青い星

滝川創

前編

「いててて……」


 私はお尻をさすって操縦席から立ち上がった。

 乗ってきた宇宙船は完全に壊れてしまっていた。飛ぶことは確実に不可能だ。

 私は腕につけている端末で母船と連絡を取った。何とか通信ができる距離だったので本部に現状を伝えることができ、ひとまず安堵の息を漏らす。

 今から四十時間ほどで救助船が迎えに来るという。

 私は船の状況を見て回り、一通り損傷を確認すると暇を持て余した。

 時計を確認すると、まだ三十分も経っていなかった。

 私は突然、未知の惑星に対する好奇心が沸き起こるのを感じた。

 そして、いてもいられなくなった私はこの星を探索することにしたのだった。


 我ら宇宙探検隊はかなり遠くの銀河まで来ていた。

 これもここ最近の目まぐるしいテクノロジー進歩のおかげである。つい十年前まで夢に見ていたような場所まであっさりと足を運べるようになり、何かと便利な道具も開発されたおかげで、旅の安全性も格段に上がっていた。

 私は昨日から母船を離れ、小型探査機でこの星を観察していた。

 この星は私たちの星と構造がよく似ていて、青く、そしてそこに白い雲がかかっていた。ひょっとすると生物がいるかもしれないとも言われている。

 私の事故もそんなロマンに思いを巡らせていたのが原因だった。私は探査機に近づく隕石に気付くことができず、隕石は船を破壊したのだった。

 今考えると生きていただけでも幸運だと思う。

 すぐに船は操縦が効かなくなり、この星に不時着した。私は墜落後のことを考えて島の近くの海域に着地点を定めた。その努力により、少し泳げば陸に着くことができそうだった。

 

 私は必要な物をバッグパックに詰め込み、特殊スーツを装着した。このスーツには多種多様な機能が付いており、大抵の環境の中での活動を可能にする。

 探査機の重いハッチを開けると、海水が入り込んできた。私はブーツに組み込まれたジェットを噴射して水面に向かった。どうやらだいぶ浅いところに落ちていたようで、すぐに水面から顔を出すことができた。

 それから私は近くに見える海岸へ向かった。

 海から上がり、砂浜に倒れ込む。



 眼前に広がっていたのは空に光る星々と、この星の周りを回る白く輝いた衛星だった。

 それを眺めながら深呼吸をする。


「とんだ災難だったなあ」


 私の口からそんな言葉がこぼれた。

 流れ星が黒い宇宙を切り裂いてそこから光が漏れる。


 私は咳き込みながら立ち上がって、周囲を見渡した。

 辺りは暗かったので暗視ゴーグルを作動させた。そこに広がる光景は故郷の星で見たものとほとんど同じだった。

 海、岩、木、草のどれもが見たことのあるものだ。ここまで似た星が存在したとは。

 私は感銘を受けた。

 まるで私たちの星のコピーとでも言えるようなこの惑星。

 もしかしたら同じような生物に会えるかもしれない。

 私は探査機の中で見た希望を再び抱きつつ、陸の奥へと足を進めた。



 *****



 どれくらい歩いただろう。

 腕に付けた端末を見ると軽く一時間は経っていた。

 しばらく歩いてきたがここら一体は、短い草が生えた野原が広がっているだけで、特に目新しいものが見当たらなかった。


 足が疲れてきた頃、野原のど真ん中に一本の不自然なものが横たわっているのを発見した。

 近づいてよく見てみると、それは造られた道のようだった。左側の地平線から伸びてきており、同じくどこまでも野原の中心を右側へ伸びている。

 私は恐る恐るその道に足を踏み入れ、安全を確認してからサンプル用にその道を少し削りとると、バックパックから取り出した容器に入れた。


 サンプルに見入っていると、不意に背後から騒音が鳴り響いてきた。

 私が後ろを振り返ると強い光が私の目を直射した。その光の発生源は四角い箱だった。それはかなりのスピードでこちらへ迫ってきている。

 私はそれが体に接触する直前で横へ大きく跳び、何とか衝突を免れた。

 その箱が耳をつんざくような音を立てて止まった。箱の横側が開いて何かが降りてくる。

 私は念のため野原の草の間に伏せた。

 箱から降りてきたのは生物のようだった。

 その形状は私たちに近いものだった。胴体から手足が各二本、頭部が生えており、さらにその二本の足でバランスをとりながら歩行している。

 私は端末を操作してスーツを擬態モードにセットした。これにより私が視認した物体の容姿に化けることができるのだ。私は目前でキョロキョロと不審げにうろつく生物に擬態した。

 少しして気のせいだと思い込んだ生物は四角い箱の中に入っていった。

 私は気付かれないように茂みから飛び出し、箱の後ろについていた上面の空いた箱に飛び込んだ。

 箱はスピードを上げ始め、それの上に乗っていた私は、体が進行方向と逆向きに引っ張られたのに慌てて箱の縁にしがみついた。

 ちょっとするとその揺れにも慣れ、余裕が出てきた。

 風が顔に当たるのが気持ち良い。そうしてしばらくは周りの風景を観察していたが、いつの間にか私はウトウトと眠りについてしまった。




 何かの叫び声で私は目覚めた。飛び上がって箱から降りると、箱を運転していた生物が私のことを凝視したまま腰を抜かしていた。私が危害を加えないと伝えようとして手を上げながら歩み寄ると、生物は気絶してしまった。自分の姿に擬態した私を見て相当ショックを受けたのだろう。

