第21話 校長と教頭

 沖縄が倒れていた男子生徒をお姫様抱っこでせっせと抱え、一階にある保健室に到着する。


「沖縄さん、お疲れ様です」

「導ちゃん、わりい。そっちへ運んでくれ」


 沖縄がベッドの敷き布団の支度をしている北開を呼び止めようとする。


「あれま、嫌だね。年上ぶってさ。

自分一人で運べないのかい」


 消毒薬の香りが漂う白を基調とした病室のような部屋の奥から、年増の女性の声が響く。


 その声に反応して、ぴくりと体がひきつく沖縄。


「まさか、アイツが来てるのか!?」


『目の前をつかみ、暗い闇を抜けて~♪』


 どこからか、女性の高らかで元気な歌声も聞こえてくる。


「アイツとは誰よ。

久々に会ったのに、沖縄ちゃんったら変わらないわね」


 白い壁を頭として均等な感覚で、三つ並んでいる備え付けのベッドの一つ一つを囲う、一番手前のベッドを隠していた白いカーテン。

 それが素早く開き、そこから見た目が50代くらいの女性が出てくる。


 その女性の後ろに隠れるようにして白のCDラジカセを持った若い男性もいた。


『先へと、高く飛びあがる~♪』


 どうやら歌声は、そのラジカセから鳴らしているようだ。


「やっばっ、椎田しいだレキ校長に、ゲルニカ教頭じゃん!」


 顔色が青ざめた沖縄から、レキと呼ばれた女性が沖縄に向かってウィンクをする。


 赤のスーツ姿に赤のシルクハットが見事に決まっている女性らしいセクシーなダイナマイトな体型。

 身長は160センチくらいでパーマがかかった赤色のボブカット。


 まるで、アイドルのような顔つきで目鼻は整っているが、少しばかり顔は丸めである。


 ──また、彼女は実は元アイドル歌手であり、過去にあった東京ドームや日本武道館などの単独ライブに引っ張りだこで、毎回公演チケットは数分で完売。

 その時期から『レキ』の芸名で親しまれていた。


 それからレキは、長年続けてきた音楽活動を引退し、どうした訳か、この学園の校長の道を選んだらしいが、未だに本名は不明である。


「だから、僕は嫌だった……」


 一方、レキ校長の後ろから出てきた背後霊のような暗い外見の同じく芸名のゲルニカは彼女の弟である。

 この陰気な発言からして、あまり人前に顔を出すのは苦手のようだ。


 年齢は約20代と若く、身長は150センチと小柄で青髪のぼっちゃん刈り。

 美人な姉とは違い、顔つきはシャープで三角眼で眼光は鋭く、地味な印象を受ける。


 ゲルニカは黄色の長袖シャツの上に緑のツナギを着ているが、

これも姉とは違いナンセンスなファッションであった。


 あと、ラジカセから流れている楽曲は全盛期で活動していたレキの歌声であり、今では中々入手できない音楽CDの一つでもある。

 その音楽を鳴らすゲルニカはレキの元マネージャーでもあった。


「沖縄、すまんの。

ワシも、ついさっき出くわしての」


 石垣が均等に三つあるベッドの奥にある医務室から出てきて、沖縄に謝っておく。


 ──この校長と教頭は一ヶ月前に緊急の出張で北アメリコのニュヨーグのジャネーブにいた。


 各首脳達が集まる国際連合にて、とある会議に参加していたためである。


 もちろん日本の天皇と元首相は理由ありで幽閉されており、前に紹介したエンカウンター・ケドラー首相は秘密裏で活動しているため、やむを得ずにこの校長と教頭がおもむくことになったのは、一部の関係者にしか知らされていない……。


「また、人が倒れたのかい。

まったく相変わらずケドラーは何考えてるのかね」


 レキが腕組みしながら、倒れた生徒をまじまじと見ている。


「もう、完全に脳がやられとるね。

こいつも駄目だわ。

可哀想に、このまま生かしても植物人間の末路だわ」


 瞬時に男子生徒の状態を把握するレキ。


 長年、様々な生徒を拝見している校長だけのことはある。


「まったく、処分しかないのぉ……」


 石垣が注射器を取り出し、ベットの傍にある檜のテーブルに置かれた透明の液体が入った試験管から、注射器でその液体を注入する。

 そして、その注射器を男子生徒の右腕の血管の浮き出た箇所に注射した。


 すると、その泡を吹いていた男子が一瞬だけ体がひきつき、一時的に痙攣けいれんをしたが、しばらくしてから大人しくなる。


 もう、その男子からは胸の上下の膨らみや萎みが消え、すでに呼吸すらもしていない。


「また、人を殺めてしまったのぉ。

すまんの。許せ……」


 石垣が困惑した表情で冷たくなった遺体の両手を胸元で握らせてから、その遺体の開いたままのまぶたを、指先でそっと触って閉じる。


「志摩ちゃんは何も悪くないさ。

それに元看護士だろ。元気だしな」


 沖縄が、その男子だった物を抱きかかえる。


「じゃあ、俺が焼却室に持っていくからな」

「すまんの。沖縄。

いつも嫌な役ばかり押しつけて」

「気にすんな。

志摩ちゃんは、これを何年も何十回もやってるからな。

そりゃ、心が折れそうになるさ」


 沖縄が気を利かせてはいるが、石垣は複雑な表情だった。

 

「石垣。しっかりしな!

