アンナとトモヒデ

cokoly

第1話 告白はゴンドラの上で

 ビルの窓を拭いているトモヒデとアンナ。

 しばらく黙々と作業していたが、トモヒデが作業のついでのように言った。

「好きです」

 だがまったく作業のペースを変えないまま続けている。

 アンナもしばらく変わらぬペースで続けていたが、

「なんか言った?」と反応した。

「いえ、何も」

「いや言ったっしょ」

「いや、言ってないっすよ」

「絶対言ったし。なんか言ったよ」

「何か聞こえました?」

「聞こえたよ。なんか分かんないけど。何言ったんだよ」

「いや僕じゃないですよ。風じゃないですか」

「いやいやいやいや、俺の耳2・0だから。聞き間違えねえし。絶対聞こえたし」

「2・0!?」

「おう」

「それって視力ですよね」

「視力は0・2」

「そ、そうですかー……じゃあ、コンタクトですか」

「裸眼だよ」

「あ、危なくないですか。作業とか」

「だいたい勘でなんとかなる」

「すごいですねえ。さすが新條さんです」

「あのさ、仮にもアンタが先輩なんだから、そういう言葉遣い、やめてくんない?」

「いや、私は元からこういう話し方でして」

「丁寧越えて卑屈にしか聞こえないんだよね。つーかいいわ。そんなんどうでも良いわ。話を逸らすな」

「え?」

 アンナは大きく息を吸って

「好きって言っただろーがー!!!」

 とほとんど怒鳴りつけていた。

 トモヒデは拭いていた窓の方を見て、わたわたとゴンドラのコントローラーを操作する。ワイヤーを操作するモーターの駆動音がしてゴンドラが動く。

「なにしてんの」

「下の階へ移動してます」

「見りゃ分かる。なぜ移動する」

「何人か、中の人がこっちを見たので」

「見せときゃ良いだろそんなもん」

「いえ、恥ずかしいので」

「何が恥ずかしいんだ」

「注目されるのはちょっと」

「安心しろ。こんな小奇麗なビルで働くリーマンたちはお前の事なんかすぐ忘れるから。酒のツマミにもならねえよ」

「いやでもやっぱり、それは」

「堂々としてりゃ良いんだよ」

「まあ、まあ。はい、それは。てゆうか、やっぱり聞こえてたんじゃないですか」

「聞こえてたよ。2・0つったろ」

「じゃ何で聞こえてない振りしたんですか」

「お前の告白が不自然過ぎるんだよ!」

「そ、そうですか?」

「窓拭きながら言わないだろ、普通」

「そ、そうですかね」

「そうだよ」

「そうですか」

「そうそう」

 数秒の沈黙が流れた。

 トモヒデは決まりが悪くなってまた窓を拭こうとし始めた。

「ちょっと待てー」

 窓拭きの道具をトモヒデに突きつけるアンナ。

「なん、なんですか」

「なぜこのタイミングで窓を拭く」

「いやあはははっはは。どうしていいか分からなくて。あはあはは」

 モジモジするトモヒデ、アンナの視線から逃げて、また窓を拭こうとする。

 アンナはトモヒデの腹を道具でコンコンと突っつく。

「だから、おかしいだろ!」

「でも仕事中ですし」

「仕事中に告白したのお前じゃねえか」

「でも仕事終わったら接点無いし」

「声掛けりゃ良いだろ。普通に」

「それはかなりの難関なのです」

「わかんねえなあ、それ」

 腕組みするアンナ。

「言いたいこと言えばいいだけじゃん」

 トモヒデが何か言おうとしたところで

「待て。そもそも、なぜ俺なのだ」

「なぜ?」

「なんつーかさ、あんたは違うジャンルの人だと思ってたんだよね。二次元とか四次元とかロリだ巨乳だツンデレだとか言って、接点なんかまるでない感じ? 価値観の相違って言うか世界観のずれって言うか、そういう見えないけど巨大な壁が俺とあんたの間にはあるはずじゃん」

「そ、そうかも知れませんが」

「が?」

「こればかりは僕、いや私にも分かりません。いつの間にか、目があなたを追いかけていて、そうなっていて」

 アンナは黙って聞いた。

 トモヒデは真っすぐなアンナの視線に硬直気味になってしまう。

「あーもうだめだ言ってしまおう。神よこの哀れな子豚に祝福を。(十字を切って)新條アンナさん、付き合って下さい」

 アンナは腕組みのまま、しばらくトモヒデの顔をみていたが、やがて

「いいよ」

 と答えた。

「いやいやー、はい。そうですよね。はい。気にしないで下さい。私は慣れておりますのでこういうのはいつもの事なのです。結論は分かっていたのです。それが普通…………今なんと?」

「いいよ。っつったんだよ」

 想定外の展開にトモヒデは唖然とする。

「しょ、正気ですか?!」

「なんだそのリアクションは」

「だって、これはいわゆる想定外の事態です。対処に困ります」

「喜べ。ただ喜べ」

「で、でも、彼氏さんとはお別れになったのでしょうか。先日の休憩時の玉山さんとの会話のを聞く限りでは」

「ああうるさい。良いからともかく現実を受け入れろ」

「しかし気になります」

「彼氏いるよ」

「ええ?」

「少なくとも、俺の事をを彼女だと思ってる男が、いま三人はいるね」

 おたつくトモヒデは窓拭きの道具を手から落とした。

「ぼ、僕は四人目という訳ですか」

「四人目って言うか、常に変動はあるんだけど」

「変動……金融商品みたいですね」

「そうそう。為替みたいなもんだよ。あっちが浮かべばこっちが沈む。そっちが沈めばこっちが浮かぶ。みんなやってるよ。俺は隠さないだけ」

「正直なのはいい事ですが……」

「馬鹿正直ってよく言われるけどね」

 アンナは声高らかに笑って屈託がない。気安い感じでトモヒデの肩をポン、と叩き、

「まあ、ちゃっちゃと仕事終わらせて、上でゆっくり話そうか。私は見た目で男選ばないから。話の成り行き次第ではあんたが一番になるかも知れない」

「一番……オンリーワンではなくナンバーワンですか」

「場合によっちゃあ一人に絞る事もあるかもしれんよ」

「そんなことが」

「可能性の話ね」

「が、がんばっちゃおうかな」

「ふん。気合い入れなよ!」

「は、はい!」

 トモヒデ、力いっぱいゴンドラの昇降スイッチを握りしめる。

「わ、バカ!」

 ゴンドラはバランスを崩してグラグラと揺れ、回転し、二人は空中に放り出された。

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