これが私の不思議なちからでしょうか?
……そうだ、龍牙さんは」
弓が、さっきまでの状況を思いだし、眼下で繰り広げていた争いの方を向く。
「……あっ、いました」
すぐさま、弓が二人を捉えたが…。
「……えっ、
……でも、た、大変です!?」
弓が、その目の前の異変に凍りついた。
時が止まった二人の間は修羅場だった。
怒りに満ちた沖縄が龍牙の瞼に、あのハンマーをぶつけようとする直前で固まっている。
素人が判断しても、その沖縄は明らかに龍牙の瞳を潰そうとしていた。
龍牙から視覚を無くし、彼からの攻撃の範囲を著しく狭くする。
まさに軍隊を指導する教科書のような作戦である。
このまま、時が進めば龍牙は確実に両目を失明するのは間違いない。
「私が何とか助けないと」
弓は、これではいけないと判断して、沖縄が握っているハンマーを引き剥がそうとする。
「かっ、硬いです……」
……だが、沖縄の握力は順丈じゃない。
どうやら時が止まっていても力加減はそのままのようだ。
「それなら、これでどうですか!」
弓が考えた方を変えて、今度は沖縄にぴょこりと可愛く体当たりをする。
『ベチーン☆』
「いっ、たっーいですっー!?」
くるくるくる、ペタン。ぴよぴよ……。
その場で三回転して、尻餅をつき、フラフラな頭上には愛らしい星がクルクルと回っている。
やっぱり、か弱き少女の力では、びくともしない。
体重や重力もそのまま変わらないようだ。
まあ、普通に考えれば当たり前か……。
赤くなった小鼻をさすり、半べそで途方にくれる弓。
このままでは龍牙は助からない。
「お願いです。
誰か、助けてください……」
弓が天井を見上げて、いるはずのない空想の神様に祈る……。
「……まったく、危なっかしくて見ておれんの。
しかたがない小娘じゃのう」
そこへ背後から年輩の男性の声が響く。
それと同時に灰色だった世界に色が戻り、どこからか現れたグラサンをかけた黒いスーツ男による飛び蹴りが、沖縄の横っ腹に炸裂していた。
「な、なんだ!?」
意味が分からない表情で部屋の隅へ吹っ飛ぶ沖縄。
それもそのはず、龍牙にハンマーを振るおうとしたら、いきなり横から蹴りを食らって吹き飛ぶ有りさまだから。
まさに姿が見えない相手からの心霊現象である。
****
「龍牙……」
「うーん……」
「いい加減に起きんか!」
『バコン!!』
「あがっ!?」
頭にかざした物凄い音の拳骨に目を覚ます龍牙。
「はっ、石垣のじっちゃんじゃないか!?
どうして!?」
「どうやら、気がついたようじゃの」
龍牙の隣には、あの石垣教師が立っていた。
「ちと、子供に対して大人げないぞ。シャーク」
石垣が聞きなれない名前を沖縄へと放つ。
「そっちもじゃんか。ストーン。
奴はプロジェクトKを脅かす違反者だぜ」
瓦礫の山から、のそのそと現れるシャーク。
向こう側も石垣を別の名前で呼んでいる。
一体、二人はどういう関係なのだろうか。
それにプロジェクトKとは何だろう……。
「例え、そうじゃとしても、自身の鮫肌の能力を隠し、力のない子供に対して酷い仕打ちじゃの。
喧嘩の相手ならワシがしてやるわい」
ストーンが両手を握りしめて、指の関節をポキポキと鳴らす。
さらに、シャークの側へ殴り込みをかけようとその場で構える。
「あんたは、ここで看護士になって、
それから教師になり、ちと考え方が変わったな」
ポケットからヨレヨレの煙草に火をつけながら呟くシャーク。
「昔の真面目なストーンはどこへやら。やっぱ、人は人生に関わるような真剣な恋愛をしたら性格も、生き方も変わるのかよ」
「……ふっ。
まるで、あの頃を思い出すのぉ」
****
……そう、あれはちょうど約20年前。
彼女を拐った男を追うため、トイツ大国から旅立ったストーンはスパイとは言え、個人的なアマチュアな活動だったゆえに、とりあえず何か仕事に就かないと生活ができなく、活動に支障が起きる不測な状況だった。
だが、彼を待っていた日本では若者を中心とした就職難の時代だった。
そして、中々定職にも就けず、どうしようもなくいたたまれない気持ちになったストーンは、仕事が見つからない人たちと面と向き合い相談して支援する日本の国機関があることを、市内図書館で無料使用できるパソコンのネットで調べあてた。
そこへ、連絡先を取ったストーンは、後日、直接、日本で最高機関を誇っていた東京大学院の幹部方と、この悩みを相談することにした。
もちろん、裏方のスパイの事ではない、表社会として社会を生きていくための稼げるちからを知りたかったのである。