あんた、看護士から、この学園に入って何年この仕事やってんだい!

もし、この子が寝たきりになったら余計に手がかかるし、逆に他の生徒が不穏に感じるだろ!」


 そんな石垣にレキがガツンと言い放つ。


「だがな、レキ校長。

彼は作業は何でもこなし、授業態度も優秀じゃった。

そこそこの優等生じゃったのに……」

「しょうがないですよ。そういう計画ですから」


 北開が慰めに入る。


「そう、北開ちゃんの言う通りさ。

ここは、そういう設定での学園だからね。情けは無用だよ」


 レキが真顔で頷く最中……、


『悲しみの中で、こぼれていく涙~♪』


「……そう。誰もプロジェクトKには逆らえない」


 ……ふいに、ラジカセから新たに別の曲が流れ、元歌手のレキの歌声にゲルニカが発言を返す。


 それを聞いた石垣がグラサンを外し、無言でキッとにらむと、ゲルニカは怖じけなくレキの背後にサッと隠れる。


 このゲルニカは、まるで幼子のような性格で、よくこの学園の教頭が任せられると思うが、実は彼はIQは以外と高く、とあるアメリコ大学の学園卒業者で、なおかつレキのコネでこの学園の教頭候補に選ばれた。


 だが、現実は書類整理ばかりで、まさに『井戸の中の蛙、大海を知らず』である。


「では、私は校長室に戻るからね。

この少年の死亡届の秘密処理とかがあるからさ。

後は任せるわよ」


「……さあ、行くよ、

早くしないと置いてくわよ。ゲルニカ」

「……はっ、はい」


 レキが足早にその場を立ち去り、それに続いて、ゲルニカも『すみません……』とペコペコ頭を下げながら保健室を出ていった。


 そのまま、保健室にとり残された三人の教師……。


 ふと、沖縄がシルバーのアナログ腕時計を見ると、時刻は朝の8時を差しかかっていた。


 あと、一時間後に作業が始まる。

 そろそろ、身支度を終えた生徒も作業場などに集まってくるだろう。


 次々と倒れる生徒に対して、他の生徒達には表向きでは体調を崩して別の病院などに入院となっているが、実は教師が命を奪っていたと知れ渡ればおおごとである。


「そろそろ、作業の時間だな。

早いとこ、死体を片付けないとヤバイな」

「そうじゃな……」


 石垣がベッドの下にある赤い丸スイッチを押すと、ベッドとベッドとの間の木目の床がスライドし、地下への隠し階段が現れた。


 あの二階の音楽室とは違い、そんなに階段の段数はない。


 また、秘密部屋のせいか、もしくは人目を避けるためか照明関係は一切なく周りは薄暗い。


 しかし、ここからの保健室からの照明から眺めて見ると地下室の灰色の床が見えるからに対して、最下部の底は、そんなに深くはないようだ。


「じゃあ、志摩ちゃん、導ちゃん。

行ってくるな」

「沖縄、足元が暗いから気をつけるんじゃぞ」

「くれぐれも、お気をつけて下さい」


 石垣と北開が見送る中で、沖縄が懐中電灯の付いた黄色のヘルメットを被り、変わり果てた人間をおんぶして抱え、その階段を降りていく。


 彼が履く茶色の革靴が鳴らすカツカツという無機質な音に、残された二人の教師は黙認して静かに、その扉を閉める。


 あの地下室は、あの音楽室の地下と繋がっているためだ。


 無論、防犯上の都合で音楽室からの通路からでは、この保健室へとは移動できない一方通行な地下道。


 良くできたカラクリ通路である。


「さて、気を取り直して、いつもの草取りをやらないとの」


 石垣が前向きな表情になり、スーツを腕まくりしてズボンのポケットから新品な軍手を取りだし、それをはめて気合いを入れる。


「そうですね。

それから、あの準備もしましょうか」

「そうじゃの。

今日は北開に任せるかの。

あとは、あの子次第じゃな」

「大丈夫ですよ。

今回は、きっとうまくいきますよ」

「……だといいがの」


 二人して意味深な会話をする中で、三つあるベットの奥にある白いカーテンで遮られた医務室のベッドでは、安らかに眠る一つの人影が映っていた……。

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