第4話.せっけんが簡単って言った奴は誰だ?

朽木稙綱の3男と4男が俺の小姓になった。

何度も説明したが、それだけでは頼りない。

二人には交互に俺の目となって朽木谷と京を往復して貰う。


困ったことに先立つものがないのだ。


「父上、京で飢えている者を助けたく存じます。菊童丸の願いを聞いて頂けませんか」

「よき刀でも欲しいと言うと思ったぞ」

「家を失い困っている者を朽木谷に連れていって食えるようにしとうございます」

「それでは稙綱が困るであろう」

「稙綱の許可は貰っております。しかし、稙綱も受け入れた民を食わすほど豊かではございません。わずかばかりの米を買う銭が必要となります」

「あいわかった。(伊勢)貞孝さだたかに申し付けておく、好きにするがいい」

「ありがとうございます」


俺が去り際に父が「はじめてのおねだりが、民を救えとは変わっておるのぉ」と近習の者に言っていた。


伊勢貞孝は政所執事である。

武家の礼儀作法を教える怖い方だ。


俺も教わっている。


だが、幕府の財政が回っているのも貞孝の手腕のお蔭であった。

少し嫌な顔をされたが、悪いことでは融通して貰えた。


いつまで続くか判らないが食い扶持を確保した。


100人ほど集めるつもりが、その噂を聞き付けた難民や流民や川原者が集まって500人も朽木谷に押し寄せ、(朽木)稙綱も慌てた。


迷惑を掛けた。


予定を早めて山の一角を切り広げて村を拡大し、水路で水を引いて、段々畑を作らせてゆく。


同時に半数は猟人に仕立ててゆく。


猟人はそのまま弓兵、投石兵に変わるからだ。


さらに現代の法律では禁止されている罠(トラバサミなど)も使える。

罠は開拓地を守ると同時に食力の確保に役立つ。


自分達の食糧は自分達で作れるようになって貰う。


その為には銭が必要なのだ。


 ◇◇◇


アイツは俺と一緒の道場に通う熱心な練習生だった。

しかし、小学生から中学生に掛けて、強烈な中二病に掛かった。


『俺は転生して、チートな技術で日本を統一するんだ』


どうやって戦国時代にいくつもりだ。


『俺にはそういう運命が待ち受けている。俺には判る』


熱病に掛かったアイツは様々なチート技術の研究を始めた。


『石鹸は駄目だ』


何でも水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)の作り方が確保できないらしい。


電気があれば簡単に解決するが、戦国時代に電気はない。


という訳で、灰と油を混ぜてつくる石鹸に挑戦したらしい。


結果を言うなら、植物油のつばき、オリーブ、ヤシ、ナタネを使うと、まずまず成功し、牛、豚では泡立ちの悪く、酷く臭う石鹸しかできなかった。


『戦国時代、油は貴重だ。油を買っていては採算が採れん。苗を手にいれるなんて不可能だ』


しかも灰と油を混ぜてつくる石鹸は固形させるのが難しく、クリーム状で我慢する必要があるらしい。


 ◇◇◇


アイツの没案だが、意外と使えると考え直した。


臭いを気にしないのであれば、庶民に動物性の油で作った石鹸を広げて、衛生をよくすればいい。


手洗いとうがいを広めることで風邪を予防できる。


これで満足したいたが、意外な所から救いの手が伸びてきた。


入手不可能と思った胡麻と菜種、海石榴(ツバキ)の苗が簡単に手に入った。


将軍様のご子息が菜種の苗を所望されていると聞いたと、胡麻と菜種、海石榴(ツバキ)を持ち込んでくれたのだ。


何でも足利義満による庇護によって大山崎油座が栄えた。


今にも落ちそうな将軍の権威でも大山崎油座はそれにしがみ付きたい。


次期将軍の機嫌を取っておきたいという下心が見え見えだったがありがたく頂いた。


これで油が生産できれば、売り物になるクリーム石鹸が販売できる。しかも、油も大山崎油座を通して売れるので販路の問題はない。



と言っても、今年・来年は苗木を増やし、生産は再来年以降になる。


気の遠くなる話だ。


他にも地頭や堺の商人らからニワトリ、ヤギ、変わった南蛮の苗や種も頂いた。


他にも牛や豚、他の南蛮種の苗や種も頼んでいる。


何でも次期将軍は『物ねだり将軍』と噂になっているらしい。


「若様、おねだりはお控え頂きたい」

「(伊勢)貞孝、お主の言いたいことは判る。しかし、俺は止めんぞ。一時の汚名などいくらでも受けよう。それが民にとって必要なものであるなら恥も外聞も我は捨てるぞ」

「また、民の為でございますか?」

「それに勝手に持ってきた馬や刀などに手形は渡しておらんぞ。貰った物もすべてお主に渡して換金させているであろう」

「確かに、助かっております。将軍家は色々と物入りですからな」

「そうだ。将軍家は貧乏なのだ。武威を示せなければ、下らん見栄など張るものではない。軽い神輿と思われている方が安全なのだ」

「それは父君に言って頂きたい」

「それは無理だ。父上のご不興を買いたくない。すまぬと思うが、愚痴はお主から言ってくれ」

「畏まりました」


(朽木)稙綱に協力を求めて半年、農作物と開拓以外は道半ばであった。


はっきり言って巧くいっていない。


食べ物を保障された移住者は予定通りに開拓地を広げている。


一部、稗、粟、野菜などの収穫もできそうになっている。


自立できる日も近そうだ。


自立に成功すれば、第二弾の移住者を迎える。


移住者は俺に対して絶対の信頼を向けてくれる。


なんと言っても私の家臣として召し抱えて送っているのだ。


たとえ下働きであっても家臣は家臣だ。


俺を神のように崇めてくれている。


だが、それは村人には通用しなかった。


その顕著の1つが油性石鹸は移住者しか使わないことだ。


意識改革が遅れていた。


狩った獲物を食べれば、村人らにも食の改善がなされて恩恵が降りると思っていた。


しかし、肉を食するという生活には抵抗感を持っていた。


侍は順応が高かった。


当主の朽木家が率先して行っているので食生活も変わってきた。


巧いモノは巧いのだ。


だが、村人まで広がらない。


農地改革や油の苗が揃って産業になるには数年かかる。


いずれの恩恵がくるという言葉では駄目であった。


いくら説いても通じない。


それは何となく判る。


秋に腹一杯のりんごを食べることより、今、一切れのりんごを食べられないことに怒る。


お正月に買ってあげると言われたおもちゃを、クリスマスに買ってくれないとダダを捏ねる。


そんなものだ。


村人と移住者の間で亀裂が起きる前に何とかしなければ、すべての努力が無に帰す危なさが見えてきた。


糞ぉ、500人も集まるからこんな事に!


悔いても仕方なかった。



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