第26話 君と出会えてよかった

 龍牙君が僕の為に泣いてくれている。

 別に龍牙君は何も悪くないよ。

 悪いのは最期まで嘘を貫いた僕だから。


 だから、顔を上げて、いつものように笑って冗談を言ってよ……。


****


 ……そう、あの時から僕は君に恋をしていたんだ。


 その出会いは今の6月から少し遡った4月の初め。


 僕が三学年として学園生活に馴染んできた頃……。


「今日は転校生を紹介するぞい」


 ざわざわと教室内が生徒たちの声で埋まる。


「石垣せんせー、天の川からやって来た天性の美少女ですか?」

「……いんや、男じゃよ」


 いきなり椅子から立ち上がった一人の男子生徒の一声に便乗する石垣教師。


「何だよ、また野郎かよ」


 その答えを知り、ガッカリとした表情で着席する男子。


 そんな教師の発言に周りも冷めたムードに包まれた。


「そう、残念がるな。

中々の好青年じゃよ。

君、入りたまえ」


 石垣教師の導きにより、颯爽さっそうとした足取りで教室内に一人の男子が顔を出す。


 黒の短い髪に褐色な肌に男らしい目鼻が整った美しい顔立ち。

 180センチにもなる中肉中背。


 俗に世間体でいうイケメンである。


 しかし、

「チェケラー。

紅葉でーす。

ヨーロシク♪」


 そんな見た目とギャップがある、ヒップホップダンサーのようなノリで自己紹介をする紅葉。


 すると、途端に静まり返っていた教室内が笑いであふれる。


「ははっ、お前、サイコーに面白いな!」

「将来はお笑い芸人になるのかい?」

「君は使える人材だ。

もし良ければウチの野球部の応援団に入らないか!」


 男子生徒たちからのたくさんの質問攻めにより、もみくちゃにされる龍牙。


「こら、お前ら、いい加減にしろ。 

紅葉が困っとるだろうが!

ところで紅葉、の名前は?」

「牛タンなら大好物だぜ♪」


 口元に指を添えて白い歯を光らせ、できるだけセクシーに問う紅葉。


「そのではないわ!」

「へぶし!?」


 石垣教師が逆ギレして紅葉の頭にバコンと勢いのある拳骨をかます。


 瞬く間に教室内に生徒たちの笑い声が広がる。


「痛いな。悪かったぜ。

名前なら龍牙だよ」

「……りゅうが?」

「えっ、急にどうしたんだ?」

「……いや、失礼。

何でもない」


 一瞬だけ石垣教師のサングラスごしからうかがえた、とまどいの表情は気のせいだろうか。


「みんな、これから龍牙をよろしくな」

『分かったよ!!』


 生徒たちが万年の笑みで龍牙を迎える。


 今までにいなかったこのムードメーカーの存在は、こんな異質で寂れていた学園生活には必要不可欠な人物だったのかも知れない。


「さて、龍牙の席は、

はて、ちょうど鳴武の隣が空いとるの」

「ええっ、僕の隣ですか!?」


 あまりの突然の展開に、あたふたする僕。


「ヨロシクな♪」


 そんななか、笑顔で挨拶してきた彼に、僕は、ときめきを見いだせないでいた。


****


 それから、数週間後……。


「どうかしたか。一瀬?」


 暗闇の保健室で僕の体を貪っていた男が尋ねてくる。


「おーい。一瀬きゅんよ?

帰ってこーい」


 そんな彼の呼び掛けにも気づかずに、

いつもの行為を終えた僕は、部屋の窓から星がきらめく夜空を眺めていた。


「ははーん、

さては好きな男でもできたか?」

「……なっ、違います!」


 顔全体、真っ赤になって頭を左右にぶんぶんと振って、否定する僕。


「まあ、そう、むきになるなって。

本当に、お前は分かりやすい女だよな。

……で、相手はどんな奴だ?」


 ……とパートナーの沖縄教師が僕に顔を寄せて話しかけてくる。


 一見チャラい印象がある彼だが、この人になら、このモヤモヤのすべてを打ち明けても良いかも知れない。


「実は、最近やって来た転校生なんですが」

「なるほどな。紅葉龍牙か」

「……そうです。初めはただのお馬鹿と思っていたのですが、どんな時でも明るく、こんな僕にも気楽に話しかけてきて……」


 それが、僕の龍牙君に対する恋のきっかけだったのかも知れない。


「そうか。お前は中々の名器持ちで気に入っていたのに残念だな」


 沖縄教師がベッドわきにあった白い煙草の箱を手に取り、その煙草に緑色のライターで火をつける。


「ふっー」


 煙草をおもむろに吸い、満足に一服する沖縄。


「それで、どうするんだ?