そこで、偶然にも、
あの日の小屋で拾った同じ金の日本国のバッチを付けていたエンカウンター・ケドラー首相に出会う。
しかも、偶然はそれだけではなかった。
何と、そのケドラーの付き添いの看護士として、あのジャンヌ・ダルクもバイト
この世界は広いようで実は狭いことを思い知らされた。
そこから猛勉強して看護士としての資格を取り、同じ東京大学院所属の看護士のダルクに近づいたのだが、この時から石垣は気づいていたのだ。
彼女を兵器として処分する前に己の想いに気づいてしまうことに……。
それもそのはず。
ダルクは誰から見ても美しかった……。
年齢は20代前半。
身長は150センチの小柄で、豊かな胸元にスラリとした長い足でモデルのようなスタイル。
それに細眉の可愛らしい童顔で、パッチリとした吸い込まれそうな大きな瞳に小さくてつぶらな鼻がついている。
また、腰まである長い金髪をツインテールにしており、頭の両サイドで紫のリボンで左右を留めていた。
そんな、お人形みたいな外見の彼女が、実は強気で凛々しい殺戮兵士だったことは、誰も知らない。
彼女を連れ去ってきたケドラーと、二人を追いかけてきたストーン以外は……だ。
しかも、本当かデマかは知らないが彼女には交際経験はないらしい。
それを知り、他の男に取られたくないと、いてもたってもいられなくなったストーンは、ある時、夕日が射し込む二人きりしかいない教室でダルクに告白した。
──告白の返事はOKだった。
ダルクも頬を赤らめて微笑んでいた。
向こうもいつも優しく接してくれるストーンに少なからず行為を抱いていたらしい。
二人はすぐに愛を育み、一人の子宝にも恵まれた。
****
「ねえ、この男の子の名前は何にするの?」
「そうだな。
やっぱり、ファング軍の俺の血をひいてるから、
ドラゴン・ファング。
漢字にして龍、牙かな」
「……りゅうがかぁ。素敵な名前ね。
さすが、私と死闘をしたことだけはあるわね」
「おい、もうその黒歴史は封印してくれよ……」
「ふふっ、駄目よ。
あなたもパパになるんでしょ。
それに、この子には私たちのすべてを知ってほしいから……」
「分かったよ。ダルクには敵わないな」
****
あれから、
ストーン夫妻は、影ながら我が子を見守ってきた。
そして、ケドラーに気取れないように何とか隠し通してきたつもりだった。
しかし、ケドラーはその事をすぐに知り、怒りを覚え、ダルクを罰して軍施設に監禁して、大量にクローンの彼女のコピーを作った。
その後に、彼女らを第三次世界大戦の兵器にゴミのように使い込み、髪の毛一本から爪の先までの遺伝子レベルごと、日本列島と共に粉々に粉砕した。
もう、ダルクのコピーは誰にも作れないようにだ。
また、二人の愛の結晶によって生まれた息子のドラゴンはダルクとは別の実験施設に運ばれ、毎日、モルモットのように多彩な実験をさせられ、そして捨てられ、最終的には命をおとしたとストーンに伝えられた。
ストーンは妻に息子と、愛する人を二人も失った……。
それから、彼は逃げるように看護士を辞めたが、過去から逃げずに人と接することが残された自分の余生と知り、東京大学院から少し離れた、このヨスガの高等学園の教師を始めた。
さらに、看護士として学んだ人体学を生かし保健体育教師となり、まだ若い学生達に厳しい教育をしていった。
後に体育教師を引退して現在に渡る……。
しかし、なぜケドラーに、あそこまでされて今でも彼に逆らわないで尊敬しているのか?
それはまた、後に語るとしよう……。
****
「……しかし、幸いにも龍牙は生きていたのじゃ。
龍牙はワシの子じゃ。
ワシがいる限り、誰にも傷つけはさせん」
ストーンと出会い、まだ2ヶ月だが、
我が子の前に話す真実に龍牙は驚きを隠せなかった。
「だから、俺だけは下の名前で読んでいたのか……」
「すまんかったの。許せとは言わん。
だが、親のケジメだけはつけさせてくれ」
ストーンが龍牙から離れ、シャークとサシで対峙する。
「彼とは幼い頃から血塗られた戦士としてともに戦ってきた。
シャーク、いや、
あの狂った沖縄を倒すまでワシの闘いは終わらん」
「石垣……。いや、父さん……」
「龍牙。
……弓君を、これからも頼むぞ……」
石垣は、無言で沖縄に立ち向かっていく。
一人の子供を愛して、
我が子を守り抜く一人の父親として……。
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