 私は気絶した生物に近づいてじっくりと観察した。大きな構造はだいたい私たちと同じだが彼(若しくは彼女なのかもしれないが)の皮膚はぐっしょりと濡れており、頭が胴体に比べてとても小さく、手に当たる部分が細かく分かれてバラバラに動いた。

 彼も私たちと同じように服を着ていた。

 彼の持ち物を少し調べさせてもらうと、見たことのない道具がたくさん出てきて私の好奇心を大いにくすぐった。ただ、一通り見終えた感じだと、彼らの技術は私たちのそれほどは発達していない様子だった。

 私は端末で現在時刻を見た。迎えの時間まであと三十時間はある。

 私はその場を離れ、調査を続けることにした。


 箱が行き着いたそこは大きな倉庫のような場所だった。

 私はその施設から外に出て目を見張った。あちこちに四角い建物がそびえ立っていた。それらの高さは私たちの星で見かけるビルディングの三倍ほどはあるかと見える。

 そこら中に似たような建造物が立っており、空がよく見えなかった。建物の側面には大きな板が張られており、そこにこの星の生物が目まぐるしく動き回っている映像が映し出されていた。

 道路には数え切れないほどの四角い箱が走っている。その脇の道を生物たちは歩いていた。

 私は他の生物に習ってその道を歩いた。

 彼らも一昔前の私たちと同じような端末を持っていた。まだ端末がスーツに埋め込まれる以前の時代のものと酷似している。

 彼らの多くは夢中になってそれを覗き込んでいた。


 私は生物たちの間を縫って歩き、落ち着ける場所を探した。

 同時に私はスーツに付いているカメラを使ってすれ違う生物を撮影した。これは後に研究で使うときに役立つ資料となるだろう。

 今の時点では、この地域で生物ピラミッドの頂点に立っているであろう彼らは攻撃的な様子は見せなかった。

 それぞれ違う服装をした生物たちは、ただただあちこちへ歩き回っているのだった。

 少々周りとずれた動きをしてしまっても、彼らが端末に目を奪われているおかげで、私は怪しまれることなく調査を進めることができた。


 私は道に面した飲食店らしき施設を覗き込んだ。その店の正面には透明な板が張られており、中の様子がよく見えるようになっていた。この板も興味深いもので、随分と耐久力を持った素材のようだった。私たちの星にもこの素材があったら非常に便利だろう。


 店の中では生物たちが座席に腰を下ろし、それぞれの前に置かれた紐のようなものを食べていた。それらの紐は細長く、赤や肌色や緑色をしている。彼らはギラギラと光る道具を器用に使い、その紐のようなものを口の中へと吸い込む。彼らの口の中に入っていく際、紐は激しく抵抗し、暴れていた。恐らく、あれは彼らが捕食している弱小生物なのだろう。紐たちは一生懸命に暴れているがその抵抗も虚しく、あまりにもあっけなく食べられてしまう。何て残酷な光景だろう。生きたまま食べるなんて。


 私は少し気分が悪いのを我慢しつつ、施設を離れた。

 しばらく歩いていると、交通量の少ない通りに出た。私がホッとして一息ついていると、向こうから一体の生物がこちらへ向かってくるのが見えた。私はその生物の足元を見てギョッとした。そこには毛むくじゃらで私の腰ぐらいの身長を持つ異種の生物が四足歩行をしていた。その生物は飼い慣らされているようで、飼い主はその生物の首に巻き付けられた紐の端を握っていた。

 

 私がその生物をジロジロと見ていると、不意にその生物が威嚇を始めた。どうも二足歩行の彼らよりこの四足歩行の生物の方が、知能が低いかわりに鋭い勘を持つようだ。明らかに私を警戒している。私は静かに、できる限り相手を刺激しないよう、毛むくじゃらの横をすれ違った。

 通り過ぎてすぐ、そこで早まったのが失敗だった。私は早く遠ざかりたい気持ちを抑えられずに、少し小走りになってしまい、毛むくじゃらはその行動に対して敏感に反応した。そいつは飼い主の持つ紐を強引に引っ張った。紐が飼い主の手からするりと抜け、毛むくじゃらはこちらに頭を向けた。


 私は全速力で駆けだした。すぐ後ろを四本足で毛むくじゃらの生物が追いかけてきていた。

 私はさっと振り返り、毛むくじゃらが飛び掛かってくるのに合わせてその腹に蹴りを入れた。

 毛むくじゃらは道の上をごろりと転がり、再び立ち上がるや否や、こちらに飛びついてきた。

 私が咄嗟の思いつきで繰り出した攻撃は、余計に相手を興奮させただけに終わった。

 私は再度毛むくじゃらが飛びついてくるのをギリギリのところで避けて、そのまま逆方向に走り出した。

 私は逃走に必死だった。そのため前の曲がり角からあの四角い乗り物が飛び出してきたとき、それに反応することが出来なかった。

 

 私の体は強い衝撃を受け、宙を舞った。激しい痛みが後頭部を突き抜け、視界から明かりが消えた。

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