俺は、お前との、この関係はやめたくないんだが……」

「……あの、失礼ですが、

毎日、寝静まった深夜に電気ショックで僕らの一部の記憶を消してますよね?」


 突然の会話の切り返しに驚く沖縄。


「……お前、知ってたのか!?」

「あれで分からない方がおかしいですよ。気づいているのは僕だけじゃないはずです」


 そう、この学園には知られてはならないことが多すぎた。


 そして、それらの記憶を消して、何不自由なく普通の学園生活をおくらせる。


 でも、あまりにも脳内の記憶を消去し過ぎると、今度は記憶をつかさどる海馬とやらが傷つき、脳自体に深刻なダメージを与えてしまう。


 それを防ぐために東京大学院で秘密裏にて、遺伝子改良して開発され、この学園の農園で栽培していた、あのくるみの形状をしている木の実……、


 ……今、置かれている状況の物語を記憶するために開発した『記憶の実』があった。


 だが、そのままの形だと感づかれたりするのを避けるために、食堂を上手く活用し、比較的スパイスの味付けが濃い、カレーに混ぜて調理をしていた。


 こうして食べることにより、記憶を失った脳の海馬などのダメージをやわらげ、また、回復を遂げた脳のその場から新しい記憶を植えつけることが出来る。


 つまり、白紙状態の赤子に戻して、また、まったく同じ記憶を植えつけ続けるのだ。


 まるで、とてつもない事を知ってしまった過去を隠蔽いんぺいするかのように……。


 だが、近頃の動物実験では、自分や他人の名前なら無意識に、そこだけは忘れずに脳内に刻み込まれる(弓のように自分の名前さえも忘れる例外もある)が、

自分の行動でどうでも良い記憶とかなら、次の日には90パーセント以上は忘れてしまうケースがちらほらあった。


 ただし、好きな人ができたら話は別である。


 その人を大切にしたいために興味のない事も覚えてしまうだろう。


 そういう時に至らないために記憶を消す道具が必要だった。


 それが、あの電流が流れるヘルメットである。


「分かったよ。お前の過去は消さねえ。

これからは、お前の好きなようにしな」

「ありがとうございます」

「まあ、記憶があっても、お前は俺から逃れられないけどな」


 沖縄が、いやらしい瞳で僕を覗きこむ。

 

 まるで見えない手で、この体を撫でまわしているような感じを受ける。


 そのセクハラ魔神の誘惑に思わず、体が身震いした。


 季節は春になったばかり。

 まだ外は肌寒い。


「それから、アイツと一緒になれるように石垣教師にも頼んでルームメイトにもなれるように話しとくな」

「あ、別にそこまでしなくても」

「……お前な、よーく考えてみろよ。

人生は一度きりなんだぜ。

たまには狂い咲くようなガチな恋もしとけよ。

社会人になったら、仕事で忙しくなる。こんなチャンスはないぞ。肝に免じとけ。

それに二人きりでイチャイチャしたいだろ」

「あっ、ありがとうございます。

でも、沖縄教師は今でも恋愛してますよね?」

「ちげーよ。これは、ただの男が求める快楽本能だ。

多数の女相手に本気になる時間とかねえよ。

そんな暇あったら、自宅でごろ寝してえよ」


「……それに変と書いて心を付けて読むからな。恋愛は、たまに心を狂わせる。

そんな感情で生徒に授業は教えられないだろ。

俺は恋愛なんぞの下らん感情に振り回され、病みたくないんだ。

今の、この欲望だけを満たす関係で十分さ」


 そう言いながら沖縄教師が裸の僕にブランケットを被せて保健室から去っていく。


「まあ、素敵な恋してくれや。

女は恋するたびに綺麗になるというからな」

「沖縄教師……」


 僕の最後の問いかけにも答えずに去っていく彼の背中には寂しさがにじんでいるように映った……。


****


 ……そう、龍牙君。

 僕は君と初めて会った時から好きだった。

 

 だから、君を失うのが怖かった。


 例え、命に代えたとしても、この世界から、君の存在を失いたくなかった。


 だからね、後悔はしてないよ。

 それに龍牙君にも大切な人ができたから。


 僕の恋は儚く散ってしまったけど、

 今度は龍牙君が彼女を守ってあげて。

 僕が命をかけて守ったように。


 短い間だったけど、僕は君と一緒にいて毎日が楽しかった。


 今まで想い出をありがとう。 

 君の事を本当に好きになって良かった。


 ずっと、忘れないからね……。


 ずっと、好きだったよ……。


  

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